なんか、後輩を研修するみたい。三日目(最終日)
最終日、僕とましろちゃんの笑い声が部屋に木霊していた。
「で、これが中世時代の拷問器具、通称、苦悩の梨だよ」
「ほほ~、有名ですけど、実物は初めて見ました」
それは、金属製の洋梨型器具。ネジを廻すと四枚の皮が割れて花弁のように開くようになっている。
しかし、今見せているのは現代版のリョナ子スペシャル、手動ではなく電動に改造してある。
力の無い僕でも有線のスイッチを押せば容易に使用できるのだ。
「これを口に入れればギャグ(口枷)の変わりになるし、〇や〇〇に入れて使ってもいい。ましろちゃん、試してみる?」
「えぇ~!? もう~、リョナ子さんたらっ、何言ってるんですか~、ふふふ」
「嘘、嘘、あはは、冗談だよ~」
すっかり打ち解けた僕らの間には、キャッキャウフフと和やかなムードが流れる。
「ま、こういう専門の器具じゃなくても、日常品を応用すればなんでも拷問の道具になるんだよ。そうだね、例えば・・・・・・」
僕らは椅子に拘束された男の方に向き直った。
頭に被せていた麻袋を取り払い顔を出させる。
あらかじめ僕達はお面で顔を隠している。ましろちゃんには黒にゃんの友猫キャラ白ニャンのお面を貸してあげた。
今回の執行対象者は小心者なのだろう、部屋に入った時から一言も声を発さず、目は泳ぎ、ただただビクビク怯えていた。とはいえすぐに声を上げるはめになるけどね。
「これとかいいかな、ジャガイモの皮とかを(うんたらかんたら)。家庭用が好ましいね。これを顔の角度がある部分に使う。額や頬骨の上とか、鼻、下顎なんかがやりやすい。押し当てて滑らすだけでペロンといくよ」
今日最初の罪人であるこの男はレベル2なので使いはしないけど、こういう説明を聞かせるだけでも精神的にくるものがある。実際、男はポロポロと涙を流し始めた。
「後は、(うんたらかんたら)なんかもいいね。口に突っこんで(うんたらかんたら)を送り込んでやるの。近づけるだけでもかなりの熱さだから、そんな密着させたらどんなになるか、普段よく使ってる物の方がお互い想像が容易い」
「なるほど・・・・・・日常品・・・・・・(うんたらかんたら)と・・・・・・」
ましろちゃんが頷きながらメモを取る。そんな僕らのやり取りに男の顔面は蒼白に染まる。
「これなんかは僕もよく使うよ」
「あ、(うんたらかんたら)ですか。いいですね」
僕はコードレスの(なにか)を手にし、しばらく待った。
「待機時で60度、最高にすると210度まで上がる。レベルによって温度を変えることができるのがいいね」
〈お仕置き中〉
「ひびゅっぁあぁぁっ!」
ここで初めて男の声を聞くことができた。
「ま、レベル2だしこんなもんでしょ、執行終わりっと」
男はひぃひぃと大きく呼吸を繰り返していた。そんな男の耳に僕は顔を近づける。
「・・・・・・良かったね、こんなんで済んで。でも、今度ここに来たら、今僕が話した方法を全部試してあげるね」
警告をこめてそう囁いた。軽いお仕置きで心を入れ替えてもらえれば僕も嬉しい。
普段、この部屋で一人黙々と執行していた僕だから、この研修期間はなんだかとても新鮮だった。塞がりがちの自身の精神もましろちゃんと一緒だと和らいだ気がする。
でもそれももうすぐ終わる。午後にある一件の執行。これが二人でやる最後のお仕事。
「罪状、二名の殺人、そして死体遺棄罪。レベルは5。始めるよ」
ベットに俯せに寝かせ、全身を固定した。
この罪人Aは、知人の男性と金銭目的でトラブルになり、家に押しかけそこで被害者の夫婦を殺害。その遺体は山へ捨てた。計画性はなく、司法解剖の結果、激しい暴力等が認められなかったため、辛うじてレベル5に留まった。
「・・・・・・これ、ましろちゃんやってみようか」
僕がそう提案すると、ましろちゃんは目を丸くして驚いた。
「え、でもこの執行レベルは5ですよね? 二級の私ではできませんよ」
ましろちゃんの言う事はもっともだった。だけど・・・・・・。
「例外がある。その場に執行権限を持つ拷問士が監視してる場合にかぎり、それは可能になるんだよ。今、その条件を満たしてる」
僕がそう指摘すると、ましろちゃんの顔が曇った。戸惑ってるのがわかる。
「・・・・・・え、でも・・・・・・私の腕では・・・・・・」
口では自信の無い事を理由にしてるようだけど、本質は別の所にあるのを僕は見抜いていた。だって僕も同じ道を通ったからね。
「・・・・・・道具を使っていい。(なんやかんや)、これもリョナ子SPに改造してあるから締める、緩めるのボタンを押すだけでいい。したがって繊細な技術は必要ない。欲しいのは別にある。やらないなら僕がやるけど・・・・・・」
無理強いはしない。できないならできないでいい。ましろちゃんがやらないなら、僕がボタンを押してあっさり終わらせる。ましろちゃんの次の句、それがどちらを選ぶのか、僕は無言で待つことにした。
しばらく沈黙が続いたのち。
「・・・・・・・・・・・・やります」
ましろちゃんは、重い口を開くと、そう選択を告げた。
「うん、じゃあ操作は簡単だけど、一応説明するよ」
ボウル状の鉄製ヘルメットとそれと一体になった下部プレートを罪人の頭部と下顎に固定し取り付けていく。それに繋がっているスイッチはましろちゃんに手渡した。
「準備完了・・・・・・。後はましろちゃんのタイミングで押せばいいよ。後は万力のように締まっていく」
スイッチを包み込んでいたましろちゃんの両手が震えている。中々押せずにいた。僕は黙って見守る。
何分だろう、長いような短いような時間が過ぎる。ましろちゃんはずっと自分のスイッチに触れていた指を凝視していた。暑さとは別の理由で額には汗が滲んでいる。
ふと、ましろちゃんが僕の方を見た。
目が合う。その視線は、僕に後押しを願ってるようにも思えるし、もういいよと言ってもらいたいようにも感じる。でも、僕は特に表情を変えずに目を合わせ続けた。
すると察したのだろう。このままでも、僕がなにもしてくれず、何も言ってくれないと。
決断するのは自分だって事。
ましろちゃんの目線が罪人の頭部、(あれ)に移った。
意を決したましろちゃんの指に力が篭められた。ボタンが深く沈んでいく。
「ふがおごごごごごおごっごごごっっっ」
しっかり口を封じていたにも関わらず、男から叫声が漏れた。
〈お仕置き中〉
〈お仕置き中〉
「・・・・・・ましろちゃん、終わったからもう押してなくていいよ」
僕が声をかけると、ましろちゃんは腰が折れたかのようにその場にへたり込んでしまった。
「・・・・・・わ・・・・・・私・・・・・・人を・・・・・・罪人とはいえ・・・・・・初めて・・・・・・人を・・・・・・」
譫言のように、様々な感情を混ぜ合わせた呟きを漏らすましろちゃん。僕は腰を下ろして彼女を優しく抱きかかえた。
「うんうん、よく出来たね。おめでとう。これでましろちゃんも一級拷問士だ」
頭を撫でながら指で綺麗な髪を絡み取る。
「・・・・・・え?」
理解はできてない。少し急すぎだったかも。
「実はね、この研修自体が進級試験だったんだよ。二級と一級の壁はとてつもなく大きい。それを乗り超えるだけの器かどうか直接現役の特級拷問士が見極めるの」
「・・・・・・じゃあ、私・・・・・・合格ですか・・・・・・?」
ましろちゃんの問いかけに、僕は自分で可能なかぎり微笑んでみせた。
「うん、もう一度言うね。一級合格おめでとう。ましろちゃんはとても優秀な拷問士だよ。まだ筆記試験は残ってるけど、一番の難関は突破できた。大抵の者がここで挫折し辞めていくからね。後は楽なもんさ」
「わ、私が一級・・・・・・拷問士・・・・・・あ、ありがとうございますっ!」
ましろちゃんの瞳から大粒の涙が零れていく。その涙の意味、それは嬉しいだけではきっと無かったと思う。
僕はしばらく自分より大きなましろちゃんを包み込むように抱いていた。
そういや、僕もこの時は泣きじゃくってたっけ。
瞳を閉じるとあの時今の自分のようにしてくれたあの人の姿が目に映る。
研修を終え、部屋を出ようをしていたましろちゃんに僕は二つある物を手渡した。
「はい、これ僕からの餞別」
「え、いいんですか」
贈ったのは、研修中ましろちゃんに貸していたリョナ子棒のストックと白ニャンのお面。
「ましろ棒とでも名付けて使ってよ、これ応用きくから使えるよ」
「・・・・・・う、うぅ・・・・・・何から何までありがとうございます。本当にお世話になりました」
ましろちゃんがまた泣き出してしまった。それに釣られてか普段感情の起伏が乏しい僕も熱いものがこみ上げてくる。
「これから忙しくなるとは思うけど、また遊びにきて。なんだか妹ができたみたいでこの三日間とても楽しかった」
「・・・・・・リョナ子さん」
名残惜しいけど、僕らはその気になればいつでも会える。大がかりな執行時は拷問士同士が協力して行う場合もある。その時はましろちゃんをぜひ指名しようと思う。
後日、ましろちゃんから筆記試験も通り、晴れて一級拷問士になれましたという連絡を受けた。
その知らせは自分のように嬉しく、柄にもなく部屋で小躍りするくらいだった。
今日は家で飼い猫のソフィと一緒にお祝いをしよう。晩ご飯は奮発しちゃうんだ。