なんか、冷たくも優しい雨みたい。
この日は雪になりかけたような雨で。
「本格的に降らなきゃいいけど・・・・・・」
家を出る時はほとんど降ってなかったんだけどなぁ。
雨は嫌いではないけれど、やはり服や靴が濡れるのはよろしくない。
昨日から降り続けている、だけど止みそうで止まない。
それでも昨日の帰宅時に比べれば随分弱まってはいる。だからかな、道ばたには放置された傘が所々目に入る。
その場しのぎで買った安傘を、用がなくなったのでその辺に捨てたのだろう。
ビニール傘とはいえ、まだまだ使えるのに勿体ない。その以前にモラルってものがないのかね。
憂いながらも僕は仕事場に向かった。
この日は雪になりかけたような雨の日で。
僕が数十分前に通ったその道で事故が起きた。
被害者は6歳の女の子。黄色のカッパを着ていて、横断歩道を渡ろうとしていた所に信号無視の車が突っこんできたのだ。
女の子は即死。自動車を運転していた会社員は、自動車運転処罰法違反(過失傷害)と道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで逮捕。加害者は朝方まで飲んでいて、酒が抜けないまま出勤していた。
もし、僕が寝坊などで時間がずれていたのなら巻き込まれていたかもしれない。
こういうのはいくら自分が気をつけていてもどうしようもない。
この日は雪になりかけたような雨の日で。
帰宅時にもまだ止んではいなかった。
通勤路を朝とは逆に。でも、朝とは様相が違う。
道には大量の花やお菓子などが供えられていて。マスコミも多数取材に来ていた。
数日後。
まだ雨は止まない。
だが、花は止めどなく供えられ。
二人の男女がそれをじっと見ていた。
いつからだろう、その男女は僕が通るたび、毎日見るようになった。
僕がその二人が亡くなった女の子の両親だと知ったのはさらに数日後。
二人の話し声が聞こえてしまったから。
「・・・・・・お前が・・・・・・目を離すからっ・・・・・・」
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
男性の方は、歯を食いしばるように。
女性は両手で顔を覆い、細く何度も謝っていた。
見る限り相当精神的に来てるね。それは当たり前なんだけど。
まずい感じ、夫の方はやり場のない怒りを妻のほうにぶつけてるし。
母親は母親で自責の念で押しつぶされそうだ。
だからといって、僕に出来ることはなにもない。
俯きながらその場を去った。
「・・・・・・なんで、この子はこんな所に・・・・・・」
最後にそう耳に入った。
あんなのを目の辺りにしたら、なんだか気になってしまった。
頭から中々離れないので、僕なりに少し調べてみる。
被害者の女の子は、事故現場から近い場所のマンションに住んでいた。
本当目の鼻の先だったんだね。
父親は出勤のため家を出て、母親と2人でいたのだけど、目を離した隙に女の子はいなくなった。普段は大人しい子で、家から一人で出たのも初めてだったとか。
「ふむ・・・・・・」
子供は時に突拍子のない行動をとるけれど、子供ならではとはいえなにかしらの理由はあるはずだ。
僕は考えて、考えて、一つの推測を立てる。
「・・・・・・あぁ、蓮華ちゃん。ごめん、ちょっと調べてもらいたいことが・・・・・・」
思ったら即座に行動。僕は蓮華ちゃんにある事を頼んだ。葵ちゃんでも良かったんだけど見返りが怖い。
数日後、まだ雨は止まず。
2人は同じ時間、同じ場所にいた。
日に日に窶れている気がする。
父親はここでなにかの答えを探し。
母親はここで何度も謝り続ける。
もう、終わりにして欲しいから。
僕はこの日初めて二人に声をかけた。
できるだけ踏み込みすぎないように、当時の状況を聞いてみる。
父親が出勤のため家をでる。それから母親はトイレに入り、娘はその間に家をでた。
「いつものように、娘はベランダから僕を見送って手を振っていました・・・・・・それが・・・・・・・・・う・・・・・・うぅ」
「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
自宅はマンションの五階か。時間差的に辻褄は合いそう。
「あの、一つ確かめてもらっていいでしょうか」
僕は二人にある確認をお願いした。
この日、蓮華ちゃんから連絡がきた。
頼んでいた件だった。
「はい、リョナ子さんのいう通りありましたよ。ビニール傘に混じって・・・・・・特徴は・・・・・・」
「ありがとうっ! 今度絶対お礼するからっ!」
聞くなり、走った。
これで、あの両親からの確認が取れたのなら。
雨は止まず、あの日のまま。
幼い子供が命を落としたあの場所で。
今日もいた。
「はぁ、はぁ、あのっ! どうでした!?」
息を切らせて、二人の前に駆け寄った。
「あっ、この前の・・・・・・ええ、なくなっていました、でも、なんで・・・・・・」
困惑したような二人に、僕はスマホを取り出して画面を突きつけた。
「それ、これじゃないですか?」
画面には、紺色の大きな傘、少し歪んでいるけど。
「あぁっ、これですっ! え? どうしてっ」
目を丸くする二人を前に、僕は息を整えて。
「この傘、事故現場の近くにあったんです。放置傘と一緒にね」
二人にはその意味が分かったはず。
「え、え、それって・・・・・・」
「あ、あ、だから・・・・・・」
顔が歪む。僕の二の句を待っている。
「ええ、あの日、娘さんはいつものように貴方をベランダから見送っていた。そこで気づいた、雨が少し降り始めていたことに、だから、急いで貴方の傘を持って外にでた。エレベーターは使えず階段を一生懸命降りて、でもそれじゃとてもじゃないけど追いつけない」
身の丈ほどもある傘を抱えて、必死に父親の背中を追いかけたのだろう。
その傘は事故の衝撃で女の子の手から離れて、道ばたに落ちた。偶然にもその近くには放置傘が散乱していて混ざってしまった。
だから、女の子が外にでた理由がよく分からなかった。
「優しい子です。とても・・・・・・。女の子が家を出た理由、僕は咎めたくありませんね」
その傘は回収してもらって、僕が代わりにこの二人に渡そうと思う。
届くのが少し遅くなってしまったね。
「・・・・・・ああ・・・・・・」
「ううううわあぁあああ」
両親はその場に泣き崩れる。
優しさが招いた悲劇か。
どうだろう、真相が判明してこの両親は少しでも救われたのだろうか。
より一層悲しみに落としてしまったかもしれない。
でも、女の子のやろうとしていたことは知って貰いたかった。
自慢の娘だったと、この先ずっと思える。
そして、その後。
その時の加害者を僕が担当することになった。
これは偶然ではない、何か別の力が関わったとみている。
無感情でいけるほど無関係ではなくなった。
これも特級としての試練か。
執行、五分前。
部屋で書類を確認。
もうすでに知っている。
状況も、加害者も、被害者も。
家族でさえ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
心の底から叫ぶ。理不審な世の中に。押さえつけようもない怒りに。
押しつぶされそうなくらいの悲しみに。
毎回だ、毎回だ、毎回だ、毎回だ、毎回だ、毎回だ。
なんで、この人が、なんでこの子が、なんでなんでなんで。
「・・・・・・・・・・・・ねぇ、神様。本当にいるなら少しひどいんじゃないかな」
一頻り叫んで。最後にそう呟く。
時間だ。
罪人がもうすぐ運ばれてくる。
大丈夫、吐き出した。今はとても落ち着いている。
リョナ子棒を握り。
「罪人、入ります」
押さえ込め、なにも考えるな。
ただ、この棒を振ればいい。
他の感情は無用。
それは神の仕業か、悪魔の所業か。
あぁ、なんで守ってあげなかったのか。
あぁ、なぜ、あの子を選んだのか。
いずれにせよ、それが気まぐれや悪意だとしたのなら。
僕は許さない。
いつか、どこかで。
神だろうが悪魔だろうが。
僕が執行してやる。




