なんか、ウロボロスみたい。
こんにちは、リョナ子です。
午前中、いつものように仕事をしていると。
他の部署から連絡が来たの。
「はい、リョナ子ですけど・・・・・・」
電話の内容はこうだった。
低レベルの執行をしていた二級拷問士が急に気分が悪くなったとの事。
こういう仕事だ、慣れてないとそういう事もあるだろう。
だが、その連絡が僕に来たとなれば話は変わってくる。
「・・・・・・どれ、ちょっと様子を見てきますか」
こうして区切りが良いところで僕はその執行部屋に向かった。
個別の執行部屋を持ってるのは特級のみ。
一級、二級は共同で同じ部屋を使い回している。
「どうも~、リョナ子です」
合同執行室の扉を開ける。
中の広さは僕の所と同じくらい。
「あ、お疲れ様です」
中にいたのは、若い二級拷問士の子と。
そして。
「お、なんだ、新しい奴が来たぞ」
今回の執行対象者。
僕はそいつは無視してまず書類に手をとった。
二一歳、男性。エアガンで通行人を撃って暴行の罪と。
器物破損も加わりレベルは3。罪自体は低レベルに収まってる。
でも・・・・・・。
ここで初めて男をしっかり見た。
「・・・・・・なるほどね」
こいつは今回、人間を撃った。
だけど、その前に動物を標的にしていたらしい。
つまり、動物では満足できなくなってエスカレートしたんだ。
「良かったよ。この時点でここに来てくれて」
もし、掴まってなかったらさらに墜ちていっただろう。
その証拠に、今でも二級拷問士では手がつけられないほどまで悪意に満ちている。
「おい、女、ふざけたお面被ってる、お前だよ、ほら、なにしてくれんだ? なにも怖くないぞ、むしろ楽しみでしかたがない、なんでもしてみろ、なにが拷問士だ、どんなもんかと来てみれば、ただの糞女じゃないか、ほらほら早く気持ちよくしてくれよ」
僕を見る目に狂気が垣間見える。
「なんか言えよ、糞アマがぁ、お前にも撃ちてぇなぁ、痛がる様が楽しくて仕方なかったわ。動物より反応が面白くてよ、犬はキャンキャン鳴くだけだけどよぉ、もっと早くやってればよかったねぇ。女や子供ばっか狙ったわ、特に頭や顔、その方が・・・・・・あぁ、お前の顔に至近距離で何発もぶち込みてぇ、おら、お面取れよ、どんな顔してんだ、想像してやるよ、お前の泣き顔」
まぁ、よく回る舌だね。ほっておくと止まる事はなさそうだ。
「一応言っとくけど、君がいくら僕を挑発しようともなんとも思わないよ」
これまで僕がどれだけの暴言や殺意や悪意を一身に浴びてきたと思ってるんだ。
この程度ならそよ風だね。
「わかったらさ、その睨むのやめようか」
今度は反対にこっちから威嚇してみた。
「・・・・・・・・・・・・ぅ」
黒ニャンのお面越し、見開いた目で相手の全体を映す。
男は、一瞬息を飲み。僕のいう事に素直に従い、口を閉じた。
「しかし、参ったね。このまま執行してもいいんだけど・・・・・・」
こいつは、多分またやるね。今度はさらにレベルを上げて。
このまま、生ぬるい執行をするだけじゃこいつの本質は変わらない。
根っこから引き抜かないと。
となると、僕より適任者がいるよね。
こうして、僕はこの部屋の内線を手にした。
唐突に所変わって。
ここは町中。
二人の殺人鬼が獲物を物色している最中だった。
「ねぇねぇ、ママ、あの子なんていいんじゃない?」
「いやいや、あれは駄目よぉ、もう少しお腹まわりの肉付きがいいほうが・・・・・・」
仲の良さそうな親子。
しかし、その実、母親の方は、史上最高執行レベルを保持している食人殺人鬼ヴィセライーター。そして、その娘は、殺人鬼連合、九相図の殺人鬼、いままでバールで数え切れない程の人間を壊してきた少女。
とにかく異常者の中の異常者親子。
今はそんな彼女達の狩りの時間。
同じ街でやると足がつきやすい。
今日は、新しい場所へと来ていた。
通りすがる人間を、観察する。
顔、体、髪。どんな味がするのか、どんな声で泣くのか。
想像するだけで顔がほころび、涎が、あそこが。
一人、一人、見定める。子供もいいが、熟した者もなかなか。
彼女達に狙われたらお終い。連れ去られ、愛玩動物のように、飼われる。痛み、苦しみ、娘が飽きるまで、いじられ、遊ばれ、そして最後には食材に変わり果てる。
「ねぇねぇ、ママ、あの子、あの子にしましょう。可愛いし、あぁ、早く涙で歪む顔が見たいわ、ねぇ、ママってば」
娘が飛び跳ねながら母親の腕を振るが、何故か反応がなかった。
「ママ?」
母親はまるで別の方を見ていて。
娘も自然とそちらに視線を向ける。
道路を挟んだ、向こう側の歩行道。
そこには。
一人の少女が。
こっちをじっと見ていた。
少女は母親の方から目を離さない。娘のほうはまるで見えてないかのように。
娘は自分が無視されているかのようで気にくわない。
だから、これでもかと睨み付けた。殺すと、グチャグチャにしてやると、だけど、それでもあっちの少女はまるでこちらには歓心を示さない。
母親も同様に、有り余る異常的な視線を送っているのに、あちらは目をそらす所か真っ向からぶつかってくる。
まるで引こうとはしない。凄まじい眼光。
「・・・・・・タシイ、今日は帰りましょう」
「・・・・・・そうだね」
ついに、親子が先に背を向けた。
そして人混みに紛れその姿はすぐに無くなる。
再び、執行室では。
「今呼んだからちょっと待っててよ。君に相応しい拷問士がすぐ来るからさ」
しかし、午前中は用があったみたいで、さっき出勤してきたみたい。
来たばかりで悪いね。
「とはいえ、今回はエアガンだったけど、君みたいなのがいるとちゃんとルールを守って楽しんでる人は本当に迷惑だよね。線路に入る鉄道ファンしかり、ライブ会場で暴れる音楽ファンしかり」
例えルールを守らない者が少数でもそれがニュースになれば一気に全体の印象が悪くなる。 だから、規制されたり偏見が生まれたりで自分で首を絞めることになる。
「対象年齢ってあるじゃない。エアガンだったら一八歳以上とか。あれ安全基準は勿論だけど、扱う側の精神年齢もあるんじゃないかな。君は21歳だっけ。てことはあれだよ、ルールを守れない人ってのは体は大人でも頭は子供って事だよね」
常識、理性、知性、なにもかも足りてない。
「だ、だま・・・・・・黙れ」
男は、子供と言われよほど頭にきたのか、再び声を出し始めた。
大きく、息を吸い、今度は大声を上げようとしていたのだろう。
その瞬間、この部屋のドアが開いた。
「ういすー、お疲れっすー、来たっすよ」
僕が呼んだ拷問士が来たみたい。
男の動きが急停止。
「お疲れ、来たばかりで悪いねぇ」
「いやいや、いいんすよ。予定よりちょっと遅くなったっすけど。それというのも来る途中、見るからにやばい親子? がいたんすよね、あれなんだったんすかねぇ。なにかやらかしそうだったんで、じっと見てたんすけど、すぐにどっか行ったっす。まぁ気のせいならいいんすけど」
ふ~ん。殺菜ちゃんがそういうならそうとうやばい人達だったんだろうね。
ん、親子?
「で、そいつっすか? その舐めた奴って」
すっぽり頭に被るトートバック。
一つだけの覗き穴。
眼球が男を見つめた。
「・・・・・・ひ、ひい、あ、俺、最初のでいいです。すいません、最初の女性で、おね、おねが」
ある程度の異常を帯びているからか、気づけたみたい。
この部屋にいる人間の中で誰が一番恐ろしいのか。
「はぁん、エアガンで人を撃ったのか、お前。そうか、そうか」
じゃあ、僕は戻りますか。
あぁ、部屋が歪んでいく。
「あ、あ、待って、待って下さい、お、お願い、この人じゃ、ない人、あああああ」
僕は背を向けて。
扉を閉めた。
「おらぁああああああああああああああああああ、その精神、魂、意識、歪んだ全てを矯正してやるぁああ、ここまで曲がると、時間かかりそうだなぁ、あぁあ?」
うんうん、これで彼は釈放されても再犯はしないだろうさ。
廊下を歩く。
部屋からは遠ざかるが。
されど、絶叫は大きく。