あのね、アザトース様がみてるの。(学園潜入編1)
狂った殺人鬼の二人がお嬢様学校に任務のために潜入しました。学園潜入編、または学園統一編。
あいあい、葵だよ。
今私達は、ある学校に潜入中なの。
聖フィリップスラブクラフト女学院。
ミッション系の所謂お嬢様学校だね。
なんで、私達がここに来たかというと。
「ドールコレクターっ! 円さんっ! ある学園に犯行予告が届きました! ここは政界、経済界、各界の大物達のご息女が通う名門校です! 予告はメールで、学園内から発信されたのは判明してます! あそこのセキュリティは完璧なので外部犯の可能性は低い、なので犯人は内部の人間です! なので、貴方達、ちょっと行って内密にその犯人を特定してきてください!」
「うひゃくく、うひゃくく、相変わらず似てるっ! 姉御、レンレンの真似、うますぎ、やばいのだ、レンレンはそんなに力強く喋らないのに、うひゃくくっ、それでもそっくり!」
もはや恒例だね、このやり取りは。
まぁ、てな訳で、私達はここの制服を着て、今日から編入なの。
紺色の制服、白いセーラーカラーの襟元には同色のタイが結ばれており。
「よし、姉御、早く、早くいくのだっ!」
円ちゃんは経験のない学園生活が楽しみなんだね。とてもそわそわしていた。
先に走り出そうとする円ちゃんを引き留める。
「お待ちなさい」
「ん、なんだ、姉御」
私は近づくと、円ちゃんの襟元に手を伸ばす。
「タイが曲がっていてよ」
「あ、姉御、ありがとうなのだ」
「うふふ、駄目よ、ここでは様をつけなさい」
「う、うん。わかった、のだ、姉御、様」
お姉様って読んで欲しかったけど、ま、いっか。
さてさて、いよいよ潜入開始だよ。
編入手続きは蓮華ちゃんがそつなくこなしてくれた。
私は二年。円ちゃんは一年の教室に入る。
「皆様、ごきげんよう、葵です。少し病弱でして本来春から通うはずだったのですが、しばらく自宅療養しておりました。最近漸く体調がよくなりまして、こうして本日からここに・・・・・・」
担任の先生に促され、黒板の前で自己紹介。全部嘘だけど。わざと咳払いしてみたり。
しばらくは大人しくして情報収集かな。
まずは隣の席の子に笑顔で話しかけよう。
そして放課後、円ちゃんと廊下で合流する。
「この学園の現状は大体つかめたよ。説明するからちゃんと覚えてね」
「ういうい、姉御、様、わかったのだ、です」
この学園では、年度末にヨグ=ソトースと呼ばれる一人の生徒を選出するの。
最高の栄誉、学園の頂点、それは卒業した後も影響が大きい。
ヨグ=ソトースは、全生徒が対象なんだけど、実際はほぼ候補者は決まっている。
三人の生徒。紅椿、蒼椿、白椿の三椿。
この学園に咲き誇る三つの花。
エスカレーター式のこの学園では、三年の進路はほぼ確定している。
なので、この時期上級生はほとんど通ってはいない。お嬢様達は今後の人生のために色々やることが多い。
現時点で、この学園を牛耳っているのは紛れもなく二年生であるこの三椿。
「ここの生徒は、この椿様を筆頭に大きく三つの派閥に分かれてる。実際、私も早々に勧誘みたいなのがあったよ、保留しといたけど」
そしてその選抜を巡って三つの派閥の争いはすでに始まっている。
「で、ここで今回の犯行予告。内容はそのヨグ=ソトースを選ぶ投票を中止しろ、さもなければ無差別に生徒を殺す、だった」
これは蓮華ちゃんが思うように内部の犯行。多分生徒だね。
この時点で私にはなんとなく目星はついていたけど。
「お・・・・・・噂をすれば」
何人もの生徒を引き連れ、こちらに優雅に歩いてくるのは。
「あれが紅椿さま、だね」
気怠そうに、我が物顔で廊下を闊歩するそのお姿、それっぽいねぇ。
「ちょっと、貴方達、なにぼーっと立ってるのよ、紅椿様の歩行の邪魔よ、早く退きなさい!」
紅椿の一番近くにいた女が叫ぶ。その位置から考えて、この子が紅椿ファミリーのナンバー2かな。直の妹あたり。あ、ここの生徒達は上級生と下級生で姉妹ごっこをしてるから、それの事。
「ああ? なに、言ってる、姉御、様、に向かって、お前らこそ・・・・・・むぐっ!」
私は急いで円ちゃんの口を塞いで、横にずれた。
「ごめんよぉ。どうぞ、どうぞだよぉ」
顔を伏せて、素直に道を譲る。
紅椿ファミリーはそのまま、鼻で笑いながら通り過ぎて行った。
「なんで、なんでだ、姉御がどかなきゃならないのだっ!」
「まぁ、まぁ、円ちゃん。初日から目立っちゃ駄目だよぉ。私達はまだレベル1だよ。相手はアト〇ス、バ〇ズ、ベル〇ルみたいなもんだから、まだ目をつけられちゃまずいの」
「でもっ! 姉御、様が、あんな、ただのっ!」
「うふふ、大丈夫、すぐに状況は変えるから。一ヶ月、いや半月でね」
椿達は、そう呼ばれるだけの実力やらカリスマがある。
ある者は勉学、ある者はスポーツ、ある者は音楽、それに加えて家柄や容姿など。
「近いうちに学年別学力テストがある。そして、その後体育祭もあったね」
それまでは、派閥に属してない生徒を取り込もう。
一年はまだ決めかねてる者もいるだろう。
ある日は、屋上から校庭を眺めて。
「あれが、蒼椿か。陸上部でなんかの記録を持ってる」
「おお、早いのだ。でも・・・・・・」
私達は見下ろしながら、少しだけ笑った。
ある日は、学食である一団に目を移す。
「円ちゃん、あの人混みの中心にいるのが、白椿だよ。たしか、なんたら財閥の超お嬢様。逆らうやつ、気にくわないやつは、ご自慢のお父様に告げ口して優位に立ってる。うふふ、自分の力じゃないのにね、とても偉そう」
今の所、この三つの派閥は大っぴらに干渉してないね。
完全に無視か、小競り合いもうまくそれぞれのナンバー2が収めてる感じ。
このナンバー2達もいけ好かない、姉の威を借る妹って感じでとても生意気。他の生徒を見下すのは姉そっくりだね。
どの椿の妹か忘れたけど、ふいにぶつかってしまった一年を激しく罵っていたよ。その子は皆の前で必死に謝り泣いていた。それでも派閥のみんなで罵声を浴びせて、ここ本当にお嬢様学校なのかなって思ったよ。まぁその後、私が優しく声をかけたんだけど。
「姉御、様、一体、いつまで、こうしてるのだ、いつだ、いつ動く?」
「まぁまぁ、すぐだよ。もうすぐ、この学園は別の色に染まるから、もうちょっとだけ我慢してね」
そして半月後。
ここまで、私達は実に清楚に、まるで空気のように、目立たず。
だけど、一年を中心に、時に微笑みかけ、時に手を差し伸べて、時にあれをこうして。
後は、タイが曲がっていてよ、と曲がってないタイを直しまくった。
私達が編入してきて、最初の学年別学力テスト。
「ま、こんなもんかな、円ちゃんもちゃんと教えたとおりできたね」
「うんうん、姉御、様がいった場所がどんぴしゃだった。すらすら解けたのだ」
これまで、順位はほぼ固定されてたみたい。
学力は、紅椿ファミリーが強い。二年は紅椿が。一年はその妹が、いずれも一番だった。
でも、これからは違うよ。
私達が塗り替えたから。
「次は体育祭だね。どう、円ちゃん、蒼椿はとても速かったけど・・・・・・」
「ん、あれだ、この前、走ったら、なんか私の方が速いかもだ」
うふふ、そっちは円ちゃんに任せようかな。
「あ、葵さま、円さま、あの、その、学食、ご一緒しても、よろしいでしょうか!?」
「わたくしたち、お二人とお話したく・・・・・・」
「ぜひ、ぜひ」
数人の生徒達が私達を取り囲む。
もう、テストで私達が紅椿ファミリーを打ち破ったのは全校生徒の耳に入ってるね。
「うふふ、いいよぉ、じゃあ一緒に行こうか」
可愛い生徒達が私達の後をチョコチョコとついてくる。
学食に向かうべく、私達が廊下を歩いていると。
あちらから、また別の集団が。
「姉御、さま、あいつら、あれだ、紅いやつだ、どうする? 今日もあれか、最初と同じか」
円ちゃんの問いかけに私は小さく首を振る。
程なくぶつかる二つの集団。
「もういいよぉ、こっからは好き勝手動こうか」
私は目を細め、集団の先頭に目を合わせる。
「これは紅椿様、ちょっといいかなー、邪魔だからそこ退いてもらうよぉ」
私がそう言うと、横のナンバー2が怒声を上げる。
「はぁああ? なにあんた調子乗ってるん!? 退くのはそっちで・・・・・・」
瞬間、円ちゃんが激しく睨み付ける。
「あ? なんだ、姉御、さまに、なんか言ったか・・・・・・もし言ったのなら」
「ひっ!」
円ちゃん本来の、殺人鬼としての本性を垣間見せる。
殺気をこれでもかと浴びさせられて、ナンバー2は声を失った。
「くっ・・・・・・」
紅椿も、歯を食いしばって、体を避けた。それに同調するように、他の生徒も私達に道を譲る。
「うふふ、ありがとうだよぉ」
学生生活なんて久しぶり。以前の所は退屈でしょうが無かったけど。
ここはもうしばらくは楽しめそう。
さて、染めるよ。
この学園。
葵色に。
これ、内容はともあれ書いててとても楽しいです。




