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なんか、空気が澄んできたみたい。

 うー、寒い、寒いよ。

 寒いってなんだよ、もう。

 

 と、冬が来ると口癖になる言葉。

 こんなんじゃ夏の方がいいよと思い、夏が来ると冬の方がいいよと思う。


 服の枚数も増え。

 朝は特に冷え込むようになった。自宅の扉を開けるたび憂鬱になる。

 でも、それはまた新たな一日が始まったという事。

 時は進み続けている。だからこその変化。


 職場について温かいコーヒーで一息。

 同時に書類を確認。さて、今日はと・・・・・・。


「・・・・・・対象者は88歳の老人。罪状は殺人。レベルは・・・・・・1」


 随分高齢だね。それにしても殺人でレベル1か。

 なんとなくだけど、過去のケースから大体の予想はついた。僕はもう少し書類を読み込むことにしたの。


「罪人入ります」


 程なく運ばれてきた老人。

 窶れたように体は細く、腰は曲がり、職員に支えられるように部屋に入るお爺さん。


「そこの椅子に座ってもらって」


 ゆっくりとした動作で椅子にもたれる。

 職員は僕に一礼したのち出て行き、この部屋には僕と老人の二人になった。


 お爺さんは顔を上半身を沈ませ、一息つくなりこう言った。


「・・・・・・あんたが拷問士か。・・・・・・お願いだ、もう俺を・・・・・・殺してくれ」


 まるで生きてるか死んでいるのか、ただの塊のように、様々な力というものが抜けて枯れ果てている。


「・・・・・・すいません、僕の仕事は理由もなく人を殺めるものではないので、期待には応えられませんね」


「・・・・・・そうか」


 より一層肩を落としたように見えた。

 

 この老人は妻を殺め、そして自身も自殺を図った。でも死にきれずここにいる。

 認知症を患った妻を、一人で在宅介護をしていた。その末の行為。娘はいたがすでに嫁いでおり、負担をかけたくないと思ったのだろう、ただでさえ別の場所で暮らしていたのだ。


 お爺さんは一人抱え込み、自分の体もうまく動かせないのに介護を続けて、そしてついに限界が訪れた。


 僕は専門外で、現状を深く知らないけど、それはとても辛い日々だったんじゃないかな。認知症のお婆さんは大声を出したり、徘徊したり、それをお爺さんはずっと我慢しながら。

 施設にいれようにもお金がなく、入れられたとしてもそれすら迷惑がかかると思い、愛する家族だからこそ自分で見なければと、だけど、結局その愛する妻を自ら。

 若い僕でさえ、人を扱うのは骨が折れる。罪人の体勢をかえるだけでも力がいる。

 

 職業柄分かるけど、こういう介護からの殺人は結構な頻度で起こっている。そうなると介護サービスを受ければ良かったんだ、こういう時に安楽死できる制度があれば、なんて簡単に外から声が聞こえてくるけど。実際こういう事が起きてる時点で福祉制度は充分ではなく、このお爺さんは極限まで追い詰められた事で一線を越えてしまった、安楽死って結局家族自らに死を選択させるって事じゃないか。懸命に介護できるほど愛する家族に、早い時点でそれを決断できるか疑問だね。例え出来ても後悔は必ずやってくる。


 本当なら僕達若い世代がもっとよく考えなくちゃいけない問題だね。

 僕らだっていずれ歳を重ね、老いはやってくる。決して他人事じゃない。ただでさえ少子高齢化が進んでいるのに。

 世の中深刻な問題が数多くあるけど、僕達の税金て一体どこで何に使われているのやら。


「・・・・・・執行を始めます」


 レベル1か。普通なら一発殴れば終わりだけど。


「・・・・・・もう帰ってもらっていいですよ」


 僕は職員を呼ぼうと受話器をとった。


「・・・・・・どういうことだ」


 まだ何もしてないからね、その疑問は当然だ。

 でも、やらないわけではない。


「そこの書類にね、資料として写真が貼ってあるんですよ。お爺さんと、そして・・・・・・」


 皮肉にもその写真は、とても元気そうで、微笑んでいて。


「その写真をよく見て下さい。それを執行とします」


 受話器を持ったまま、書類の一部を手渡す。それはとても・・・・・・。


「あ、あ、春江・・・・・・う・・・・・・うぅ、すまんかった・・・・・・ごめんな・・・・・・」


 それを見ながらお爺さんは涙を流し、ただただ謝り始めた。

 消え入りそうな声で、何度も。

 ごめんな、かんにんな、と。


「そう思うなら、生きて下さい。背負ったまま最後まで。それはきっと重いでしょう。押しつぶされるほど」


 それは本人にとってどんなレベルよりも。


「ああ、あの時、あいつは一瞬だけ・・・・・・正気に戻って・・・・・・何もかも悟った顔で・・・・・・泣きながら首を絞めて、いた、俺に・・・・・・最後に・・・・・・最後に言ったんだ」


 背中を向けて職員を呼ぶ。僕はそのまま振り向くことはなかった。


「ありがとう・・・・・・って、ごめんって・・・・・・」


 かける言葉なんてあるはずもなく。

 ただ僕は無言で職員が来るのを待っていた。


「すぐに俺もいくからって・・・・・・なのに・・・・・・お前を一人に・・・・・・」


 来た時と同じ職員がまたこの場に。

 そして泣き止まないお爺さんの手を取りゆっくり立ち上げた。

 

「・・・・・・今、貴方が行ったとして、お婆さん喜んで迎えてくれますかね、追い返そうとするかも。どっちなのかは、長年連れ添った貴方が一番わかるんじゃないですか」


 よろよろと、返事がないまま扉が閉まる。

 この部屋には僕一人になり。

 なんともやりきれない気持ちだけが残った。


 親が、配偶者が、そして自分自身が直面しうる問題。

 

 愛する者に負担をかけること、愛する者が負担になること。

 そうなったとき、僕はどうするのだろうか。


 明日はまた少し寒くなるみたい。

 次は多分打って変わって。

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