なんか、価値を見いだすのも、また自分みたい。
ついにやった。
やってやった。
振り下ろした斧からは鮮血が。
ずっとしたかった。
頭を割られ微動だにしない体。
今日、この瞬間に。
自分の心臓の音だけがただ大きく。
やっと人を殺せた。
四方コンクリートで囲まれた部屋。
この時期はとにかく寒い。
足下からの冷気が特に非道く、僕は室内にいるのも関わらず完全防寒。
「あ、あ、あ、なんて寒さだ。ううう」
暖房などは使えない。ここは僕の仕事部屋、つまりは罪人を執行する場所。奴らを快適にするわけにはいかないからね。僕達執行人は我慢するしかない。
「うう、早く仕事で体を動かさないと・・・・・・」
いつもの黒衣、その上には自前の首元モフモフケープコート。
さらに手袋をしたまま書類を確認。
「えっと、罪人は未成年女性。ふむ・・・・・・これはかなりやってるね。殺人、毒物混入による殺人未遂、放火、その他もろもろ複合刑でレベル5か」
18歳は越えてるからね、未成年でもこれだけやった事で死罪が適用されたか。
「入れて」
職員のノック、同時に入室許可を出した。
台車に乗せられた女性が職員に押されて部屋に入る。すでに体は拘束されていて、見た目には身長計に縛られてるような感じ。
「はい、こんにちは。君を担当するリョナ子です」
「・・・・・・・・・・・・」
女は無言。ただ僕をじっと見ていた。髪はとても短く、気が強そうな印象を受ける。
ま、喋ることもないし、さくっと終わらせようかな。
僕は、すでに準備してあった斧に手を伸ばした。
「あんたはいいね、こうして何度も人を殺せて、しかも合法だ、本当に羨ましい」
掴む直前に声がかかった。
「・・・・・・そういや君は、人を殺したくてしょうがなかったんだっけ?」
僕の問いかけに、女の顔が明るく開けた。
「そう、そうなんだよっ! ずっと前から思ってた。やっと殺せたっ! ついにやってやったんだ!」
女はそれは嬉しそうにそう口にしていた。
でも、その答えに僕は一つの疑問が生じた。
「そんなに殺したいと思っていたなら、なぜすぐにやらなかったのかな。その口調だと、するにあたってなにか不都合があったみたいだ」
前に蓮華ちゃんに聞いた事があったっけ。
最悪の殺人鬼である葵ちゃんは、人を殺したいという好奇心を抱いていたのだろうか、と。
答えはノーだった。葵ちゃんの場合はそんな事を微塵も思わぬまま最初の殺人を犯しただろう。現状を天秤にかけることもなく、ただ思うがままに、一切の躊躇も無く、葛藤もなく、ごく自然に、さも当たり前に、純粋に、まるで使命のように、息をするように、瞬きをするように、首を裂いて、腹を割いて、指を切り、目を抉り・・・・・・。彼女にとって、人は人ではなく、子供が人形を振り回すのに似ていて、それに飽きると、最後に少しだけ笑うのだ。
「つまり、今まで抑制されていたのはブレーキがかかっていた証拠だ。ああいう本物の異常者にはそういうものがどこを探しても見当たらない。君は大丈夫、あそこまで欠陥品じゃないから、ちゃんと罰を受けられる」
「はぁあ! なに言ってんだっ! 私は本物だっ! 過去の名だたる殺人犯や、猟奇犯罪者と一緒だっ!」
ここら辺が僕の理解できない部分なんだよね。犯罪者の動機の一つに有名になりたいってのもあるからね。功績として名を残すならそれは名誉なことだけど、こんな誰にでもできる事で有名になったところでなんの意味があるのやら。
「あれだよ、もう人を殺したいって思ってる人はみんな南米あたりにいってギャングの仲間に入ればいいんじゃないかな。あそこら辺は敵対組織同士でいつも殺し合いしてるよ。殺人鬼とベクトルは違うけどあの手の連中は人を殺す事をなんとも思わない、残虐な行為も平気でできる。こんな平和な国で人を殺したいなんて言ってないでさ、本場で頑張ってきなよ。まさか自分は人を殺したいのに殺されるのは嫌ですなんて半端な覚悟じゃないでしょう」
そこまでやれるなら僕も本物だと認めざるを得ないよ。
「おっと、余計な事話したね。何をいっても君が待つのは死だけだった」
再び斧に手を伸ばす。
あ、その前に毒の部分があるじゃない。
「参ったな。毒は詳しくないのに・・・・・・」
たしか、この女が友人などに盛った毒はタリウムだったっけ。被害者達は結構な後遺症が残ったはず。
その分も執行に加えなくてはならないのだけど、正直よくわからない。
「お困りのようね」
唐突に閉じたドアから声が届いた。
「その声はっ!?」
毒の拷問士、毒のスペシャリスト、毒をよく吐く女。
「サブカルクソ先輩っ!」
「ドク枝よ」
扉から入ってきたのは、ガスマスクをつけた女性。拷問士の先輩のドク枝さんであった。
「話は聞かせてもらったわ。タリウムね。元素記号Tl 原子番号81。原子量204.4。白色の金属。摂取すると二、三日後から症状がでて、二、三週間後が最も重傷になるわ。症状は、嘔吐、食欲不振、口内炎、結膜炎、顔面腫脹、便秘、筋肉痛、頭痛。他には視力障害、知覚異常、下痢、腹痛、消化管出血、高血圧、不整脈、脱力感、運動失調、腎不全、痙攣、昏睡、呼吸麻痺、爪の萎縮、毛根部黒色色素沈着、発汗、脱毛などなど」
「ほうほう、なるほど、とにかくやばそうですね。でも、執行となると症状が出るのが遅すぎかな」
「なら毒性の強さで近そうな、シアン化カリウムで代用しましょう」
そう言うと、ドク枝さんがポケットから白い結晶が入ったガラス瓶を取り出す。
「はい、量は調節したわ。頭痛とか嘔吐とかそういう感じになるから」
これは胃酸で加水分解するから、腸溶性ハードカプセルにいれて飲ませる。
抵抗するかと思ったが、女は素直に飲み込んだ。
「もういいや、殺せ、殺せ、今度生まれる時は、美人で金持ちで、スタイルもよくて、今みたいなこんな・・・・・・、そんなだったら全く違った人生だったろうさっ、あぁ、どうせ死ぬならもっと殺せばよかった、あぁぁぁ失敗した、あああああちくしょぉおおおおお」
そういえば、調書に書いてあったな。この子外見的なコンプレックスを抱いていた可能性があるって。それも歪んだ精神へ影響を与えたのかもしれない。
確かにこの子の言う事も分かる。
「容姿端麗、頭が良くて、スタイルも良くて、そりゃそうであるに超したことはないけど・・・・・・」
毒が効いてきたのか、女の呼吸が乱れる。
「・・・・・・僕は、本とコーヒーがとても好きでね」
女の目が見開いていく。体が震えはじめ。
「だから、文字が読めるこの目と、ページを捲るこの指、その捲る音が届く耳、大好きなコーヒーが飲めるこの口、その香りを楽しめるこの鼻があって。それらを含めた五体満足に生まれてこれただけでとても幸せだよ」
今度こそ、斧をしっかり握った。
「次に生まれ変わったら、裕福で顔も頭もスタイルも良くて、それでいて日々殺し合いが行われているような場所に生まれる事だね」
女の頭上に斧を振り上げた。
「それが、君の望みだろうさ」




