あのね、復讐するみたい。(後編)
円ちゃんがゴソゴソ準備を始めていたの。
「姉御、姉御、リコリコはあれだ、なかなか見所があるっ、あれ、私も姉御みたいなの、いいか? 円シスターズ作ろうかな、あれ私の妹にするっ」
色々道具を選別しながら円ちゃんはそんな事を言い出した。
随分莉子ちゃんの事気に入ったみたいだね。
でも。
いや・・・・・・そのうち分かるか。
「それはそうと、円ちゃんなにやってるの?」
円ちゃんは鉢巻きをしてその両端に懐中電灯を括り付けていた。
「これはあれだ、奴らの居場所が分かったのだ、だから、あれだ今からリコリコと殴り込みだ、殴り込むのだっ」
両手には包丁を二本。円ちゃんは鼻息をフンフンさせていた。
私は思わず頭を抱えたの。
「ちょっと待ちなよ。それで突っこむ気かな? それ辿り着く前に捕まるよぉ。場所が分かったからといってそこに確実にいるって確証あるのかな? もしないなら無駄骨だよ」
「う、いなかったらあれだ、また明日行くのだっ」
「・・・・・・いいかな、円ちゃん。この復讐に期間はない。私達は殺し屋ではないけど、獲物を狩るにはそれ並の準備は必要だよぉ。誰にも気づかれず私達に辿り着く要素は一切排除しなければならない。立ち寄る場所が確定して相手は三人。一人ずつ殺ってたら他が警戒する可能性もある。殺すなら三人同時だよ。それは簡単ではない。だから慎重に行動しなければだよぉ」
私達は混合型の殺人鬼だけど、私は秩序側に、円ちゃんは無秩序型に近い。すぐ犯行が発覚し本来すぐに捕まるはずの無秩序寄りの円ちゃんが中々検挙されなかったのは、高い運と気まぐれや拘りがうまくかみ合い機能してたから。一歩間違えれば即座に逮捕されててもおかしくなかったんだよ。
「まずは、三人の行動を監視しなきゃだよぉ。どの曜日、どの時間、どのルートで動くか。別に店で殺る必要はない。注意深く、細かに、根気よく観察して、最高のタイミングを掴むの」
う~ん。ちょっと円ちゃん達だけでは完遂は難度が高いかも。
「拉致する時だけは私も少し手伝うよぉ。そこまでは円ちゃん達だけでやってごらん。ちゃんと決行日と時間を指定して、納得のいく説明も欲しいからね」
「う、うん。分かった、やってみるっ、のだ」
途中で気づかれなきゃいいけど。
ま、私も引き続き影ながら標的を監視する円ちゃん達を監視しようか。
「あ、そうそう。さっきの円シスターズだっけ、あれ作ってもいいよぉ。ただし、この復讐がうまくいったらね」
「え、まぢっ!? やった、うん、大丈夫、ちゃんとうまくやる」
単純に喜ぶ円ちゃんを見て。
私は言葉を続けた。
「円ちゃん、一つ賭けをしようか。私は莉子ちゃんはうまくやれないと思ってるんだよぉ。だから円シスターズなんて作れない」
「っ、そんな事はない、ないのだ! リコリコはやるぞ、すごい復讐心だ、兄者がすごい好きだった、それを殺した相手を許すわけがないっ」
「じゃあ、円ちゃんは莉子ちゃんがちゃんと復讐を果たせる、で、私はできない。これでいいかな?」
「お、おうっ、望む所だ、絶対、姉御が負ける、いいのかっ、私が勝っちゃうぞ」
「うん、じゃあ円ちゃんが勝ったら、莉子ちゃんを妹に円シスターズを作る。で、私が勝ったら・・・・・・」
波が引いていく。
目をゆっくり開いていく。
口も同時に。
「その時は莉子ちゃんを私が殺すよぉ。私達に関わった代償。そしてあの子を見ていたら久しぶりにお人形遊びがしたくなった」
円ちゃんの反論を許さないほど押しつけて。
私はそう告げたの。
「いい、ぞっ、大丈夫っ、リコリコはできるっ、だから姉御の負けだっ」
円ちゃんは揺るぎない自信を持って私を睨んだ。
へぇ、これだけ威圧しても睨め返すのか。うんうん、いいよぉ。やっぱりこの件をやらせて正解だったね。違う意味で成長しているかも。
「うふふ、結果が楽しみだよぉ」
そしてそこから二週間後。
ついに復讐を決行する日が訪れた。
円ちゃん達が提案した計画を聞く。拉致する場所、時間、手順は問題なさそうだった。
私も頷き、これを了承する。
本当はもっと時間をかけて確実性を高めたかったけど、あいにく私達も色々忙しい。
その日の夜。あらかじめ決めておいたポイントで待ち伏せる。
ワンボックスカーを私が運転。目的の人物が通りかけると、横付けして円ちゃん達が即座に拘束。
素早く手錠をかけ、麻袋を被せる。
それを三回繰り返し、私達は最終地点の山中へ。
車の中で足も拘束しておいた。
目的地につくと、男達を車から引き下ろす。
森は不気味なほど真っ暗で、車のライトだけが頼り。
地面に芋虫が3匹。お誂え向きに身体だけをくねらせている。
「ここまで来れば後は簡単だよぉ。後始末は私の妹達にもうお願いしてあるから莉子ちゃんの自由にしていいよぉ」
莉子ちゃんは渡されたナイフを両手で握り震えていた。
「ほら、リコリコ、私が教えた通りやるのだっ、こう、シュッとやってエイって感じだっ、ソイソイって、こなくそって」
それちゃんと莉子ちゃんに伝わったのかなぁ。円ちゃんはいい意味でも悪い意味でも天才型だからね。教えるのはそもそも向いてないんだね。
男達は意外にも静かだった。体だけはガタガタ振るわせていて。もっと暴れるかと思ったけど、この場で平常心を保てているのは私と円ちゃんだけ。
一人夜道で、訳も分からないままいきなり拘束されてここに連れてこられた。視界は遮られ、手足は縛られ自由はない。普通に考えれば恐怖で心は埋め尽くされるか。
「さ、莉子ちゃん、思う存分どうぞ」
「やれ、やってやれっ」
私達が煽っても莉子ちゃんは一向に動こうとはしなかった。
極度の緊張状態。声もでなさそう。
「・・・・・・ま、心の準備は必要か。じゃあ少し私達が遊んでるよ。その間に覚悟を決めてね」
〈葵ちゃん活躍中〉
「ああがぎゃあ」
〈葵ちゃん活躍中〉。男はまた悲鳴を上げた。
「私も、私もやるのだっ、これはうまくやらないと、殺しちゃうやつだっ」
円ちゃんも続いて〈円活躍中〉
「あああうああがああ」
「うくく、足に刺さった」
「今度は私ね」
〈葵ちゃん活躍中〉
一回のダメージはそれほどでもないからすぐに死ぬ事はない。
ただ、私と円ちゃんの手も止まらない。
「いだぁあっぁあいいいいぎゃや」
「ああっ、頭にやっちゃったぞっ! 大丈夫か、これ、死んだかっ」
円ちゃんの一投が〈円活躍中〉。
「うふふ、大丈夫だよぉ。頭は意外と丈夫だからね。矢が脳を貫通しても死なないの。脳幹て場所さえ気をつければまだまだいけるよぉ」
「おお、なるほどっ、じゃあ、次、姉御っ」
男達の服はあちこちに血の染みを作る。麻袋も赤く血を吸っていく。
もっと遊びたいけど、いくらなんでもそろそろかな。
「このままじゃ私達が殺しちゃうよ。さぁ、莉子ちゃん、いい加減やろうか」
莉子ちゃんはじっと黙って見ていた。
男達が苦しむ様も。
嬉々と行う私達のお遊戯も。
「う・・・・・・うぅ、も、もう、やめてくれ・・・・・・」
「た、たすけ、て・・・・・・」
「いた、い、いたい、いた・・・・・・い」
夜の道でのたうちまわる羽虫のよう。
「ほらほら、私は復讐が空しいとか、莉子ちゃんのお兄ちゃんが望んでないなんて無粋な事は言わないよ。そもそも、復讐てのは死んだ人のためにやるんじゃない。自分のためにやるんだもんね」
人は死んだらただの肉片になるだけ。そこに魂もなにもない。
だから、その後は全部生きてる者が自己満足のためにすること。
「憎かったんでしょ? 殺したいほど。じゃあ殺りなよ。簡単だよ、そのナイフを振り下ろすだけだもん」
でも動かない。莉子ちゃんはナイフと男達を交互に見つめて荒い呼吸と繰り返しているだけ。
そして・・・・・・。
「う・・・・・・うう・・・・・・うわぁぁあぁあ」
両手からナイフがこぼれ落ち。突然、莉子ちゃんは叫びながらその場で泣き崩れた。
「おい、どうした、リコリコ、え、なんだ、ここまで来て、なんで、なんでだ」
莉子ちゃんの元に駆け寄ろうとする円ちゃんを腕で制止する。
「結局莉子ちゃんはまともな子だったって事だよ」
法が厳しかろうが、優しかろうが。
それを犯す者がいなければその法は意味をなさない。
犯す者がいてその法が初めて効力を得る。
莉子ちゃんはちゃんと線が見えていたんだね。
私達には見えない線が。
「賭けは私の勝ちだね・・・・・・」
私はナイフを改めて握り直す。
「あ、待って、姉御、まだ、わからないっ、だからっ」
円ちゃんの声を無視して。
私は被されていた麻袋を引き剥がすと、男達の後頭部目掛けてナイフを振り下ろした。
「ここから顎に向かって刺す。脳幹は心拍動、呼吸、消化吸収などの自律神経系の中枢を司ってる場所。ここを壊せば人は即死するんだよ。逆にここが無傷だと銃で頭を撃ち抜いたとしても意識は失うけど必ずしも死ぬとは限らない」
越えてはならない境界線。
それに踏み込めば呪いがかかる。
決して消去できない、死ぬまで続く、呪い。
「さぁ、戻ろうか。そろそろ妹達が来る頃だよ。大体の時間は指定しておいたの。事前に三人分ていっておいたけど大変な作業になるね。その分後でご褒美をあげなきゃだよぉ」
「あ、姉御、リコリコは・・・・・・?」
「莉子ちゃんは元の場所に帰るんだよ。私達の事はきっぱり忘れて、まともに生きるのをおすすめするよ。だって莉子ちゃん、悪いけど殺人鬼の才能これっぽっちもないもの」
そう言うと、円ちゃんは複雑そうな顔を私に見せた。
そうだよね。ここ最近、円ちゃんは莉子ちゃんとずっと一緒にいたものね。
後輩ができたと喜んで、拙くも色々教えて。買い物したり、スイーツを食べたり。
でも、最初から分かってた事だよ。この子は私達と同じ場所にはいられないって。
声を出して泣き叫ぶ莉子ちゃんに円ちゃんは目を移した。
「・・・・・・そっか。リコリコ、駄目だ、った。円シスターズ、姉御みたいなの、欲しかった、けど・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「姉御、ありが、とう。リコリコを殺すって言ってたのに、私、負けた」
「う~ん、気まぐれだよ。死体の処理が面倒になるもの。妹達が大変になるからね、だから別に円ちゃんのためじゃない」
「それは、違う。さっき、姉御、三人て言った。最初から殺す気、なかった、のだ」
あら、やっぱり案外目ざといね。円ちゃんはこういう所があるから侮れない。
でもね、気まぐれってのは本当なの。
殺そうとすれば、円ちゃんが必死に止めるかもしれない。
そんなしょうも無いことで私達がぶつかる訳にもいかないしね。
そして、これで円ちゃんはもっと素直に順応になるよね。
円ちゃんは私の生きたお人形なの。
まだ制作途中だけど、必ず最高傑作に仕上げてあげる。
「うふふ」
私はそっと、円ちゃんを抱き寄せた。
それから少し時が経ち。
あれだけ咲き誇っていた桜も雨を降らし、今は見る影もない。
「結局、殺人鬼狩りもたいして成果なかったね、もう少し楽しみたかったけど」
「しかしですね、シストさん達は一足先に戻ってるようです。あちらもどうだったのか」
「うくく、やっぱり本物だ、本物が相手じゃないと、駄目だ、他はすぐ死んじゃう」
私達は殺人鬼狩りの小旅行から町に戻ってきたの。
すっかり暖かくなってきたね。
早朝だったからか、学生や社会人が道に溢れ、私達とは逆に進んでいる。
逆行する人波の中で。
見つけてしまった。
どちらともない視線がお互いを気づかせる。
目の先には、友達らしき子と一緒に歩く、目新しい制服に身を包んだ顔見知りの女の子。
その子は私と目が合うと、すぐに視線を外した。
円ちゃんもほぼ同時に顔を背ける。
「ん、どうしました?」
会話が急に途切れ、なにも知らない蓮華ちゃんだけが異変に気づく。
「別にどうもしないよぉ、ね、円ちゃん」
「う、うん。なにもない、関係、ないのだ」
程なくすれ違う、私達と、制服の少女。
女の子の鞄には熊のキーホルダーが。
それは円ちゃんのスマホについていたのと同じ物で。
二つは共鳴するように鈴を鳴らした。
私達振り向かない。
「ん、あの子、こっちに深々とお辞儀してますよ。やっぱり、知り合いなんじゃ?」
「うふふ、知らないって言ってるじゃない、ね、円ちゃん?」
「う、うん。そう、私に、妹、なんていない、のだ」
円ちゃんがぎゅっと唇を噛んだ。
蓮華ちゃんはなにか感づいたようだったけど。
「・・・・・・そうですか。そうですね、見た感じとても良い子そうです。それが貴方達のような殺人鬼達と知り合いなはずありませんよね」
それ以上なにも追求する事はなかった。
蓮華ちゃん昔からよく言ってるよね。
異常者を捕まえられるのはまた異常者だけって。
それと同じだよぉ。
異常者と一緒にいられるのも、また異常者だけ。
莉子ちゃんの隣にいるのが同じ制服を着た円ちゃんで。
笑い合いながら一緒に登校する姿が一瞬頭に映ったけど。
彼女達が交わることは決してない。
カリバさん接近中。




