ういうい、今日も仕事なのだ。(前編)
ドールコレクターが執行されて数年後。
高級マンションの一室。
4LDKのとても綺麗な部屋。
以前、横に束ねていた髪は下ろし。
黒い髪は、金髪に。
本来光輝くフローリングは、赤い血溜まりがそこら中に広がっていた。
「お姉ちゃん、こっち終わったよ」
別の部屋からレインコートを着た少女が姿を見せる。
手には血で染まるナイフ、白いレインコートには返り血が点々と模様のように。
広いリビングで、ガラス製のテーブルに腰を下ろしていた私は。
「詰めが甘いの、だ」
俯きながら、ナイフを投げた。
レインコートの少女の後方。
顔を血だらけにして、なお少女に襲いかかろうとしていた男。
その男の左目に、勢いよく投げられたナイフが深く突き刺さる。
男はそのまま後方へ倒れた。
「あ、ごめんなさい。お姉ちゃん」
少女は振り返り、今度こそ絶命した男を見下ろしながらそう呟いた。
「別にいいの、だ。私も、いっぱい、失敗したのだ」
立ち上がる。
これでレンレンに言われた仕事は終わった。
こいつらは大規模なテロを計画していた。
今現在、この国ではテロに対して有効な手段がない。
法律上、傍受は違法。
それはそうなのだ、それを許せば各所から文句が出るだろう。
監視カメラの設置ですらうるさいのはいる、安全とプライバシーを計りにかけてどちらに傾くかは人それぞれ。
でも、多数の犠牲者が出てからじゃ遅いから。
こうして、法に縛られず自由に動ける者がいなければならない。
実際、実行されれば、死者は多数でただろう。
「思ったより、早く終わったの、だ。レッドドットは今からでも学校にいくの、だ」
ほんの少しだったけど、私も学校に通った事がある。
あの時は、本当に楽しかった。
「送っていくから、部屋によって着替えるのだ」
レンレンへの報告は、私がやっておこう。
学園の校門前に、車を横付けにする。
青いアヴェンタドールから、レッドドットを降ろした。
「しっかり、勉強して、くるのだ。あと、いい子にするのだ、虐められたら、私に言えばいい、どうにでもしてやる、から」
「うん、行ってくるよ。大丈夫、ここでは、ちゃんとするよ。せっかく、お姉ちゃんが、頼んでくれたんだし、それに、今の私なら・・・・・・」
レッドドットは、以前、通っていた学校のクラスメートを皆殺しにしたのだ。
酷い虐めを受けていた少女が限界を超えた事による惨劇。
あの時は、誰もこの子を守ってやれなかった。
でも、今は、私がいるのだ。
しかし、ここに来る度、思い出してしまう。
あの、永遠とさえ思えた、あの時を。
校門を潜って中に入るレッドドットを見送って。
「さて、レンレンのとこに戻るの、だ」
アクセルをふかす。
耳障りのいい、エンジン音が響いた。
「今、戻ったのだ」
執行局の最下層。
エレベーターを降りる、ワンフロア全てが広い一室。
そこには。
「あら、早かったですね」
中央にある机から、顔を出したのが私のボスなのだ。
一度、短くなった緑色の髪は、以前より長くなり。
この数年で、一気に偉くなったのだ。もう、各所の局長クラスでは誰も意見は言えない。
「丁度良かったです。今、新しい任務が入った所でした」
今帰ってきたばかりなのに、相変わらず人使いが荒いのだ。
「一応、聞く、のだ」
要人の暗殺、逆に護衛、敵対組織への潜入、凶悪犯罪者の確保、排除、人捜し、なんでもやらされるから、困る。
「貴方に、犯罪者クラブのプラチナ会員更新の知らせが届いてます。数年に一度、更新試験を受けなきゃならないみたいですねぇ。丁度いいです、ついでにレッドドットにも取られたいと思ってましたので」
前に、姉御と一緒にとったやつか。
犯罪者クラブの恩恵はでかいのだ。組織してるのはかなりVIPな人達だから、それと同様の権限を使えると同じ。潜入不可能な場所にも入りやすいし、ついでにレアなコンサートのチケットの関係者席も取れるのだ。
「現在、プラチナ会員は貴方一人です。ですので、残りは初めて取ろうとする人達だけでしょう。貴方がレッドドットをサポートしてあげてください」
プラチナ会員の取得試験。とても懐かしいのだ。
あの時の私は、姉御がいたから合格できた。
今の私ならどうだ、問題なく取れるのか。
あの時の姉御と同じように、妹を導いて。
「・・・・・・やってみるのだ」
どのみち、権利を剥奪されるとこれからの行動に支障が出るのだ。
こうして、数日後、私とレッドドットは指定された場所へ。
今回も、最初の開始場所探しはレンレンがやってくれたのだ。
意外にも、今回は国内で。
高級ホテルの最上階にあるレストランが会場だった。
「あと、二人ですね」
私達が中に入ると、すでに結構な人数が集まっていて、前回と同じ眼鏡の女性が説明に入っていた最中だった。
ざっと、数える。
私達を含めて16人。
どいつもこいつも一癖も二癖もありそうな奴らなのだ。
「あぁ、これは円様、お待ちしておりました。まだ少々時間がありますので、お食事を用意いたしましょう」
そういえば、私はすでにプラチナ会員なのだ。他と対応も違うのか。
促されるまま、席に着く。
程なく美味そうな料理が運ばれてきた。
入った時から、ずっと視線を感じる。
皆、私達に注目してるのだ。
ある者は敵意を、ある者は敬意を、ある者は畏怖を。
今回もここでレベルブレイカーは私達だけだろう。
食事は全員に用意された。
コース料理をある程度、平らげて。
「皆様、申し訳ございません。お食事の途中ですが、時間が少々予定より押しております。揃ったようですので、早急に試験を開始したいと思います」
受付の女が、唐突にそう言うと。
天井から、ガスが噴き出した。
一瞬、回避しようと考えたが。
これも試験の一環か。
そう思いとどまり。
「レッドドット、もし、私と離れていたら、そこを動いちゃ、駄目なのだ。必ず、迎えにいく、のだ」
「うん、分かったよ、お姉ちゃん」
言葉を伝えて、私の意識はじょじょに薄れていく。
目を覚ましたら、そこは見知らぬ場所だったのだ。
狭いコンクリートで囲まれた一室。
かなり蒸し暑い。
ここは一体。
椅子に座らせられて、手は後ろで、脚は椅子に、錠でしっかり固定されていて身動きが取れない。
首には鎖が。
それは繋がっていた。
対面には、大柄な男が、私と同様に拘束されていて、首の鎖を共有させられていた。
向かい合わせの男は、すでに意識を取り戻しており、私を見ながらニヤニヤ薄気味悪い笑みをこぼす。
「お、起きたか。へへ、みろよ、無茶苦茶だな、これからどうする気だ、お前、すでに取ってるんだろ、前と同じか?」
「いや、前はこんなんじゃなかった、のだ」
床にはトランシーバーが転がっている。
ということは。
予想はすぐに的中した。
ノイズと共に、そこから声が響き出す。
「皆様、おはようございます。これから試験を開始したいと思います。今、皆様は拘束されていると思われますが、これから10秒後にまず手の手錠が外されます。さらにその10秒後、今度は足の拘束が取られます。ですが、首の鎖だけはこちらからは解除できません」
声の説明はさらに続く。
「ですがご安心ください。皆様の服に、鍵が入っております。しかし、それはご自分のではございません、対面におられる方を自由にする鍵でございます。ここからは、お互い相談して決めてくださいませ。交換するのも、そのまま、交渉材料にするのも、なにもかも自由でございます、その後は、ここを出て、ゴールを目指してもらえればと思います」
ここで、手錠が音を立てて外れた。
「では、皆様、ご健闘をお祈りしております」
音声が途切れて。
まずは、自由になった手で、自分の体をまさぐった。
スマホなど色々、無くなっているのだ。
でも、新しい物も。
ポケットから小さな鍵を取り出す。
これが、運営側が言ってた物か。
「鍵はどうする気だ? 私は交換しても、いいのだ」
男と向き合う。
相手も、鍵をすでに取り出していて。
「はっ、俺は、こうするぜっ」
何をするかと思えば、男は、その鍵を口に入れ呑み込んだ。
「ライバルは少なくていい、一人でも多く殺すっ、お前の事はよく知らねぇが、経験者とはいえ、無能なレベルブレイカーには変わりねぇ、レコード持ちなら別だが、お前がそうとはとても思えねぇっ」
やれやれなのだ。
こいつもレベルブレイカーを警察につかまった無能の称号と思ってる口みたいだ。
ただ、レコード持ちだけは一応、別物の認識か。
レコード持ち。
レベルブレイカーの中で数人だけがそう呼ばれるのだ。
最高レベルを記録している血深泥食人鬼、ヴィセライーターもその一人で。
他には。
手錠が外れて、きっかり10秒。
足の拘束が解除。
姉御でさえ、レコード持ちではなかったけど。
最高殺害人数と最年少レベルブレイカーのレコードは。
一瞬で飛び出す。
ナイフは一本だけ、残されていた。
男の肋骨間に水平に。
刃先の行き着く先は心臓。
素早く引き抜いて、喉を左から右へと正確に。
参加者、16人の中でレベルブレイカーは私とレッドドットの二人。
そして、その二人こそがレコード持ちなのだ。
胸を切り開いて。
血だらけの手で鍵を取り出す。
「あったのだ」
その鍵で、首の施錠を外した。
赤く染まった用済みの鍵を宙に投げ捨てると。
「まずは、妹を迎えにいく、のだ」
私は薄ら笑いを浮かべて。
扉を開いた。
続き、夜に更新するかもです。