なんか、後輩を研修するみたい。一日目
最近、めっきり暑くなってきた。仕事場は窓がないから熱が籠もる。
クーラーなんてものはないから、小さな扇風機を回しながら汗をかきかき最近は頑張ってるの。
今日は、この部屋に罪人以外のお客が来る。
二級拷問士が研修のため僕の所に来る予定だった。
なんでも近いうちに一級の昇級試験を受けるみたい。三級、二級の資格を持ってる人はそこそこいるけど、一級からは一気に狭き門になる。
一級から罪人の命を握る事になるし、その責任は大きい。精神の負担も遙かに増す。
「さてさて、どんな子が来るかな~」
僕が見極めてあげる。優秀な子なら今後僕の仕事が減るだろう。
午前9時、扉がノックされた。僕が声をかけるとゆっくりに開かれていく。
「あ、あ、あ、あの初めましてっ! 二級拷問士の今葉ましろを申しますっ! 今日から三日間よろしくお願いしますっ!」
頭を何度も下げた。緊張してるのかな、体がガチガチで声も震えている。
僕に比べて背がかなり高い。170以上有りそう。そのため体がより細く見える。
「は~い、リョナ子で~す。よろしくね」
僕が手を差し出すと両手で包み込むように握り返してくれた。
「と、特級拷問士の方に会えるなんて、と、とても感動してます!」
「あぁ、ありがとう。君も若いのにもう一級が見えてるなんて中々優秀みたいだね」
僕がそう言うと、ましろちゃんはブンブン首を振った。
「な、なにをおっしゃいます! リョナ子さんは史上最速最年少で特級に登り詰めた天才拷問士。私達低級拷問士の憧れですっ! 私なんてまだまだっ!」
ふむ、褒められて悪い気にはなれないね。この子は結構良い子じゃないか。
「とりあえず、今日は君の腕を見つつ、僕の執行を手伝ってもらおうかな」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
こうして僕の監修の元、ましろちゃんの拷問研修が幕を開けた。
僕は先に目を通した書類を、ましろちゃんに手渡した。
「今日、最初の仕事はレベル2だね。これ、ましろちゃんならどうするかな?」
真剣に書類を見ていたましろちゃんに聞いてみる。
「え、えっと、そうですね。罪状は単純横領罪・・・・・・ですがすでに返金はされてます。となると物理より精神がよいかと・・・・・・」
「そうだね、じゃあこれましろちゃんに任せるよ。やってみて」
「は、はいっ!」
ましろちゃんは職員が罪人を連れて来ると、なにやら指示を送りそのまま別の場所に送り返した。
「リョナ子さん、執行終わりましたっ!」
「ほう、なにしたのかな? どっか行ったみたいだけど」
「はいっ! ここには別棟、白い部屋があるので、そこで数日間の軟禁指令を出しました」
ふむ、自ら手を下さずそれを選んだか。
通称、白い部屋。天井、壁、床にいたるまで全て真っ白に統一された名前通りの部屋だ。照明は一日中部屋を明るく照らす。
一見、苦痛はなさそうに思われがちだがそんな事はない。
入れられた罪人はすぐに睡眠障害、強いストレスから抑鬱状態に陥る。さらに感覚遮断、ホワイトアウトと呼ばれる空間識失調になると一時的に平衡感覚を失う。人間てのは視覚情報と三半規管の毛細細胞などで平衡感覚を保つけど、その部屋ではそれらの混乱を招く。
空間識失調が発生すると目眩、吐き気、そして不安心理が高まり精神的に大きな負荷がかかる。入れる日数を増減すれば他のレベルにも対応できるから仕事としては楽だけど、罪人にしては一発物理対処してもらった方が全然ましだろう。
「判断としては間違ってないとは思うけど、こういう個人差がある執行は難しい。入れて、はい、終わりともいかない。適度に経過を観察する必要があるからね。僕なら一発、棒で叩いて終わりにするかな」
僕がそう言ったら、ましろちゃんはしゅんと頭を垂れてしまった。
「いや、でも、まぁ。レベル2の執行としてはいいと思うし、あまり楽するのも駄目だよね。ましろちゃんはましろちゃんの執行方針があるだろうし、僕はいいと思うよっ!」
すぐにフォローをいれると、ましろちゃんは顔を上げぱっと輝かせた。
いけない、いけない。いきなりやる気を挫く所だった。範囲内で収まっている以上、僕がとやかくいう問題でもない。拷問士にも個性はあるのだ。
「次は、レベル3だね。ここまではましろちゃんだけで執行できる。これも任せるよ」
「はいっ! 頑張りますっ!」
次は物理的な執行になるだろう。レベル3はもう何回もやってるだろうけど、僕が見るべきは加減が絶妙かどうか。どのレベルでもいえるけど、この基本ができてないと拷問士としてはやっていけない。
罪人が部屋に通される、ましろちゃんは椅子に固定されるよう職員に頼んだ。
「罪状は通貨偽造罪ですね。物理執行を行います」
本来、通貨偽装罪はレベル4になりかねない非常に重い罪。今回は初犯ですぐに発覚し逮捕されたためにギリギリで3に留まった。一級を目指すましろちゃんには丁度いい執行だね。
「リョナ子さん、なにか棒のようなものをお借りできませんか?」
「・・・・・・棒かい。それなら、リョナ子棒のストックを貸すよ」
僕は棚から鉄の棒を取ると、ましろちゃんに手渡した。
「ありがとうございますっ! では開始しますっ!」
手足を拘束され、袋をかぶせられた罪人にましろちゃんの執行が始まった。
目つきが変わった。ましろちゃんが罪人に向けられる視線が先ほどとはまるで違う。
僕は先日の葵ちゃんを思い出してしまった。いわゆる切り替わったってやつだ。僕はつねに一定だからこういうのはないからよくわからないけど、気持ちの問題かな。
ましろちゃんの持つ棒が、罪人Aの胸部にめり込む。
心臓の真上を狙って打ってる。
Aは瞬間的に鼓動が停止、衝撃は全身に及ぶ。鼓動はすぐに回復するが、それを見計らってましろちゃんは再び打ち付けた。それらは数回に及んだ。
「・・・・・・こんなものでしょうか。これで執行終了とさせてもらいます」
ましろちゃんが息をふっと吐いた。額から汗がにじみ、たまになって顔を流れる。
「お疲れ様~」
僕がそう労うと、ましろちゃんは僕の顔を恐る恐る見つめてきた。どうだったでしょうかと聞いている。
「・・・・・・うん、見事だった。胸部への打撃は加減を損なうと思った以上にダメージが出る。鎖骨は折れやすいし、それ以外の骨が折れると心臓にささる場合もある。肺に穴が開くと気胸状態になるし、低い肋骨なんて折ったら消化器を突き破って腹膜炎を起こしたり、最悪内臓破裂でショック死しちゃう。だから絶妙な力加減だったと思うよ」
素直に褒める。僕はおべっかは使わない。だから正当な評価を下す。
「あ、ありがとうございますっ!」
ましろちゃんは飛び跳ねるように喜んだ。心底嬉しそうだった。
「よ~し、午前中はこれで終わりにして、お昼にしよう。ましろちゃん、ご飯は?」
「あ、いつもはお弁当なんですけど、研修中は適当に買って済ませようかと思ってました」
「そうか、じゃあこの近くに美味しいパスタ屋さんがあるんだ。一緒にいこうか」
「あ、はいっ! ご一緒します」
こんなやり取りをしてるとつい思い出してしまう。僕もこうして研修を受けたっけ。今はもういないけど、僕にも尊敬する拷問士がいたんだ。その人の教えが今の僕を作ってる。
「さぁ、行こうか、研修中は僕が全部奢るね」
「え、そうな、悪いですよっ!」
「いいの、いいの。君もいつか研修を見る側になったときに後輩にそうやってあげてよ」
僕もそうしてもらったんだ。だからその時の恩は下へと還元する。