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なんか、キシンみたい。

 朝、職場の門を潜り、建物に入ろうとした時の事。

 片隅にいる見知った人物が目に入った。

 なにかを見上げている。


「あれ、蟲盛さん、おはようございます。なに見てるんですか?」


 その場にいたのは同特級拷問士の蟲盛さんだった。


「あぁ、リョナ氏か。おはよう。なにを見ていたか、それはあれだよ」 


目をこらすと、そこには蜘蛛の巣が。

 蜘蛛の姿は見えなかったけど、別に珍しくもない。

 なぜ、そんなに興味深く見ていたのだろうか。


「何故、なんの変哲もないこの蜘蛛の巣を、私がまじまじと見ているのか、そう疑問に思ったかね。そうだね、一見ただの蜘蛛の巣にすぎない」


 心を言い当てられた。蟲盛さんの顔を見る。目を重ねて答えを求める。


「一昨日は風が強かった。さらにその数日前は雨が酷かった。その度だ、その度、この蜘蛛の巣は無残に破壊されたのだよ。でも今はこの通り、また同じ姿をとっている。私はそれを見てとても感心したのだ、同時にこの蜘蛛に奇妙な憧れを抱いた。何度も何度も壊されて、しかし次の日には一からまた作り直す。まるで何も無かったかのように。この蜘蛛はもう何度もそうしている」


 なるほどね。

 小さな小さな虫だけど、折れる事もなく何度も立ち上げる。

ただの本能かもしれない、勿論感情もない。だけどその姿はとても強く映る。


「さて、あんまりのんびりもできないか。そういえば、今日はリョナ氏と合同執行だったか。たしか、もう一人は・・・・・・」


 蟲盛さんの言葉で、考えないようにしていた事柄が無理矢理思い起こされる。


「・・・・・・ドク枝さんです」


 溜息を一つ。ドク枝さんの腕は確かに特級なんだけど、うざさも特級なんだよね。



こうして予定通り、特級三人による同時執行が行われる事になった。

本来はこういう協力プレイはあまりやらないんだけどね、執行のやり方がまず各々で大きく異なる。それでもやるのは、単純に忙しいから。休憩を交代で取ることによって時間を短縮する狙い。


「はい、皆さん、ドク枝よ。あ、蟲盛さん、お久しぶりです。どうです、最近、あっちの方は?」


 オヤジか。なんだその挨拶。

 ていうかジェスチャーが、ジョッキで飲む仕草だったけど。ドク枝さんビール一杯で吐くでしょ。

 この変な人がドク枝さん。毒マスクをかぶった特級拷問士。二本の髪がその間から触覚のようにひょこりと出ていた。一応先輩だね。


「今日はリョナ子も一緒なのね。ま、蟲盛さんと私という特級の中でも二大特級拷問士がいれば、特級の腕でちょいちょいよね、なんせ私と蟲盛さんは特級なんだもの」


 僕も特級だよ。後、特級言いすぎだよ。


「さぁ、やってやるわよっ! どんどんこなすわよ! ね、リョナ子もそうよね? ね? ちょっと返事は? え、なに、先輩が話しかけてるのに無視っ!?」


 朝から元気だなぁ。こっちは低血圧だからこのテンション本当に困るよ。


「まぁまぁ、ドク氏は少し落ち着きたまえ。まずは三人で書類の確認からしようか」


 はぁ、反対に蟲盛さんは静かで好き。

 これにはドク枝さんも素直に従いみんなで書類に目を通す。

 

「対象は三人。いずれも麻薬の売人ですね。これ最近、学生達の間にも出回ってニュースになったやつです」


「レベルは4か」


 その瞬間、蟲盛さんとドク枝さんが顔を見合わせた。

 この二人は見た目も雰囲気も年齢も違ったけど。

 一つだけ共通点があった。

 それは。


 二人とも毒のスペシャリストって事。


「キロネックスの毒は・・・・・・強すぎか」

「テトロドトキシンで行きましょう。あれなら段階を見極めて人工呼吸を施せば・・・・・・」


「いや、同じ神経毒ならアンボイナのではどうだろう」

「あれはインドコブラの37倍の毒性ですし、血清もないので難しいかと。今回はリョナ子がいるので心臓付近を切開して処置が可能でしょうが・・・・・・」


「レベル4なのがネックだね。殺していいならマウイイワスナギンチャクの毒で一撃なのだが」

「そうですね、あれはパリトキシンという動物界最強の毒ですので・・・・・・」

「ナイリクタイパンの500倍の毒性だ。確実に死ぬっ」


「それならそのナイリクタイパンでよろしいのでは? 陸上では最強でしたよね?」 

「うむ、タイガースネークの9倍だ! これは血清もあるっ」


「いっそ蠍ではどうだろう。オブトサソリあたりなんか」

「あ~、たしか別名がデスストーカーでしたっけ、格好いいですよね」


「そういえば、毒なら蜘蛛がいたな。クロドクシボグモ、シドニージョウゴグモなんか最適じゃなかろうか」


「いっそ、ボツリヌス菌出しますかっ!?」

「くくく、それは自然界最強の毒じゃないか。0.5キロで人類が絶滅するぞ、レベルいくつの執行だね」


「それなら鉱物系なんてどうでしょう」

「辰砂とかか。近くで加熱させて水銀蒸気で、感覚障害を起こし・・・・・・」


「いや、やっぱちここはマイトトキシンで」

「いやいや、ホモバトラコトキシンでっ」


 二人はガハハ、ガハハととても楽しそう。

 いい加減止めよう。


「ちょっと、お二人とも忙しいから合同でやるんでしょうっ!? それなのにキシン、キシンってっ!」


「あ、そうだった」

「ごめん、ごめん、つい、ね♪」


 駄目だ、この先輩達。


「もう何倍だか、最強だか知りませんが、どれでもいいから使って執行してくださいよっ」


 特級なんだし、専門なんだからうまく使いこなすんでしょ。


「とはいっても、さっき言った動物やら昆虫やら鉱物やらは持ってないからなぁ」

「私もせいぜい、今あるのは青酸カリとかの数種類よ」


 ないんかい。じゃあ、さっきの会話はなんだったんだよ。


「あぁ、もういいや。僕がやります」


 結局、これが一番手っ取り早いんだよね。


 こうして、僕がリョナ子棒を手に取ったんだけど。


「いやいや、リョナ氏。相手は麻薬の売人だ。やはり、ここは同じ薬を使おうじゃないか」

「そうね。別に毒は他にもまだまだあるのよ。貴方が知らないだけでね」


 蟲盛さんとドク枝さんが棚から植物を物色する。


「・・・・・・イラクサか。ギンピでいくか」

「エンジェルトランペットは、アトロピン、ヒヨスチアミン、スコポラミンという三種の・・・・・・」


二人は毒を選抜していく。さっきまでとは違う、ブツブツ言いながらも頭で量や使う箇所などをきちんと考えているんだ。この手の執行は非常にシビア。


 毒って怖いよね。でも麻薬だって同じくらい恐ろしい。

 だって、あれ脳を壊すんだよ。

大脳辺縁系と大脳新皮質ってのがあるけど、前者が本能、後者が理性や知性の役割。ここが互いにバランスをとって機能している。

 ドラックは、大脳辺縁系に傷害をおこし、大脳新皮質も正常に働かなくなる。

脳にあるブレーキ、他にもある補助ブレーキ、それら全てを破壊する。

 単純にいえば、馬鹿になるんだよ。そしてそれは例え薬をやめてももう戻ることはない。

覚醒剤やめますか? それとも人間やめますか? なんて言葉があるけど、やめた所でもう人間じゃないのさ。

自分で知能を下げようなんて、普通に考えたら思わないよね。

まさに好奇心は猫を殺すってやつ。


 さて、どうやら二人がどんな毒を使うか決まったみたい。

 どんな毒かは知らないけども、多分、この罪人達は、痙攣を起こし、嘔吐して、目は血走り涙と鼻水、涎を垂れ流し、そして長時間悶え苦しむのだろう。

 あー、怖い怖い。



 数日後、僕は気になってあの蜘蛛の巣があった場所に行ってみた。

 もう寒さも大分厳しくなっていて。


 見上げた場所には、巣は無くなっていたんだ。


 一抹の寂しさ。

 あの蜘蛛は最後まで生き抜いたのだろう。

 何度も、何度も、壊れそうになったものを立て直して。

 全力で生きたんだね。


 僕も見習おう。

 次は、葵円の学園潜入編の予定です。

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