なんか、今日は休日みたい。
起きたら11時近くになっていた。でも、寝坊ではないの。今日は休日。
夜更かしが基本だから、こうやって自然に起きるまで寝ていられるのは、なんて幸福だろう。
半身を起こすと飼い猫のソフィが近づき纏わり付いてきた。構ってもらいたそう。
このままソフィと一日ダラダラしてるのもいいけど、せっかくの休みだ、着替えたら出かけてみようと思う。
特に予定もないまま外にでた。
このまま歩くだけで途方に暮れる訳にもいかない。そんな時はとりあえず本屋に寄ってみる。そこで気になる本が見つかれば同じ店舗に入ってるカフェに行って読みふける。
これ、僕の黄金パターン。
もしかしたら人生観に影響を与えるほどの書籍に出会えるかもしれない。大ファンの高川先生の本を最初に見つけたのもこの方法だった。新人で処女作だったけど、僕はすぐ虜になったね。気づいたら二回読んでいて外はいつの間にか真っ暗だったのを覚えている。
今日もこれから何が起こるか分からない。だからこそ楽しみなんだ。
しばらく目的地に向かって歩いていると、急に人が多くなってきた。祭り囃子も聞こえてくる。
「あぁ、今日はここら辺の夏祭りだったのか」
半被を着てる人もたまに見かける、神輿もどこか近くを通ってるのだろう。
参ったなぁ。あまり人混みは好きではないのだけど。ただでさえこの日差しが暑い。
あ、でも、お祭りって事は屋台も出てるはず、お面コーナーがあったらぜひ見たい。ストックの一つはましろちゃんにあげちゃったから、気に入ったものがあれば購入するんだ。
僕は一旦滅入りそうになった気分を晴れやかに変え、祭り囃子の鳴るほうへ導かれるように方向を変えた。
神社の位置はわからないけど、屋台があるとしたらその周辺かな。適当に彷徨っていると二車線ほどの車道がある大通りにでた。
でも、このお祭りのために封鎖されて自動車は走ってはいない。
人の密度がそのお陰で緩和された事にほっとする。
「・・・・・・ん?」
少し先で人だかりが出来ていた。なにやら騒がしい。雰囲気で分かる、お祭りの賑やかさとはまた別の騒動。僕はちょっとだけ迷ったけど、好奇心が勝ってしまいその場に足は向かっていた。
取り囲んでいた人垣をかき分けるように、中を覗くと中年の男性が倒れていた。すぐ傍には若い女性が付き添ってオロオロしている。急に倒れたのか、ここから見てもなんだかやばそう。
救急車は呼んだのだろうか、だとしてもお祭りでとにかく人が多い。普段より到着が遅れるかもしれない。こういうのは一分どころか数十秒が命取りになる場合がある。
目立つのは嫌だけど、居合わせた以上そんな事も言ってられない。
僕は倒れている男性の元へと駆け寄った。
一緒にいた若い女性に声をかける。
「君、娘さん? 倒れたのはいつ? 救急車はもう呼んだ?」
僕は聞きながら、男の呼吸と鼓動を確認。心拍は停止している、意識もなかった。
「え、あ、救急車は呼びました。た、倒れたのは一分前くらいだと思います!」
意識障害が出てるって事は異物混入での呼吸停止ではないのか。とにかく状況がわからない。
「で、君は? 倒れた時の状況は知ってるの?」
「い、いえ、私は看護師で、たまたま休みでお祭りに・・・・・・そしたら人が倒れてて」
つまり、僕と同じって事ね。しかし、まだ新人で経験が浅いのか混乱してなにもしていない。
「AEDは手配した? なんで心拍停止してるのに人工呼吸してないの!?」
とりあえず、ベルトをゆるめ、シャツのボタンを引き裂いた。
「え、え、でも私、この春なったばかりで・・・・・・AEDもまだ・・・・・・」
その言葉に僕はムカリとなった。
「君、プロでしょ!? ただオロオロしてるだけなら誰でもできる、ちょっとどいてよ、君がやらないなら僕がやるっ」
僕が大声でそういうと、看護師の女性が一瞬びくっとしたのち震えていた体が止まった。
「・・・・・・ご、ごめんなさい、私がやりますっ! 私の方がきっとちゃんとできますっ!」
そういうと、看護師は心肺蘇生を開始した。正直、僕じゃうろ覚えだったから助かる。
その間僕は周りを見る。不謹慎にもこの騒ぎを携帯のカメラで撮影しようとしていた若者二人に声をかける。
「ちょっと、そこの少年達、そんな暇あるなら手伝いなよっ! そっちは他の人と協力してAED探してきて公共施設にならあるかも!? で、そっちはそこのコンビニでカッターと大きめのストローもらってきてっ! お金は後で払うから急いでっ!」
きつめに言ったからか、少年達は良い返事を返し走っていった。
AEDはいざっていうときどこにあるかわからないから間に合わないかも。そう思いながらも必死に頑張る看護師を手伝っていた。すると突然僅かに鼓動が戻ったのを感じた。
「よしっ! これでなんとかなるかも」
希望が見えた。さらにコンビニにお使いを頼んだ少年が先に戻ってきた。まだ呼吸は停止したままだったけどベストタイミングだ。
「はい、カッターとストローですっ! でもこれでなにを・・・・・・」
「ありがとうっ! それはね、こうやるのさっ!」
皮膚が青紫色になりもうチアノーゼの症状も出てきてる。停止から5分以上たったかもしれない。もう一刻を争う、だからやるしかない。そう僕は判断した。
刃を出したカッターを喉に宛がう、輪状甲状靭帯目掛けて力を込めた。切開を終えると、ストローを袋から取りそこに差し込んだ。これでなんとか気道確保できるはず。
頭を押さえていた看護師や周りの人の目が集中した、僕があまりに躊躇なくやったから驚いているのだろう。この方法を知らない人にとってはさらにびっくりした事だろう。
「お、お医者さんだったんですね」
「いや、うん、まぁ、喉は何回も切り裂いてるからね、慣れてはいるよ」
医者だったとしても、外科医以外はこの方法はできないだろう。
喉は大事な血管や神経が多いから素人がやったらそのまま死んでしまう可能性の方が高い。ストローじゃなくてボールペンとかでも良かったけど、分解するのが手間だし、今は変な構造のもあるからストローにした。
本当に緊迫した時には直接ぶっ刺すって聞いた事もあるけど、切れ味の悪いボールペンでピンポイントに穴を開けるなんて僕ではできそうにない。折って尖らせるのも失敗したときのリスクのほうが大きいだろう。
数分後、耳に小さいながらもサイレンの音が聞こえてきた。
それはすぐに大きくなって近づいてくる。
とりあえずは、間に合ったかもしれない。後は後遺症などが残らないのを祈るだけだ。
「ここからは救急士の方に任せよう、それまで頭とストロー押さえててもらえるかな?」
そういい僕は立ち上がった。拷問士の僕があまり目立った行動をとるわけにもいかない。
「あ、あの、貴方はどこのお医者様ですか?」
「いや、違うよ。僕は拷も・・・・・・」
「ごうも・・・・・・?」
「・・・・・・剛毛なんだ。いや、髪がね、下はむしろつるつ・・・・・・ってさよならっ!」
なんとか誤魔化して走り去った。あっぶな。またポロっと言いそうになった。僕も看護師さんの事言ってられないね、意識が低い。
う~ん、なんかとても疲れちゃった。今日はもう帰ろう。
お祭りはまたあるし、今日はやっぱりソフィとゴロゴロすることにするよ。
そういえばカッターの代金渡してないや。ま、細かい事は気にしない事にする。
こうして僕の休日は過ぎていくのであった。