なんか、いつもこんな感じみたい。
100話目。これもひとえに読んで下さる皆様のおかげでございます。
玄関まで僕を見送る飼い猫のソフィに〈留守番頼んだよ、じゃあ行ってきます〉そういい外に出る。
答えるような、切ない声でソフィは小さく鳴いた。それは引き留めているようで。
眩い朝日と、心地よい風が体に絡まる。日中は暑くなるみたいだけど、今はとても気持ちいい。
今日もお仕事。いつもと同じ一日が始まる。
全面コンクリートで覆われた狭い一室。無機質な冷たい部屋。
ここが僕の仕事場。カップに注いだ熱いコーヒーを飲みながら、書類を見る。今日の仕事内容を確認、同時に段取りを組み立てていく。
さて、今日のお仕事は。
◆
きつく縛られている。両手を、両足を。身動きは取れない、少しでも動かそうものなら拘束具が肉に食い込む。視界は真っ暗、口は開けられたまま、されど閉じる事はできない、金属製の口枷がそれを許さなかった。強制的に開口される。
台車かなにかで運ばれていく。まるで荷物かなにかのように。
行き先は知っている。この国の刑罰執行人、その者が待つ場所だ。
自分はただ死にたかったのだ。だから死刑になろうと思った。
一人でも殺せばこの国ではレベル5、だけど確実ではない。
だから、3人殺した。2人でも良かったが残りはおまけ。これならまず間違いないだろう、結果は予想を超えるレベル6になったけどそれでもまぁいい。これで死ぬ事ができるのだから。
相手は誰でも良かったが、できるだけ楽にやれそうな児童にした。なにも考えずただ生きてるだけの学生。
日頃から下校時のあの甲高い声が耳障りだった。なんの苦労もなく、安定した家庭に生まれた裕福な子供達、自殺の踏み台には丁度良い、同時にこの世界はそんなに甘くないと教えてやれる。
近所にある小学校に侵入、目についた餓鬼に包丁を振り下ろし、切りつけた。無差別に、教室、廊下、とにかく目が合えば追いかけた。
途中、邪魔に入った教諭がいなければもっといけた。止めをさせた奴もいただろう、血の海の中、痛い痛いと泣いていた、あの餓鬼も楽にしてやれたのに。
恐怖に泣き叫び、引き攣った顔、それを見ながら包丁を小さな体に突き刺した。横から、背中から、馬乗りになりながら。
もし生きてればどうだ、どんな人生だったのか、しかし、それはここで突然終わる。今日の朝には思いもしなかっただろう、今日死ぬんだ、今日、今、この瞬間で、お前の命は、それを奪うのはこの○○。
取り押さえられた時は、思わず口にした。
あぁ、疲れたと。鬼ごっこも案外楽じゃない。
裁判中も態度は変えない、いかなる時も自分を通す。怒り、悲しみ、遺族の視線が突き刺さる、それがひどく滑稽だった。この状況でどんなにこちらに憎しみを抱こうが、自分には痛くもかゆくもない、もう戻らないんだよ、お前達の子供は、永遠に、いい加減無駄な事だと理解しろと思った。
だから言ってやった、感謝しろと、どうせ、生きててもつまらない人生になる。自分と同じだ、糞みたいな社会がこれから良くなることはない、このまま成長しても待つのは不条理だけ。
逆にお礼を言いたい、これで自分は死ねるんだから、自殺の材料になってくれた。
いつもいつもイライラしていた、だけど今日だけはとても気分がいい。
死は怖くない、だから死刑になろうがこちらに痛みはない。遺族は怒号をあげる事くらいしかできない、本当に最高だ、後悔もない、あるとしたらもっと低学年を狙えば良かったと思うくらいか、そしたらもっと数が増やせた。
あの世にいったら、またお前らの子供を追い回し殺してやる。そうなにもできない遺族に暴言を吐き続けた。途中泣きながら退場する弱カスな親もいたな、それはもう傑作だった。
早く死刑にしてくれと願う。
糞餓鬼共を何人も殺すのは数十分で済んだのに、長い裁判の果てようやく今日を迎えられた。 三人殺すのに時間は掛からなかったのに、こっちには何年もかけるなんて随分ご丁寧な扱いだ。
レベル5だろうが、6だろうが、7だろうが、死ねればいい、自分にとってそれは恐怖ではなく快感なのだから。ここの司法制度は少し変わってる、罪に対して同等の罰が与えられるというが、生きて戻れる4まではよく噂が飛び交う、だが5以上は一体どんな事をされるのか、知る者は関係者くらい、執行を受けた者ではいない、それはそうだ、その部屋は一方通行なのだから。
まぁ、後悔はない、びびってもいない、それだと自分を裏切る事になる。
刺して殺したのだから、自分も何回か刺されればいいだけだろう。覚悟はできてる。
なにも間違ってない、だから考えを変えることはない。これで自分の勝ちは確定、遺族はさぞ悔しいだろう、自分にとって死刑は罰ではないのだから、むしろ望んでいるというのだから。 本当に感謝する。自殺の巻き添えになってくれた餓鬼共、あの世でまた殺す時一言お礼を言ってやろう。
押され運ばれていた体が停止した。ついたのか。
「失礼します、罪人を運んできました」
「どうぞ~」
部屋の中から声が聞こえた。女の声。
まさか、執行人てのは女なのか。
ドアが開き、鼻につくのはコーヒーの匂い。相変わらず視界は黒一色。
「手足も拘束されてるし、このままでいいや。帰りも楽だろうしね」
再び台車が動き出し、中に入れられる。押してきた職員が部屋を出る、気配でわかる、この部屋にいるのは自分と女の2人。
不意に目を覆っていた布が外された。
眩しさの中、ゆっくり瞳を開けていく。
そこで目に入ったのは。
「はい、こんにちは、君を担当するリョナ子です」
眼鏡の女、白髪の髪がよく目立つ。黒色の白衣っぽいのを羽織る小柄な体。これが刑罰執行人。当初想像していた屈強な男性とはかけ離れていた。
女はカップを手に、書類に目を移した。ペラペラとページを捲り隅々まで確認している。
「・・・・・・ふ~ん、なるほどね」
ただの若い女。目の前にいる刑罰執行人はとてもひ弱に見える。
なのに、女がページを捲るたびに、心臓が高鳴っていく。
死ぬのは怖くないはずなのに、これから起こることに体が身構えていく。
女がカップを飲み干し机に置いた。
「始めようか」
コトンと、その瞬間、全身が跳ねた。押さえつけられているはずの体が、それでも動こうとした。
気怠そうだった女の顔が変わり、目付きがさっきとは別人。
交差する瞳、認めたくない感情がじょじょにわき起こってきた。
女は奥からキャスターのついたテーブルを引き寄せる。
上にはメス、鉗子、鋏、ペンチ、ドリル、鉄の棒、針、他にもいくつかの道具が置かれている。
「君、よくしゃべるみたいだね。じゃ、まずその邪魔な舌をとろうか」
取る? なにをする気だ。どういう意味だ。
女はペンチを手にすると、丸く穴が空いた口枷にそれを突っこんだ。
「あああ。あ。あ」
〈超越お仕置き中〉
「ああうあささあさぁぁ」
〈超絶お仕置き中〉
「おっと、あんまり血を流すとあれだから、少し止血するよ」
〈超絶お仕置き中〉
「あああかあああああああ」
〈超絶お仕置き中〉
「とりあえず一日目は片方だけかなぁ」
女は、次に針を摘まんだ。
一日目? いきなり舌を壊され混乱する頭に疑問が過ぎった。
「左目にしよう」
〈お仕置き中〉
ああああいああがががああああああ。
一本では終わらない。
女は続いて、また一本手に摘まんで。
「おあおぃぁあおぁあおあああ」
〈超絶お仕置き中〉
呼吸が乱れる、大きく、心臓の鼓動も強く細かく刻み出す。全身から汗噴き出していく。
痛みと苦しみ、体が同時に訴える。
「次、左耳ね。それ終わったら左の鼻、そしたら左手、左足、指も爪も、半身にあるものは全部」
口にするのは機械的に発する言語のみ。女が自分に向けるのは怒りや悲しみなど全く感じさせない無機質なもの、自分は人としてもう認識さえてはいない。
〈超絶お仕置き中〉
いだっだだだだだいいだいぢあいぢあぢあいぢあぁぁぁぁっぁぁぁ。
〈お仕置き中〉
左目からは血、右目からは涙。絶叫をあげたいがそれすらも封じられている。痛みは純粋に脳に伝わっていく。
「耳はね、すぱっとはいかないからね。まず耳たぶかな。鋏で細かく切り刻むから」
女はいちいちこれからする事を宣言しながら執行してくる。
〈お仕置き中〉
痛みで気が狂いそうになる。どうせ殺すなら早く、して、くれ。
何回か刺せばいいだろう。
なんだ、なんなんだ、これは。
「あ、これ明日も続くから、残りの右側をやって、さらに三日目はもっときついのに移行しよう」
血が一気に引いた。二日目? 三日目? この女、なにを言っている。
まさか、すぐには殺さないのか。
一体いつまで。
終わりの見えない拷問に、一気に心が折れた。
もうこの時点でなぜ自ら死にたいと思ったのか。
あんな事をしなければ良かったと。
あれほど、頑なに思い続けていた想いがあっさり反転した。
今はただ痛く、早く死にたく、後悔の念だけが心を埋め尽くす。
「今日もまだまだ終わらないよ。序盤もいいとこ。止血しながらゆっくりいこう」
これでまだ序盤。やはり、さらに明日も明後日もあると女はいう。
「これね、五寸釘。これを左の鼻と耳に入れるから」
〈お仕置き中〉
「はい、いくよ」
〈超絶お仕置き中〉。
ああああさあっっぐぐういうぎうぎうぎうぎっぐいぎぎぎうぎうぎ。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「はい、耳もね、こんな感じでいくよ」
同じく自然に止まる箇所まで釘を差し込む、そしてまた手の平で。
ああああああああういいいいいがああああああああああああああああああああ。
口では叫べない、だから心で精一杯絶叫する。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
耐えられない、無理、もう駄目、やめろやめろ、やめろ。
今まで受けた事のない痛覚があちこちから吹き上げる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
脳内をそれだけが駆け巡る。もういい、殺せ、もう死なせて、無理だ、無理無理。今すぐ、そこにあるナイフで喉を、心臓を、早く早く。
「書類読んだけど、君死にたかったんだってね。じゃあすぐに死にたいよね、でも残念、まだまだ死ねないよ。あと何十時間も続くから」
餓鬼共は一瞬で殺した、ならこっちも早く、殺せ、なんでこんな痛い思いをしなければならない。殺して、殺してください。
「君、裁判で殺した子供達をあの世でさらに殺してやるって言ったんだってね。それ、無理だねぇ。だってもう死ぬ時にはなにもかも無くなってるから」
嘆願したい、けど喋れない。
今なら遺族に頭をすりつけて謝ってもいい。餓鬼共の墓前で泣きながら謝罪もしよう。
だから、早く死なせて欲しい。
「血も収まってきたね、じゃあまた口に戻って上下半分、歯を抜こうか」
それなのに、女の動きが止まる事はない。今度はペンチを手にした。
その後。
〈規制中〉・・・・・・。
今日が何日目か、何時間経ったのか、もうわからない。
痛みがなんなのかすらわからなくなった。
もう耳も目も機能してない。脳すらも怪しい。ただ暗闇の中、痛みだけがそこにはあった。
あれほど望んでいた死すらどうでも良くなった。
実はもうとっくに死んでいるのかもしれない。
いつ終わりが来るのかもわからないまま。
真っ暗の世界で、画面が消えるように。
そこには喜びも悲しみもなく、ぶちりと・・・・・・途切れた。
最後に聞こえたような。
「あ~疲れた」
そんな女の声。
◇
玄関のドアを開ける。出迎えてくれるようにソフィが駆け寄ってきた。
僕は抱きかかえると、頬をすり寄せる。
「ただいま、ソフィっ。あぁ会いたかったよ。寂しかったかい? 今日はいっぱい構ってあげる」
今回高レベルだったから、職場に泊まったりしたからね。肉体的にも精神的にもとても疲れた。でもこうしてソフィを抱いていると癒やされる。
あの罪人、遺族に向かって好き勝手いってたみたいだったけど。
遺族としては自分で報復してやりたいって思うだろう。
でも、どんなに恨みを抱いていても普通の人じゃあそこまでできるものか。
だから、僕達が代行するんだ。
特級拷問士の僕なら。
眉一つ動かさずに、目を抉り、耳を切り取り、皮を裂ける。
いつもありがとうございます。これからもどうかよろしくお願いします。




