表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/167

なんか、新たな季節が来るみたい。

 朝、ホームで電車を待っていると。

 

 僕の少し前にいた女子学生が。

 フラフラと。

 こちらに向かってくる電車に向かって。

 吸い込まれるように。


「おっと」


 とっさに僕は腕を掴んだ。

 

 なんとなくだけど。僕だったから気づけたのかなって。


「・・・・・・あ」


 少女自身も自分が今なにをしようとしていたのか分かってなかったみたい。

 ふと我に返った様子を見せた。


「わ、私、あ、あれ・・・・・・」


「ま、とりあえずちょっと離れようか」


 僕は少女の腕にもう少しだけ力を込めて奥へと下がった。


 そうか、昨日までほとんどいなかった学生の姿も多い。

 今日から新学期が始まるのか。


「どうしたの、体調でも悪いのかな。あのままじゃ落ちてたよ。タイミング的に電車にぶつかってたかも」


 なんとなく感づいてはいたけど、ゆっくり聞こうとしよう。


「あ、いえ・・・・・・学校の事を考えてたら・・・・・・自分でもわからないまま、足が勝手に・・・・・・」


「・・・・・・なるほど。なにか問題でもあるのかな?」


 少しの間。少女は俯くが。


「いえ、大丈夫です。ご迷惑おかけしました」


 そう口にした。

 どうみても大丈夫そうにないんだよね。

 でも、今日会ったばかりの僕になにかあったとしても話す訳もないか。


「あれ、貴方は・・・・・・?」


 どうすればいいか考えていると背後から僕に声がかかった。


「あ、君は・・・・・・」


 そこには見覚えがある顔が。

 以前僕と一緒に閉じ込めれた少年?。

 その後に正体は蓮華ちゃんに聞いたよ。

 殺人鬼連合のリーダー。

 シストくん、その人。


「お久しぶりですね。リョナ子さんはこの路線でしたか。僕は普段使わないんですけどね、ちょっと妹が入院してましてその都合で寄り道してたんですよ」


 彼? はあれだね、僕が正体を知ってるとは思ってないのだろうか。

 気さくに話しかけてきた。

 しかし、正体を知った今でも彼? は危険な感じがまるでない。

 むしろ、なにか不思議なフィーリングすら感じる。


「おや、なにか顔が険しいですね。なにかありましたか?」


 シスト君は、僕と、そして隣にいる少女に目をやった。

 よく見たら、同じ制服だね。ということはシストくんと彼女は同じ学校なのか。


「あぁ、ちょっとこの子が危うくホームに落ちそうになったんだ。なんてことないよ、それを僕が助けたの」


 できるだけ軽い口調でそう言った。

 一瞬だけシストくんの目が細まる。


「あぁ、そうだったんですね。それは良かった。もし故意じゃなく落ちたとしても今の時間です、何万という人に影響がでてましたね。それによる損害も大きい。大事な用事がある人だっているでしょう、もしかして今生の別れが目前の人もいたかもしれません。もし死んでいたなら、その瞬間を目撃した人はその後その光景が忘れられなくなるでしょうし、その肉片を片付ける職員も気の毒だ。家族だけではなく多数の人に多大な迷惑がかかっていたでしょう。それに本人にしても死ねたならいいですけど、中途半端に生き残ると悲惨ですね。足だけなくなったり、非道い傷害だけが残ったり、想像するだけでも嫌ですね。いやぁ、本当に良かったです」


 シスト君がそう語ると、少女はさらに顔を落とした。


「ちょっとっ。例えそうでももう少し空気を読んでよ・・・・・・」


 僕はぼそっとシストくんに囁く。


「いえ、そう言われましても。この場合、自殺を図ったと考えるのが自然でしょう。今日から新学期です。学校でなにか問題でもあるのではないでしょうか。でも本人は話さない、助けを求めない、死以外で逃げようともしない。耐えられるだけの強さもない。さて、それで周りの人間はどうしろというのです?」


 むぅ、僕には返す言葉がない。それは僕がこういう問題に無力だからに他ならない。


「助けたい人間はいくらでもいるんです。でも、問題が発覚した時にはなにもかも遅い。それじゃ助けたかった人間は、あの時こうしておけばとか、なんとかできなかったのかと、後悔だけがずっと残ります。正直無責任なんですよ」


 この子、無害そうな顔で結構きつい事いうなぁ。


「わ、私がっ、どんなに辛いか、わからない、くせにっ」


 少女はそう声に出すと、ついに泣き出してしまった。

でも、シストくんの表情は変わらない。


「わかるはずないです。だって話さないんですから。当事者にしか分からないのは当然でしょう?」


「同、じ、クラスの、人なら、わかっ、てる、私が・・・・・・無視されて、みんなから・・・・・・」


「そりゃそうでしょう。加わるのは論外としても関わらないのが一番無難です。下手になにかしようとしてかえって悪化する可能性もあるし、自分も巻き込まれるかもしれない。誰だって自分が一番可愛いんですよ」


 シスト君の言うことは間違ってないのだろう。

 それでも、そうだとしても声を上げる人間で僕はいたい。実際それができる人間は非常に限られる。


「僕だってそうです。面倒な事にはできれば関わりたくない。傍観者が一番楽です。・・・・・・それでも、そうだとしても僕は声を上げるべきなのでしょう。リョナ子さんの前ではなぜかそう思えてしまう。だから行きましょうか」


 一瞬僕達はシンクロした。

 シストくんは彼女の手を取る。


「あぁ、リョナ子さん、この子は僕に任せてください。幸い同じ学校のようですし、僕がなんかとしますよ。こういうのは同じ環境にいる者のほうがわかる事もあります」


 そういい、やや強引にシストくんは彼女の手を引き、次に来た電車に乗り込んだ。

 一瞬、引き留めようといた僕だったけど、出した手を下げる。


「・・・・・・そうだね、お願いするよ。僕よりシストくんのほうがなにかと対処しやすいのは確かだ」


 僕がやろうとすれは少々大事になりかねない。僕だけでは力が足りないからね。蓮華ちゃん達をかり出せばなんとかしてくれそうだけど、結局それは僕の力ではない。


 ドアが閉まる直前に。

 僕は最後に少女に声をかける。


「逃げるのは別に恥じゃない。誰だって弱いよ、僕もよく泣くしね。世の中辛い事ばかりさ、みんな何かしら問題や悩みを持ってる。逃げた先が闇とは限らない、光が差してるかもしれない、それを確かめれるのは自分の目でしかないんだ。どうか、手を伸ばして欲しい。足掻いても、背をむけても、それを僕は惨めな事とは思わないっ」


 全部伝わったのか、微妙なタイミングでドアが閉じた。

 でも、彼女は顔を上げていたんだ。

 後は、もうシストくんを信じよう。

 彼? はあの蓮華ちゃんと渡り合える者だ。

 きっと、なんとかしてくれるだろう。


 悔しいよ。世の中色んな問題があるけれど。

 僕の力のなんてちっぽけな事か。


 抗える強さは必要。でも逃げる勇気もないと押しつぶされる。

 理解できない、してやれない。

 どうすればいいのか考えるけど、なにも思いつかない。

 

 逃げるじゃなくて撤退と言えば良かったか。

 あそこまで苦しんでもなお学校にいこうとするのだ、他の素養がきっとある。

 別に勉強なら学校じゃなくてもできるし、後々の進学だって可能だ。

 それこそ他の道は無数にある。自分のやりたいこと、見たい物が明確になれば視界が開ける。

 今立ち止まっても、また自分のタイミングで歩き出せばいい。


 結局僕の出番は、なにもかも終わった後なんだよね。

 だけど、それが僕の役目だというなら。

 全力で向き合うしかない。



 少し遅れて職場についた。

 最近は比較的業務が薄い。

 それを踏まえて今日は他の拷問士の執行を見学する予定だった。

 だから遅刻は上手くこのまま誤魔化そうと思う。


「おはようございます、リョナ子です」


 まっすぐその拷問士の元へ向かった。


「ん~、どうぞー」


 お許しを得て、ドアを開く。そこにはモノクルをつけたツートンカラーの髪色、特級拷問士の蟲盛さんがすでに執行の準備をしていた。


「今日はよろしくお願いします」


「うん、リョナ氏にとって意義のあるものになるとは限らないが、よろしく」


 蟲盛さんの部屋には生き物がいっぱい飼育されている。どれも執行に使うものだ。

 この前は大量の蛇を借りたんだっけ。

 とにかく特級の中でも特殊な執行を行うのでとても興味深い。


「今日はどんな内容ですか?」


「ん、レベルは3だったか。なんでも学校で虐めを行ってたグループで、ある生徒を自殺に追い込んだらしいね。遺書に名指しで書いてあったし、その後の調査で関わっていた事が判明した」


 なんてタイムリーな。朝の出来事が頭を過ぎる。そうなんだ、僕の出番というのは、もうなにもかも手遅れの状態なんだ。この場合、名も知れない犠牲者は、すでに命を絶っている。

 

「対象は三人。未成年だがこのレベルでは成人と差はないのだよ。あるのはレベル5以上から、だから遠慮はいらないのさ」


 蟲盛さんは、奥から発泡スチロールの箱を一つ持ち上げた。


「さて、執行はここじゃない。共用部屋でやるよ。もう罪人はそこに運ばれているだろう」


 レベル3か、どんな執行をするのだろうか。この罪状でレベル3てことは、あれだねやってた事もそうとう非道かったんだろうね。


 共用部屋に移動した僕達。

 そこに入ると、罪人の三人はすでに透明な浴槽な物に所狭しと押し込めれていた。

 浴槽よりは少し大きいくらい。でも三人だときつそうだね。

若い女の子達は、全裸で四肢を縛られ身動きもとれず中で蠢いていた。

 目や口は勿論、鼻や耳の穴にまで綿のようなものが詰められていた。


「これでどう執行するんです? 見たところあまり隙間もありませんが」


 この状態だと、なにか液体でも流し込むか、このまま長時間放置するくらいしか思いつかない。


「これを使うのだよ」


 そういうと蟲盛さんは持って来た発砲スチロールの箱を開けた。

 そこには。


「これ・・・・・・蟻ですか」


 箱の中にはさらに小瓶にいれられた大量の蟻が。

 随分大きいなぁ。普段よく見る蟻の数倍はある。


「パラポネラっていう蟻さ。この蟻はお尻に針があって刺すのだよ。その痛みはどんな蜂にさされるより痛いと言われている。先住民の通過儀礼に使われたりもするね。弾丸に撃たれたような痛みから弾丸蟻なんて名でも呼ばれたりする。二四時間痛みが続くとか色々言われているけど私はそこまで痛みは続かなかったなぁ」


「え、刺されたんですか?」


「それは執行で使うのだからどれだけの痛みか知っておかなければならないではないか。それにこの痛みも個人で違うみたいだ。だから痛がり方を見ながらやっていこう」


 蟲盛さんは、蟻が入った瓶を開け、三人の元に数十匹ほど落とした。


「さぁ、可愛い私の子供達、刺しまくってくれ」


 罪人達が身動きとれなくしたのはこれも想定しての事か。いくら大きい蟻だからといって暴れられて潰される恐れがある。蟲盛さんとしてはこの蟻一匹でも可愛いのだ。


「んぎゅうううううううううう」

「あっぐぐきゅううううううう」

「ひぉおおおおぉおおおおぃぃいい」


 すぐに呻き声が上がった。蟻が攻撃を始めたのだろう。

 今三人の体は激痛に苛まれている。


「ま、何回刺されても死ぬ事はないよ。さて、すぐに回収しよう。リョナ氏も手伝ってくれ。数はしっかり把握している。慎重に頼むよ」


 う、怖いな。僕も刺されないようにしないと。


 その間、苦しむ三人を見下ろす。

 この子達は、今どんな思いを抱いているのだろうか。痛みの中で反省や後悔はあるのか。

 なにをしてもされても、もう過去が戻る事はない。君達の行為が一人の人生を奪ったんだ。

 結局、被害者が死んで相手の名前を記したとしてもこの程度なんだ。

 相手はこの先なにくわぬ顔で好き勝手生きるだけ。


「痛いかい? 苦しいか? でもその痛みはやがて消える。でも君らが与えてきたものはこんなものではないはずだ。被害者は何日も何週間も、虐めが続いていた間ずっと痛く苦しんだんだ。それに比べればなんと痛みの短い事か」


 ま、聞こえないんですけどね。


「ほう、リョナ氏が執行中に感情を見せるとは珍しい」


「僕も色々弱いって事ですよ。こうやってたまに吐き出さないとやっていけません」


 少しだけわかるんだよね。朝、ふらっと線路に吸い込まれた少女の気持ちが。

 日々溜め込んだ色々な負の思いが、広がる闇が、ふいに背中を押すんだ。

 

 後ろは見えず、自分では気づかないうちにそれは大きくなる。


 だから、自分で振り向くか。

 それとも、誰かが見ていてくれないと。

 きっと、それはいつか自分を殺す。


僕は自分が弱いのを知っている。そして認めている。

 だから、困ったら誰かを頼る。

 そして、それで助けてもらったのなら。

 今度は自分が誰かを助ければいい。


 自分と、相手の弱さ、どちらも知ってこそ。

 それができるはず。

 

 次の日、ホームには二人の姿が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ