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なんか、それは時雨のようで。

  蝉時雨。

 日に日に暑さは増していき。


 ふと立ち寄った本屋で一冊の本が目に入った。

 事件や事故で大切な人を失った被害者家族達。

 その方々が書き綴った本。


 僕は少しだけ迷った後、手を伸ばした。



 自宅に帰り読んだ。

 そして後悔する事になる。


 拷問士の僕は。

 見てはいけなかったのかもしれない。



 犯罪などで理不尽に奪われた命。

 苦痛、憤り、悲しみ、虚しさ。

 文字とし凝縮されて僕の心に飛び込んでくる。

 頭を巡る。


 感情が揺さぶられた。

 

 

 翌日の執行は少し気が重かった。

 内容を思い出すだけで涙がこみ上げてくる。


 被害者の年齢はバラバラ。

 一歳から八十代まで様々。

 強盗、暴行、事故・・・・・・。

 巻き込まれ、たった一つの命が散りゆく。

残された家族の悲痛な叫び。


「罪人入ります」


 書類に目を通す。

 罪状、危険運転致死傷罪。

 飲酒運転の末、幼い兄妹をはね飛ばす。そしてそのまま逃走。

 苦しむ子供を見捨ててひき逃げ、か。

 

 寄りによってこのタイミングで僕の元に来るか。

 

感情をギュッと抑え込む。あくまでいつも通りにやらなければならない。

 それでも。


 今日は鼓動がよく響く。


 黒い白衣を羽織る。

 さて、お仕事の時間だ。



 蒸し暑いコンクリート造りの室内に罪人が運ばれる。


「・・・・・・レベル4、か」


 飲酒運転で二人もひき逃げしたのに、この時点で加害者の命は保証されている。


「俯せでベットに寝かせて固定して・・・・・・」

 

 職員による執行の準備中、いつもはあまり深く確認しない書類をまじまじと見つめた。


 これ母親と一緒に散歩している所に突っこんだのか。

 幸いにも母親は軽傷。いや、違うか、それにより凄まじい光景を目にしなければならなくなった。

 現場の写真も確認。

 妹がしていたのかな、小さなポシェットは踏み潰され。

 キャラクターものを服は引き千切られ。

 全身血まみれの兄妹。

 小さな体からは想像できないほどおびただしい血が道路を染めている。 

 母親はその体を絶叫の中抱きしめたのだろうか。 


〈心臓マッサージの度に血の涙を流す子供達〉


 心を染めていく。


〈心はあの日、時が止まったまま・・・・・・〉


 僕は深く息を吐いた。



 加害者はまだ若いね。

 ベットに大の字に固定した男を見る。

 目隠しだけをして手足を端で拘束。


「・・・・・・や、やるならさっさとやれよ」


 強がってはいるが声が震えている、一応恐怖は感じてるみたい。


「なんで、俺が。運が悪かっただけだ、悪いんのはあっちだろう、あんな狭い道を歩いてたから・・・・・・俺だってあそこさえ通らなければ・・・・・・」


反省の色はないね。言い訳ばかりで責任をどこかに追いやってる。


「・・・・・・君、よっぽどお酒が好きなんだね。事故の時も相当飲んでたみたいだ。それなら存分に飲ませてあげるよ」


 僕は用意させた瓶を手にする。中身はアルコール分の高い液体。


「でもこっちからだけどね」


 〈お仕置き中〉


 本来、口から摂取したアルコールは、胃・十二指腸・小腸を経由する間にほぼ吸収や分解される。でも、下から直接摂取すると直腸や大腸にはアルコールを分解できる酵素や微生物がほとんど存在しないから、そのまま吸収される。つまりは。


 男の顔が瞬時に赤く染まる。


「な、なびしでんだ、やべえお」


 呂律も回らなくなってるね。

 酔いが早く強い。


「さて、この状態でどれだけ判断力があるか試そうか」


 僕はリョナ子棒を手にして男の横に座った。


「問題を出そう。とても簡単なものだ。ちょっと考えれば分かる。でも制限時間はあるから早めに答えてね。五秒ってとこかな」


「も、門だえ・・・・・・?」


「第一問、僕は一個三十円の林檎を三つ買いました。バナナも買おうか、これは五十円。会計に二百円払ったよ、さておつりはいくらかな?」


「え、え、林檎がなんじゅう、三つ、あで・・・・・・」


「5」


「いや、まっで、林ごがぁ、三十・・・・・・」


「4」


「び、バナナも、バナナは、四十、えん、??」


「3」


「うう、二びゃく円って、百の二で・・・・・・」


「2」


「くそ、りん、5でが何こだっけ・・・・・・ああ」


「1」


「ああ、わがん、もっか、い、もっかい、いって・・・・・・」


「0」


〈お仕置き中〉


「あぎゃああああああああじゃああああ」


 男が痛みから頭を左右上下に振り回す。

 大丈夫、一回目は大して血はでない。


「第二問、僕は動物園に行ったよ。最初に猿を見て、次にキリンを見て、象を見て、カバを見て、パンダを見た。2回目に見たのはなんの動物だった?」


「あああが、いでぇええ、いだい、ううう」


「5」


「あああああ、カバ、カバ、いや象、あぁあ、いだああいいい、いでぇよぉぉ」


「はい、不正解」


 もう一度、〈お仕置き中〉


「がうあうぎひぃああああくあああああ」


〈お仕置き中〉


「第三問・・・・・・」


 この後も僕は簡単な問題を出していく。


「も、もう、やべでぇ、いだい、もうしばせぜん、からぁ」


「不正解」


「あああああっっぃっっうううっっっっ」


「不正解」


「いばあっじゃあああああああああ」


「不正解」


「不正解」


「不正解」


 殴る度、被害者、その家族達の声が聞こえてくるよう。


〈私の体と取り替えて・・・・・・〉


「いあはがあああああああ、ゆぶしべえぁあ」


〈幼い子供達だけで旅立たせてしまった・・・・・〉


「も、もうぜっだい、しな、運、でんも・・・あああがじゃあ」


〈帰ってきて欲しいと毎日願う、でも叶わない〉


「さげえええ、もう二度どぉっっ、飲みぜ、うああぎあああああじゃ」


〈あの柔らかい手に触れたい〉


「ごめええあんなあざい、ひがややあああああ」

  

〈怖かったよね、痛かったよね〉


「・・・・・・うあがあ、ひがさあさ、うびゅうききいいい」


〈声が聞きたい 笑顔が見たいよ〉


「すぶぃまっっっっ、ううああわかっ」


〈会いたい あいたい もう一度あいたい〉


「しにゅぬううううううううう、これ、もぅううう、しぬぬさああ」



〈ごめんね、守ってあげられなくて・・・・・・〉



「・・・・・・・う・・・・・・うぅ・・・・・・ぁぁ」


 強い憤り、許せない気持ち。

 気が狂うほど泣き叫んでも、されど涙は涸れない。


 男はもう声も小さくなっていた。

 これ以上は無理、レベル4の限界の限界まで執行した。

 

「これ、僕の持論なんだけどさ、ルールを守れる人は最初から破らない、破ろうとしない。逆に破るやつは、その後、何度でも破るよ」


 再犯で何度もここに来る人を大勢見てきた。

 腐った果実はもう戻らない。


「今日は暑いね。外は蝉がとてもやかましい」


 僕はもう汗だくだ。今年一番の暑さかもしれない。

 しかし、真逆のように冷たい声で男の耳元で囁く。


「蝉の声を聞く度、ここでの事を思い出しな。そしてこの国には二度目はないって事を深く心に刻み込め、今度は・・・・・・その体、肉片に変えてあがる」


ふとした瞬間、瞬間に君の脳からは蝉が一斉に鳴き出すよ。


 執行終了。被害者家族は納得いかないだろう。

 でも、僕がしっかり体に刻んだよ。


家族の苦しみは永遠。

 写真の中で微笑む姿を見て。

 自分を責め続け。

 戻りたいと、夢でもいいからもう一度と。

 

 僕にはその絶望の全てはわからない、でも想像するだけでも胸が苦しい。


 行き場のない怒りや悲しみは。


 一体どこへ行くのだろう。

 

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