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なんか、するっとするみたい。

 朝、通勤してると後ろからドク枝さんが颯爽と自転車で現れた。


「リョナ子、グッモーっ」


「うわっ、ドク枝さんだっ」


 朝から面倒くさい人に会っちゃったなぁ。


「うわってなによっ!」


「いや、あまりにスタイリッシュに登場したものですから驚いただけです。しかし、どうしたんです、これ。ドク枝さん電車通勤だったじゃないですか」


 なんか格好いい自転車に乗ってきた。これなんだったっけ、ロードバイクとかそんなのだ。


「運動よ、運動っ、最近ちょっとだけ、ちょっとだけ体重があれなのよね。だから、家から自転車通勤に変えたのよ」


「ああ・・・・・・」


 たしかに。ドク枝さんは見た目はそうでもないけど平均的な拷問士よりは少し肉がついてるかも。普通拷問士は痩せている人が多い。ある意味肉体労働だし、お昼をとる暇もないし、精神的な負担は食欲を削ぐ。でも、逆にそのストレスを食事で解消する人もいて、ドク枝さんはそのタイプって事。


「どう? 良いでしょうっ。ギャノンテールってとこので、フレームはあえてカーボンじゃなくアルミなんだけど、この値段帯だと、ビナレロやゴルナコより・・・・・・」


 あ、これ長くなるやつだ。すぐに直感。ドク枝さんは目を瞑って語り出していた。

 僕はドク枝さんが目を瞑ってる隙に走って逃げだす。


「そもそも自転車は、全身を使う有酸素運動だし、食事制限だけだとリバウンドがあるからまず筋力をつけて代謝を増やし、タンパク質を・・・・・・ってリョナ子っ。リョナ子がいない。リョナ子はいずこへっ!」


 遠くから声が聞こえたけど僕はスタスタとすでに職場の門を潜っていた。



「さてさて、今日の罪人はと・・・・・・」


 書類を見て、眉が動いた。ほう、これはこれは。

 ある意味有名人だね。ちょっと前によく報道されてたよ。

 今回の執行対象は元政治家か。


「罪人入ります」


 職員が目隠しをされた罪人を連れて来た。


「吊して」


 即座に指示。

 髪の薄い男が職員によって両手を縛られ吊されていく。


 政治資金規正法違反。秘書給与流用などなど。

 つまり僕達の血税を私的に使ってたと。政治と金の問題はいつの時代でもあるよね。

 どれだけ無駄なお金がこうやって消えてく事か。

 

「さて、どうしてやろう・・・・・・」


 目を塞がれてるわりには男は落ち着いている。

 ま、レベルもそこまで高くないからね。本人にすれば大した事はされてないと思ってるのだろう。


「おい、やるなら早くしろっ! こっちも色々忙しいんだっ、なんで俺がこんな目に・・・・・・」

 

 男は以前の感覚なのか、やけに高圧的な態度を見せる。反省してないね、これ。 

「いや、悪い事したからでしょ。じゃなきゃここには来ないよ」


 僕がそう口にすると、男の顔が怒りで見る見る赤く染まっていく。


「こっちは、選挙で選ばれてやっと議員になったんだっ! 世の中を変えたいと思う一心でっ、指摘されたシルクの服だって、袖がつるっとしてる方がっ」


「いやいや、ここで僕に弁解されても。それにそれもう何回もテレビで聞いたから。あれでしょ、気温が低い時は長袖じゃないと駄目だもんね。ごめんごめん、もう始めるよ」 


う~ん。この手の執行は難しいね。指を切断したっていうならこっちも切断してやればいいんだけど。

 

「よし、こうしよう」


 僕は職員に頼んで注射器とチューブなどの道具を用意してもらった。


 こいつは国民の血税を個人的な理由で無駄に使用していた。

 じゃあ、僕はこいつから無駄に血を抜き取ろう。


 血を抜くには刃物で適当に切ればいいって訳ではない。血液凝固ってのがあるから小さな傷じゃすぐ血が止まる。かといって動脈を切れば一気に血が流れて失血死してしまう。静脈からゆっくり抜いていこう。

 瀉血は治療法でも用いられる。たまに自傷行為としてやる人もいるみたいだけど、それで無駄に血を流すなら献血した方がよっぽどいいよ。輸血に使われ、それにより誰かが助かるかもしれない。間接的にも人助けになるならそれはとても素晴らしい事だ。それにチューブを流れる自分の血を見ていれば生きてる実感も得られるだろう。

 

 それでは。この男の体重は65キロ程度。血液量は体重の大体13分の1くらい。となると全部で2リットルのペットボトル二個分ちょいかな。動脈と静脈からでは違うけど20パーセントほど抜けば身体に異常がでてくるだろう。30パーセントだと生命の危険が出てくる。


 僕は黒ニャンの仮面をつけると、男の目隠しを外した。


「なんだっ、なにをするつもりだっ!」


僕が手に持つ道具を見て、落ち着いていた男は急に取り乱し始めた。


「あ、大丈夫だよ。血を抜くだけ。麻雀をするつもりもないし、色々研修は受けてるから一発で決める」


 男の後ろに回り、腕の血管に針を刺す。チューブの中身が赤い流れを作った。


「目隠しを取ったのはこれを見せるためだ。どんどん身体から血が失われていく。これ税金も一緒だよ。無限じゃない財源がこうして無駄に減っていくの」


「あ、あ、あああ」


「ほら、ちゃんと見て。大切な血が取られていくのを。その目でちゃんと確認して」


 顔を背けようとする男の頭を掴むと無理矢理チューブに目を向けさせる。 


「どう、このまま抜いていくと目眩がして、手足も冷たくなってくる。血圧が下がり顔も白くなってくるだろう。さらには意識混濁。これ国のお金も一緒だよ、ただでさえ足りないのに、もっと無くなっていけば国民がどんどん苦しくなる。税金は増え、社会保障が減り、それでも生活は良くならない。真面目に活動してる政治家がいくら頑張っても貴方みたいなのがいると大変だね」  


もう少し抜いたら終わりにしよう。この人がまた政治家に復帰する可能性はないともいえないけど、身をもって理解してくれたと信じるとする。

 

 誰にいれるかは自由だけど、知名度とかではなく政策やその人が目指している事をちゃんと理解してから投票したほうがいいね。

 民主主義は、民衆の政治意識が低いと全体主義や腐敗政治を招くこともある。世界的に有名な独裁者だって民主主義の国民投票で選ばれた人だったしね。

 ま、どういう思想に共感しようが、原理主義のようにそこだけではなく広く見渡せる余裕は欲しいんじゃないかな。




 そして三日後の朝。

 

 僕の前を歩くドク枝さんの姿が。


 あぁ、もう自転車通勤はやめたのか。

 そう察して僕は少し悲しくなった。


 あの自転車くれないかなぁ。 

 後日、自転車はリョナ子のものになりました。

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