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あのね、海外遠征なの。前編

 う~ん。背筋を思いっきり伸ばす。

 長時間の移動は疲れるねぇ。別国を経由してやっと到着したの。


「うへぇ、疲れた、腕も痛い、のだ、体も・・・・・・」


 連れの少女もそれは同じみたい。疲労した顔でぐったりしている。ただでさえ負った怪我が完治してないからね。片腕のギブスはまだ取れてはいない。


 私達は別ゲートから税関を通り、空港出口へとスムーズに通過したの。

 ほぼ手ぶら、荷物は私が持つ小さいバックくらい。必要な物は現地調達だよ。



 空港を出て外の空気をいっぱい肺に取り込む。

 美味しくはないね、出た瞬間まるでここは別世界のよう。

 気温は高め、少し暑いくらいかな。

 ターミナルは人も車も疎らで。


 淀んでいる。でも私達にはそれがむしろ心地よい。

 


 ここは世界でもトップクラスに治安の悪い国。


 本来、少女が二人、旅行感覚で来る場所ではない。


 それをすぐ証明するような出来事が起こる。

 空港を出てわずか数分。

 ちょっと裏に回っただけだったんだけど。


 地元の人間らしき男が一人、背後から近づく。

 すると、私のバックを突然奪った。


 随分手慣れているね。すぐに走り去ろうとする男。

 でも、私達も世間知らずのお嬢様ではない。

 咄嗟に反撃。

 

 私の鉄入りのつま先が男の顎を掠める。

 連れの少女が男の足を払う。

 

 男は白目を剥きながら地面に顔から倒れ込んだ。


「あらら、油断も隙もないね。早々にこれかぁ」


「ん、姉御、こいつ、バック離さないぞ、すごいプロ根性だ、意識がないのに、ぎっちり握りしめてる」


 奪われたバックを取り返そうとしたけど、男は離そうとしない。


「ん~、じゃあこうするしかないねぇ」


 私はナイフを取り出し、しゃがみこむと。

男の手首に切っ先をあてがう。


 地面に血が滴る。

 ポト、ポト、ポト、ポト、ポト。

 バックを持ち上げる。

 取っ手には一緒についてきた男の手首、そこから指一本一本引き剥がし。


「さぁ、上陸だよぉ」

「うくく、最初からこれだ、なにが起こるか、楽しみ、楽しみなのだ」


 宙に放る。手首は血を撒き散らしながら回転、地面にボトリと落ちた。

 


なぜ、私達がこんな場所に来たかというと。


 時は数週間前に遡る。


 私は円ちゃんの病室に来ていたの。


「はい、あ~ん」


 剥いた林檎を口に運ぶ。


「あ~ん」


 入院している円ちゃんのお見舞い。毎日来てるの。

 結構好待遇、広い個室で色々揃ってる。


「あ、姉御、今週のジャポン読みたい、買ってきて、欲しい、のだ」


「ん、そういうと思ってもう買ってきたよぉ。後でゆっくり読みなよ」


 テレビはあるけど、一人だとかなり暇だろうね。

 ただでさえ円ちゃんは体中包帯だらけだし、不自由が多い。


「あ、姉御、今やってるゲーム、限定キャラが出てる、それ欲しい、のだ、課金していいか?」


「ん、いいよぉ。キャリア払いにして、電話代の経費として蓮華ちゃんに出せばいいよぉ。だから気が済むまで回していいよぉ」


「わぁっ、やった、のだ」


 笑顔になる円ちゃん。うんうん、その微笑み、こっちも嬉しくなるよぉ。


「いやいや、駄目でしょ。そんなの私認めませんよ」


 と思ったら、扉が開いてまた別の誰かが入ってきたの。


「あ、レンレンだ。なんだ、髪切ったのか」


「うふふ、短いのもよく似合ってるよぉ」


 蓮華ちゃんは顔を少し傾け、それはどうもと無言で答えた。


「これ、お見舞いのヨーグルトです。なんでもすごい人気があるそうですぐ売り切れちゃうみたいですよ、ありがたく食べて下さい」


 蓮華ちゃんは来客用のパイプ椅子を引っ張り出しベットの近くに腰掛ける。


「しかし、なんですか、これ。ドールコレクター、貴方少し円さんを甘やかしすぎじゃないですかね・・・・・・」


 ベットの周りには漫画、ゲーム、雑誌、お菓子、山積みになっていた。


「うふふ、こういう状態だもん、しょうがないよぉ。望むものは私がなんでも揃えてあげるの」


「はぁ、貴方は。まぁいいでしょう。たしかに円さんの功績は大きかったです。あの九相図の行動を抑えたのですから。ですので、私も報いましょう。そのゲームの課金? でしたっけ。経費は駄目ですが、私のポケットマネーから出しますよ」 


「お、お、レンレン、まぢ? やった、あのケチ臭そうな、レンレンがっ、データにお金をかけるなんて馬鹿げてるといいそうな、頭の固い、あのレンレンがっ」


「・・・・・・一言も二言も多いですね。で、いくら出せばいいんです?」


「ん、あれだ、出るまでやるからそれはわからん、わからんのだ」 


「・・・・・・ま、数万くらいでしょ、このカードでお願いします」


 蓮華ちゃんは数枚あるカードの内、一つを選んで私に渡した。

 この時の蓮華ちゃんはまだ知らない。

 ソーシャルゲームの闇というものを。


 そして。


「やったっ! コンプしたぞっ! 限定三体揃ったのだっ! そして同じのをもう一回出して覚醒もさせられたっ! ありがとう、なのだ、レンレン」


「どういたしまして。随分時間かかってましたが、結局いくら使ったのです?」


 円ちゃんの代わりに私が答える。


「んと、153万だね」


「そうですか、153万。・・・・・・153万っ!? え、153万?!」


「うん、限定一体の出る確率は0.003パーセントだからね。そんくらいは使わないと覚醒まではできないよぉ」


「なんですか、そのオスの三毛猫が生まれる確率と同じみたいなのは・・・・・・」


「いやいやまだまだ甘いよぉ。麻雀で天和出る確率の10倍もあるし、熊や蜂、雷や隕石とかで死ぬ確率より全然高いよぉ」


「・・・・・・人に殺される確率よりは低いですけどね」


 蓮華ちゃんは随分驚いていたけど、作ってるほうも慈善活動じゃないからね。こうやって誰かが課金してくれないと運営できないよ。ま、それもお金に余裕があればだけど。蓮華ちゃんならこれ位、はした金でしょ。


「で、蓮華ちゃんが態々来たんだからお見舞いだけじゃないよね。なにか別件でもあるのかなぁ?」


 この子は滅多に外にでないからね。用事があるなら一気にこなそうとする。


「あぁ、そうでした。今はまだ無理でしょうが、円さんがもう少し良くなったらでいいので貴方達に一つやってもらいたい事があるのですよ」


やってもらいたい事かぁ。蓮華ちゃん簡単に無理難題を押しつけるからなぁ。正直やりたくないよぉ。


「今回、あっちも殺し屋を雇ってたじゃないですか。ヘルナンデス姉妹、結果、蛇苺さんに瞬殺されましたが」


「うん、いたねぇ。どっか外国から態々呼び寄せたんだよね。うふふ、あっさり死んだけど」


「ええ、そのヘルナンデス姉妹ですが。自国では色々あくどい事をしてましてね。売春宿もその一つなんですが、この姉妹を色々調べていく内にここら辺をなんとかならないかと思いまして」


「うん、それで?」


「はい、なんとかしてきてください」


 てわけで、今、私達はここに来ています。

 要は、売春宿でいいように使われている女性達をなんとかしてこいって事だね。実際その目で状況を見てしまった蓮華ちゃんとしてはなんかとしたかったみたい。

 それに蓮華ちゃんは他にも後始末が残ってるし、その間私達自体をどこかに押しやっておきたかったんじゃないかなぁ。私達問題児だしね、彼女は優秀だけど目を離すと私達は好き勝手やっちゃうからね。


「まずは・・・・・・」


 私はキョロキョロと辺りを見回す。

 すでに辺りは薄暗くなってきた。

 ここからが、この国のゴールデンタイム。

 丁度流しのタクシーが目についたの。手をあげるとすぐに止まってくれたよ。

 私達は乗り込み、居場所を伝えた。例の売春宿までは少しここから遠い。


 日が落ちれば、徒歩の移動はまたトラブルに巻き込まれる危険性が跳ね上がる。

車を外内どちらも注意深く確認する。料金も最初に聞いておく。

 うん、これで良さそうだね。


「ペラペラペラペラペラペ~ラ」


「オ~ペラペラ、ペラシーノ」


 現地語で行き先を指示する。

 こうして私達の乗り込んだタクシーは走り出す。


 ここら辺一体の地図はもう頭に詰め込んだ。

 だから、この車がどこを走っているかはわかる。


 案の定、タクシーは目的地から離れていく。

 どんどん、建物が疎らになっていく。


 そして、人気が全くなくなると、車が急停止。


「ヘイ、ペラリニャペラソーレっ!」


 金を出せ的な事を大声で言い出したの。乗り込んだ時さりげなくドアを確認したけど中からでは開かなかった。

 本来、こういう場所でタクシーを使うならちゃんとタクシー会社で手配するべき。

 そして、あらかじめ車体番号も聞いておき到着したタクシーが同じかを照らし合わせる。

 他にもまだあるけど、値段を最初に聞いたのもそう。あまりに相場から高すぎたり安すぎたりは怪しいの。

 私達が乗ったタクシーは、車内に証明書もなかったし酒の匂いもした。

 これ、本当は乗っちゃいけない車なんだよね。

 でも、あえて私はこれを選んだの。


 私達が顔色一つ変えずなにもしないでいると、しびれを切らした男が身を乗り出し手を上げた。

 それと同時だね、私のナイフはすでに男のこめかみに刺さっていたの。


「さ、円ちゃん、この男を引きずり出そう、窓を開けて外からドアを開けなきゃだよぉ」


 運転手の死体を道ばたに投げ捨てると、私が運転席に乗り込む。


「よし、足は確保したよ。これで自由に動けるね」


 この地区は年間の殺人件数が千を越え。

 殺人、誘拐、強盗、強姦、なんでもありの無法地帯。

 ギャングや麻薬組織が支配し、警察も信用できない。

 ここで信じていいのは自分だけ。


 帳もおり、これからどんどん闇が包む。

 夜道の一人歩きは自殺行為。


 でも行かなきゃ。


 ここで私達の狂気がどこまで通用するのか。

 平和惚けした国で生きてはきたけれど。

 そこでズレていた感覚は。

 ここでは正常なのかもしれない。

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