あのね、ここはもう葵色なの。(学園潜入編3)
ぜん、ぜん、ぜんぶ、葵だよ。
てことで、今、私と円ちゃんは、お嬢様学校に潜入中なの。
さて、今は体育祭の真っ最中。
近くの競技場を貸し切って盛大に行われていた。
この日ばかりは今やほとんど登校してない三年生も来ていて。
開会式の挨拶は、ヨグ=ソトースがやってたよ。
あれが、ヨグ=ソトースかぁ。全生徒から毎年一人選ばれるというこの学園の頂点。
他の生徒とはやはり一線を画してるね。滲む気品は見せかけじゃない、うっすら光すら見えるよう。前髪がないミディアムストレートで、うふふ、鴉のように綺麗。背も高くスタイルもいい。う~ん、あれ欲しいなぁ、鼻の形もいいし、唇も程よくって・・・・・・いやいや、いけない、いけない、今は別の事に集中しよう。
体育祭はそれなりに盛り上がってた。
でも、生徒の皆が一番注目していたのは。
やはり、この一戦。
蒼椿と、私の妹である円ちゃん。二人の100メートル走。
双方、かなりの声援が飛んでいた。
実際、これで決まるよ、この学園の行く末。
「円ちゃん、何も考えなくていいよ、勝っても負けてもいい、どっちでもシナリオは用意してあるから。でも、やっぱり勝ってもらいたいかなぁ」
力を渡すように、背中を軽く押した。
「ういうい、任せろっ! 必ず勝つのだっ!」
気合い充分だね。
蒼椿はインターハイにもでるレベル。記録も11秒台。
対して、円ちゃんは全くの無名。そりゃそうだね、学校通ってないんだもん。
でも、逃げ足の速さは殺人鬼の中では断トツだよ。
常々思ってたんだよね。よく世界一って決まるけど、それは全人類が皆やるわけではない。その競技をやってる人だけ。もしかして、天才的な才能を秘めた者が埋まっているかもしれない。蓮華ちゃんはその考え否定するだろう、彼女は選ばれる者は選ばれるべくして生まれたって言うから。
蓮華ちゃん、その考え、ここで否定させてもらうよぉ。
私はグランドの近い位置でそれを見守るとする。
努力は蒼椿の方が圧倒的。対してこっちはせいぜい数週間の練習と最高品質のシューズを用意するくらい。その差を埋めるのはもう才能しかない。努力は無駄ではないけれど、その効率はやはり持って生まれた資質に左右する。
「さぁ、円ちゃん、暗闇の底にいた貴方が今だけは光を浴びる。それは一瞬の幻。だけど、今日だけは・・・・・・」
各学年混合、6人の生徒が横一列に並んで。
よーい。
掛け声、そして。
ドン、の音で各自一斉に踏み込んだ。
横線は一気に中盤まで、ここから頭が二つ、抜けだした。
どんどん、加速していく。
〈円ちゃんは負けないよ〉
伸びる、伸びる。
完全に勝負は蒼椿と円ちゃんの一騎打ち。
〈だって、円ちゃんは私が選んだ〉
後半、もう一段加速。体の半分が前へ。
〈無類の天才児で。この私、ドールコレクターの後継者なのだから〉
先に、ラインを越えたのは。
ガッツポーズを取り、すぐ私の元に駆け寄ってきた円ちゃん。
「やった、やったのだ、姉御、見てたかっ! やってやったのだ!」
飛び込んで、その体をきつく抱きしめる。
「うんうん、偉いよ、凄いよ、良い子だねぇ」
私達はすでに赤椿と白椿の上に立っていた。
残りは蒼椿だけ。
だから、逆にここで私達が負けたら一気に蒼椿に勢いがついてしまっていた。
これは実質、在校生の一番を決める大事な戦い。
全学年に見られる。
その中で、私達は示した。
「これで、決まったねぇ。誰がここで一番なのか」
大声援の中、私達の体育祭は幕を閉じた。
「円ちゃん、あの項垂れてる蒼椿に手を差し出して来てね。全生徒の見ている前で」
手を取っても、それを拒否しても、どちらを選んでもこちらの印象が上がる。
前者は蒼椿が円ちゃんを認めた事になり、拒否すれば見苦しい醜態をさらすことになる。
これで、もう私達に口出ししてくる者はいない。
一人を抜かしては。
それが今回の私達の目的でもある。
潜入してひと月が経った頃には。
私はまた別の名で呼ばれるようになっていた。
「黒椿さま、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、今日もお美しいです、黒椿さま」
なんか、もう一つの椿になっちゃった。
取り巻きも増えて、私の周りにはどんどん人が。
派閥の数も鰻登り。他の椿から鞍替えする者も多数。
数が増えると内輪でも揉め事が起こるようになる。
ここに来て改めて思うよ、人はなぜか優越をつけたくなる。
「黒椿さま、また派閥に入りたいという子が来ています」
派閥をつくった覚えはないのだけど、ま、いいか。
「うん、一応、顔を覚えたいから会いたいよ、呼んできて~」
放課後、こそこそと、教室に一人の少女が入ってきた。
「あ、あの、私、黒椿さまの、あの、派閥に・・・・・・」
極度の緊張、口はどもり、体が震えている。
見た目的にも地味そうな子だね。勇気を振り絞ってここに来たみたい。
「あれ、この子、私と同じクラスの・・・・・・いっつも絵ばっか書いてる」
取り巻きの一人が声を上げた。
「黒椿さま、この子は駄目です、成績も良くないし、運動も駄目、いつも教室の隅でこそこそと、見た目も全然気にしてないですし、この派閥には相応しくありません」
そう言葉にされると、少女は顔をうつむけた。
「そ、そうですね、私なんかが・・・・・・やっぱり・・・・・・」
その時、私の視線が、進言した取り巻きの子に移る。
「ねぇねぇ、何で君がそんな事決めてるのかなぁ。ちょっと黙っててよぉ」
目を開いて、黙らせる。
「あ、は、い、も、申し、わけ・・・・・・」
怯える取り巻きから、再び顔を少女に向け直した。
「ふ~ん、君は絵を描いてるのかぁ、良かったら見せてくれないかなぁ」
私がそう言うと、少女は口を開けて驚いた。すぐに顔を振る。
「い、いえ、そんな人様に見せられるようなものでは・・・・・・」
少女は渋ったが、私がもう少し粘ると、漸く諦めたようで鞄からノートを一冊出した。
手渡されたノートにはイラストが書かれており、ペラペラとページを捲っていく。
「う~ん、上手いねぇ」
素直に感想を述べる。
「私にはこんな上手に書けないよぉ」
少女にノート返す。
そして、一言。
「この子の仲間入りを認めるよぉ。彼女は私より上のものを持ってる。その時点で尊敬に値する。誰だってそう、何か一つでも他者より優れたものを持っているのなら、もう上も下もない。見下す事はできない」
全てのカテゴリーで勝る人間なんていないよ。何かしらの不得意はある。
「みんな尊重しあってね。自分に優越を感じていいのは同じ土俵で戦って勝った時だけだよ。みんな仲良くねぇ」
内乱が一番厄介だからね、上手く纏まってもらわないと。
そして、それからさらに数週間後。
「姉御、さま、今日の学食、なににする? なに食べる?」
まだ登校中なのに、円ちゃんはすでにお昼の事を考えてる。
「円ちゃん、そもそもなんで私達がここに来たのかもう忘れてるでしょ」
「あ、そうだ、なんでだっけ、うん、さっぱりだ。で、私的にはあの変なソースがかかってるチキンがいいと思うのだ、あ、でも、あの得体のしれない丸いのも美味いのだ、迷う」
思わず溜息。でも、これも円ちゃんの良いところだよ。多分。
「ま、そろそろあっちから接触してくる頃だと思うんだよねぇ」
脅迫は最初の一回きり。ここまで二回目は来ていない。
私達が来て状況が変わったからね、様子を見ていたんだと思う。
そして、今やこの学園で一強となった私達。
もういいんじゃないかな、姿を見せてくれてもね。
私の予想通り、その人物は程なく私達を呼び出した。
指定場所はこの学園の屋上。
ドアを開けると、すでにその人は私達を待っていた。
「ご機嫌よう、黒椿さん、いえ、葵さんでしたっけ」
「うふふ、はじめましてだよぉ、えっと、ヨグ=ソトースさま」
お互い柔らかく微笑む。黒く輝く髪が風になびく。
「ここに貴方達を呼んだのは・・・・・・」
すぐに用件を言い出そうとしたヨグ=ソトースさまだったけど。
「うん、最初から知ってたよぉ。貴方があの脅迫メールの送り主だって」
私が口を挟むと、彼女は大いに驚いた。そりゃそうだよね、私達の素性はわからないもの。
「メールが届いた時点では、三つの派閥の勢力は均衡していた。つまり、あのメールを送る意味がわからない。選挙戦に突入して劣勢になればその限りではないけど、それでもバレた時のリスクが大きすぎるもの。だから、このヨグ=ソトース戦自体を潰したい人物の犯行だよね。色々調べたよぉ、現三椿は元々貴方の妹達だったよね、となると大方・・・・・・」
そう指摘されると、ヨグ=ソトース様は、悲しそうに笑った。
「・・・・・・本当に可愛い妹達でね。みんな凄く仲が良かった。でも今はお互いいがみ合って、それを見るのが耐えきれなかった。私の時もそうよ、あんなに笑い合った親友達が、選挙戦を期に口も聞かなくなって・・・・・・」
だからこの選挙戦を中止にしたかったのか。その選挙で選ばれた現ヨグ=ソトースが大っぴらにそれを言うのは筋違いだしね。
「今は大丈夫なんじゃないかなぁ。敵の敵は味方だしね。あの三人、私達に対抗しようと協力しはじめたって耳に挟んだよぉ」
今更、私の優勢は覆らないけど。
「今回は理由も理由だからね、見逃してあげるよぉ。後は安心して見てていいよぉ。悪いようにはしない」
さて、追い込みをかけようかな。
そして潜入から二ヶ月後。
「黒椿さま、予算の方は・・・・・・」
「各部に平等に分配して、実績より現状を重視、前年度の数倍に増やしたから」
ちょっと拝借してそれを元手に増やしておいたよ。横領じゃないよ、ちょっと借りただけ。
「黒椿さま、集めた提案ですが・・・・・・」
「後で確認するよぉ、それで改善するべき案件はこっちで対処するから」
「姉御、さま、今日の昼ご飯は・・・・・・」
「円ちゃんが好きなものいくらでも食べなさい」
いつの間にか余計な事まで顔をつっこんでるよ。
でも、そのかいあって、私達に反論する人はいないね。
生徒は勿論、父兄に教師、はたまた学園長ですら。
時期が来たらヨグ=ソトース戦の廃止を訴えよう。
変わりに、他の組織を立ち上げる。各自役割を与えて協調性を生みだそう。
ある程度の権限を与えて、生徒自体がよりより学園にするように考えてもらわないと。
ここの生徒は甘やかされたお嬢様が多いから、自主性や主体性が少し鈍い。
ある程度目処がついたら戻ろうか。
「円ちゃん。どう? 円ちゃんがもう少しここにいたいというのなら・・・・・・」
このまま学校に通わせてもいい。命短し、そして今はさらに僅かな時間。
「う~ん、楽しいけど、あれだ、私はやっぱり、合わないかもだ、ふと、首元を見ると、切りたくなる」
「・・・・・・そうかぁ、同じだねぇ」
可愛い子を見てると、切り刻みたくなる。顔皮を剥いで、指を一本一本ストック、綺麗な髪は根元から。
やっぱり、私達の居場所はここじゃないね。
もっと汚くて、薄暗く、死臭が漂うような。
帰ったら、他の任務をすぐにやろう。
二人でいっぱい殺すんだ。
もう少しやりたかったけど無理矢理収めました。この二人が出て死人がいない!?




