ういうい、今日も仕事なのだ。(後編)
本日二回更新。参加者同士の殺し合いかと見せかけて。
これなら、蒸し暑かった事も納得なのだ。
扉を開いて外に出ると。
一面、緑の世界が広がっていた。
「うくく、よくも、まぁ、こんなとこに態々建てた、ものだ」
多分、別の所で作って、空から置いたのだ。
てっきり、建物の中の一室かと思えば、外は完全に熱帯雨林のそれ。
となれば、話は別なんだ。
一旦出た、部屋に戻る。
壁には地図が貼られており、すでに確認済みだったが改めて見直す。
地図といっても、現在地と目的地、それにスケールバーと方角だけが記されているだけ。
スケールバーと照らし合わせると、ここから目的地までは数十キロ。
真っ直ぐ向かえば、二日ぐらいでいけそうだ。
だが、そうもいかんのだ。
参加者を公平に見たとするならば、この建物は後、7つあり、目的地を中心に円を描くように配置されているはず。
レッドドットと合流するなら、ここから回り道をしなければならんのだ。
「となると、最初が全て・・・・・・」
左に行くか、右に行くか。もし、レッドドットが、すぐ左隣の建物にいた場合で、なおかつ私が右から回ったら、一番遠回りになる。
空手線で考えれば、ここが品山で、レッドドットがいる渋皮に向かうのに、霜野方面に乗るのと同じ事なのだ。
どうする、どうすれば・・・・・・。
その時、風が吹いた。
それは、やさしく、耳をくすぐるような。
「・・・・・・・・・こっちに行くのだ」
風に全身を包まれて、そちらへと、そんな気がした。
決めたなら、即行動。間違っていた時のためにも初動は急いだほうがいい。
部屋に、ペットボトルの水が一本。殺した男の分も含めて二本。
他にも使えそうなものは持っていく。
まずは、方角を確かめるのだ。
腕時計も取られたので、それは使えない。
それ以前に、ここが北半球か南半球かでかなり違ってくる。
木の年輪が広い方が南とか、狭い方がとかは関係ないのだ、あれはガセネタ。
夜なら一発でわかるが、今は日中。コリオリの力が働くほどの自然現象が都合良く起こるわけもなく。
そういえば、部屋にトランシーバーがあったのだ。スピーカーには磁石が使われているから、それを使って簡易版のコンパスを作るのだ。
薄い金属に磁気を帯びさせ、北南の方向を知る。だけどそれは、北半球か南半球かで真逆になる。季節もそうだけど、ここじゃ判断しずらい。
近くの木々や草花を観察。どちらかにしか生息していない植物があればすぐ分かる。
周辺を探ると、マンチニールの木があったのだ。これの実は林檎に似ているけど、食べたら大変なのだ。それは別をして、これでここが北半球なのが分かった。
今はこれだけで充分なんだ、それを軸に、決めた方向へ踏み出した。
頭上に注意しながらも長い木の棒で、先を探りながら進む。足音はできるだけ地面に伝わるように、これで、蛇がいても震動を感知して私を避けてくれるのだ。
足場も悪い、水もすぐに無くなるだろう。
食料など最初からない。
うくく、これはずいぶんと的を射るテストなのだ。
ここでは、強く、賢い者だけが生き残る。
小まめに方向を確かめながら、時に高い木に登って周囲を見渡す。
そこに川などのなにかがあれば、そこだけ木々に隙間ができる。
慎重に進んでいくと、建物が見えた。
私が入っていたのと同じなのだ。
少々違和感はあるが、これで、私の勘が正しいと証明された。
中へと入ると。
若い女性の死体が転がっていた。
それは一つで。
ここにいたもう一人は、私と同様に相手を殺して出て行ったか。
外に出て、足跡を探した。
地面にしっかり後があった。それはレッドドットにしては大きく、少しほっとした。
「こいつ、目的地とは逆に歩いて、行ったのだ」
ここは外れ。
森は夜の訪れが早い。まだ行くか、ここで建物をシェルター代わりにして留まるか。
妹が一人、不安になって待っていると思うと。
私は、次を目指していたのだ。
しっかり衣服で肌を防御して、草木を抜ける。
「うがっ、雨が降ってきたのだっ」
服が濡れるのは頂けないが、これで水が補充できる。葉っぱを毟り、漏斗にするよう丸めて、ペットボトルの先につけた。
水は一番大事なのだ。雨水の他にも方法はある。蔦植物からとったり(色がついてたり白く濁ってるのは駄目なのだ)、朝露を集めたり、竹に溜まってたりするのだ。不用意に飲むと後から酷い目にあうので、怪しいのは必ず10分以上煮騰するとまだいいのだ。
二つ目の建物が見えた。
今度こそ、当たりならいいのだけど。
扉をノックした。もし人がいたら、警戒して開けた瞬間襲いかかってくるかもしれない。
「私、なのだ」
声をかける。
すると。
「お姉ちゃんっ!」
久しぶりに妹の顔が見えたのだ。
レッドドットは私を見るなり、抱きついてきた。
「もう安心、なのだ」
良かった、早めに会えた。逆に進んでいたら、私以前に白頭巾の体が持たなかったかもしれない。
今日は、ここで一晩過ごすことにした。
「絶対、いやぁあ!」
「贅沢いうん、じゃないのだっ!」
芋虫のような地虫を捕ってきたのだ。だけど、レッドドットは食べようとしない。他にも蛇も捕まえたのだ。
蛇は頭を落とし、川を剥ぎ、内臓を抜いてから、火をおこして肉を焼く。
だが、これも、口にしようとしない。
「朝になったらゴールに向かって移動、するのだっ。そのために蓄えておかなきゃだっ。この芋虫は栄養価が高くて、消化もいい、タンパク質も豊富なのだっ! 蛇は普通にうまいのだっ!」
「いやぁあああ」
「この状況で、好き嫌いは、命、とり、なの、だっ!」
ギャーギャー喚くレッドドットだったが。
口を開かせ無理矢理、食べさせる。
夜、木々の上から空を確認。ポラリスを探し、星座をみて、これで完璧、間違いないのだ。
朝になり、レッドドットの肌をしっかり隠す。ここにも死体はあって、服がついているから同じように色々使えそうなものは持っていくのだ。
蚊や生い茂る葉から身を守る事が重要。ヒルはそれでも進入してくる事があるから厄介なのだ。出ている部分も泥などでできるだけ覆う事にした。
今度こそ、一直線にゴールを目指す。
途中、小高い崖もあったが、蔦を使って距離を短縮する。本来なら回り道したほうがいいが、ロスは少ないほうがいい。数種類のノットを覚えておいて良かったのだ、ここではフィギュアエイトノットで繋いで降りることにした。これは一つ結びよりしっかりしていて、なおかつ解きやすいのだ。
夜は地面より高めにシェルターを作る。二本の木を逆V時に建てて、それをもう一つ。両方を繋げて、中に蔦などでネットを拵える。これで寝台ができた。丁度死体の服が防水布だったから上にかけるのだ。これである程度雨がふっても凌げる。
一晩そこで過ごして、朝を迎える。
さすがに熟睡とはいかないのだ。疲労もかなり溜まっている。
「あ、レッドドット、靴を履く前に・・・・・・」
「きゃゃああ」
しまったのだっ。言うのが遅かったのだ。
レッドドットが靴を履こうとして飛び上がる。
靴にはなにが入り込んでるか分からないから、履く前に確認しなきゃだったのだ。
靴から、蠍が這い出てきた。
「お、お姉ちゃん、痛い、よぉ」
すぐに種類を見定める。蠍は案外毒性は弱いのだ。デスストーカーとかなら別だ、あれは強力すぎる。小さい方が危険な傾向がある。
「よし、これはまだ大丈夫な、やつ、なのだ」
とはいえ、かなり痛いだろうし、腫れや痺れは出てくる。
レッドドットを背中におぶった。
「すぐにゴールに向かうのだ、それまで、我慢するのだ」
「う、うん、お姉ちゃん、ごめん、なさい」
別にいいのだ、私も何回も、何回も、何回も、助けられたのだ。
どんな時もあの人は私に優しく微笑んでいた。
一気にきつくはなったが、ゴールはもうすぐなはず。
とはいえ、今日は朝から最悪になったのだ。
人一人を抱えて、足場の悪い道を進む。
とんでもなく、しんどいのだ。
途中、何度も膝が折れそうになる。
それでも、一刻も早く着かなければ。
水分が、体力が、どんどん奪われていく。
視界がぼやける。でも足は止めない。
一度でも休んでしまったら、もう気力が持たない。
あぁ、でも、方角だけはちゃんと、確かめなければ。
それには、一旦、レッドドットを降ろすしかない。
だけどそれは、休むのと同じで。
どうする、ここで勘に頼るのは命取り。
困惑する、弱い部分が、どんどん浸食してくる。
仕方が無い、ついでに休め、これは必要な事だ、と。
私の心を折ろうと、暗闇が覆って。
そんな時、目の前に光りが。
それは闇を振り払っていく。
〈うふふ、こっちだよぉ〉
それは夢か幻か。
忘れるはずもなく、何度も聞きたかった声が。
聞こえたのだ。
その優しい声も、微笑む顔も、全部あの時のままで。
「あ、姉御・・・・・・」
それを目にして耳にして。私は、いつの間にか。
涙が出ていたのだ。
貴重な水分だけど、どうしようもない。
とっくに、枯れ果てたと思っていた涙は。
再び、頬を伝っていた。
「そうか、姉御は、まだ、私の傍で・・・・・・」
もう姿はなく、ただ声のしたほうへ、足をしっかり踏み出した。
無我夢中で進んだ。
どれだけ歩いたのか、どれだけ時間が経ったのか、もう分からない。
それでも、前だけを見る。
すると、眩い光を体に浴びた。
「ぬ、抜けたのか・・・・・・」
開けた場所。目の前には、数人が立っていた。
先にゴールに着いたやつらか。
よく、見えない。
なんせ、眩しい日差しと、疲労から目がぼやける。
「なんだ、こいつ、ボロボロじゃねーか」
「まだ、運営の迎えは来てねぇが、随分、遅いかったなぁ」
二つの男の声。
ゆっくり、近づいてくる。
明らかな敵意が向けられている。
「今なら、楽に殺せそうだ、レベルブレイカーの恥さらしめ」
「迎えが来るまで、遊んでやるよっ」
人影が二つ。
私は、もう満身創痍なのだ。他の参加者の何倍も余計に動いたのだ。
だけど。
「おー、切り裂きぃ、ずいぶん人気ものじゃねぇーか」
「よくもまぁ、そんな状況でここについたもんだよ」
殺気を放つ奴らとは別の声が聞こえたのだ。
「はっ、やっぱり、お前らだったのだ」
あの建物が公平に建てられていたなら、その距離は思ったより近かったのだ。
ということは、もっと数があったと考える。
参加者は、16人ではなく。
こいつらを含めて、18人。最初に残り二人っていったのは、私達の事じゃなかったか。
「なんだ、お前ら、知り合いかよっ!」
「おお、いいぜぇっ なんなら、相手になるぞっ! どっちも美味そうだ」
男達は、別の二人にも挑発しはじめた。
しかし、それはさすがに無謀なのだ。
なんせ、そいつらは。
「あぁあああああ?? なんだぁぁあ、おいおいおいおいおいおいおい、私達が殺人鬼連合だって分かって喧嘩売ってんのかぁああ、こらぁ??」
「それでも、なお、殺ろうってなら、相手になるしかないねー」
名乗って。
二つの狂気が爆発する。
「・・・・・・さ、殺人鬼連合」
「ま、まじかよ」
ここ数年で、こいつらもかなり有名になったのだ。敵対すれば、仲間、家族、友人、知り合い、なんでも皆殺しの、最凶集団なのだ。そしてこいつらはそこのWエース。
「おー、切り裂きぃ、このまま手は欲しいかぁ?」
「お前には死んでもらっちゃ困る理由があるんだなー」
こいつらも、なんだかんだでこうして助けてくれようとする。
でも、今の私にはもう必要ないのだ。
「いや、いいのだ。レッドドットだけ見ていて、欲しいのだ」
気を失っている妹を静かに降ろした。
ナイフを握る。
私はもう誰にも負けないのだ。
私は最強だ。
だって、私には。
姉御がついてる。
「さて、お前ら、あっちで姉御の玩具になるのだ」
無駄に威嚇する事はない。
今はもう、本気でやれば、相手は動かなくなってしまうのだ。
それじゃ、些かつまらない。
血がべったりこびり付いたナイフを持って。
「はぁはぁ、大した事なかったのだ」
流石につかれた。呼吸を荒げながら空を見る。
丁度、迎えのヘリが上空に見えた。
「終わったのだ・・・・・・」
糸が切れたように。
ここで、ずっと押さえ込んでいた感情が。
溢れだした。
「・・・・・・姉御、見ていてくれたか、私、やり遂げたのだ、あの時の姉御のように・・・・・・」
また涙が零れる。
だ、駄目なのだ。もう。
「あ、あ、姉御、姉御、姉御ぉぉぉおぉ、あ、会いたいよぉおおおお、なんで、私を、おいてったのだぁああああ、寂しい、寂しくてぇぇええ、姉御が、いない、この世界は、うああああああああああああぁぁ」
人目もはばからず、ときかく泣きじゃくった。
大声で、叫ぶ、我慢してたんだ、しっかりしないとって、姉御に笑われるって。
でも、声が聞こえたから。
私はまだまだ駄目な妹なのだ。
だから、ずっと見守っていて。
欲しいの、だ。
その大きな泣き声は、ヘリの接近でかき消されていた。
更新試験を終えて。
無事、レンレンの元へ戻ったのだ。
「お疲れ様でした。レッドドットもちゃんと取得できたようですね。まさか殺人鬼連合の二人が参加していたとは思いませんでしたが、まぁタシイさんのお父上が役員とはいえ、他の役員の特権を使えなければ意味がありませんからねぇ」
よく言うのだ。あの二人はかなり元気だった。
あれ、途中から絶対ズルしてたのだ。レンレンも絶対知ってたのだ。
理由は分からないが、殺人鬼連合はよく私の近くに現れるのだ。でも邪魔する気配はなく、むしろ見守ってくれている気すらする。今回も、なにか別の思惑があったはず。
まぁ、それはいいとして、今は他に報告する事があるのだ。
「そんな事より、聞くのだ、私がだ、レッドドットが蠍にで、あれだ、刺されて、おぶって、意識が、朦朧と、な時だっ、もう駄目だって、そしたら、なんと・・・・・・」
興奮しながらも、あの時、見たものを。
今日は最高の日なのだ。
夢でも幻でも。
姉御に会えた。
次、時系列、数年前に戻ります。