なんかむしゃくしゃしてやったみたい。
この国には刑期はない。
あるのは一回だけの罰。
罪の重さに応じた戒めを罪人に与えるのがこの国の法律。
行うのは刑罰執行人、通称、拷問士。この国家資格は三級から始まり、最高で特級まで存在していた。等級によって執行できる罪のランクも変わる。
レベル1・・・・・・犯した罪に応じて一度だけ物理または精神的苦痛を軽度に与える。
レベル2・・・・・・犯した罪に応じて数回、物理または精神的苦痛を軽度に与える。
レベル3・・・・・・犯した罪に応じて執行人の判断で物理と精神的苦痛を与える。
レベル4・・・・・・被害者が被った苦痛をそれ以上の物理または精神的な痛みを持って罰とする。
レベル5・・・・・・被害者が複数の場合、その全ての者が被った苦痛を数度に分けて同等以上になるまで与える事とする。生死は問わない。
レベル6・・・・・・ありとあらゆる苦痛を数日間与え最終的に死に至らしめる。
レベル7・・・・・・ありとあらゆる苦痛を最低1週間以上無制限に与え最終的に死に至らしめる。
三級はレベル2まで、二級で3、一級で5まで。
そして特級は全レベルの罰を執行できる権限を持つ。
これはそんな特級拷問士の少女による物語。
全面をコンクリートで覆われた狭い部屋で、僕は壁にもたれながらコーヒーを啜っていた。
背中に伝わる冷たい感触。セルフレームの眼鏡の位置を調整しながら事前に届いた今日の執行予定表に目を通す。
「レベル1が18件、レベル2が5件、レベル3が2件、レベル4が1件・・・・・・か」
特級の僕が執行するにはレベルが低い。それだけ人手が足りないってことだね。
刑罰執行人の試験は狭き門。相対的にこの資格を持つ者は少ない。
強い精神と信念、人体の知識も必要になる。医者並の知識があるならば汚れ仕事よりそちらを選ぶ人が大半。
血みどろになりながらも淡々と仕事をこなし尚且つ精神は正常じゃなければならない。
罪人をいつまでも税金で食わせておくのは無駄なだけ。
だから僕達が即座に罰を与え、そしてまた野に放つ。されど再犯率は非常に低い。頭の悪い人間も体が受けた痛みは忘れない。実に合理的な刑法だと僕は思っている。
手入れをしていないボサボサの髪をかき上げて、仕事の準備に取りかかる。
黒い白衣を纏った。最初は白衣だったのだけど、血が付いていくうちに黒く変色してしまったのだ。
なぜかいくら洗っても全部が落ちずそれが積み重なって今の色になったというわけ。
この仕事は繊細な技術が要求されるため他の事には極力気にしない事にしてるの。
工具箱から道具を一通り確認していると、鉄のドアからノックがかかる。
どうやら時間のようだ。
「お疲れ様です、囚人ナンバー35645を護送してきました。刑の執行お願いします」
「は~い、どうぞ~」
裁判を終え、刑罰のレベルが決まった囚人がここに送られてくる。
「失礼します」
係の者がドアを開けた。ボーダーの囚人服を着た貧弱そうな男が先に入れられる。
後ろに組まれた手には手枷、口には猿ぐつわ、歩く以外の自由はない。
「では、お願いします」
「は~い、ご苦労様です~」
囚人の受け渡しが完了すると、この部屋に僕と囚人の二人きりになる。窓もなく、冷たいコンクリートの壁は防音もなされている。
「さてさて、君はなにをしたのかなぁ~」
書類に目を移しながら、男の罪を確認する。
執行レベル3、罪状は器物破損。
「ふむふむ、子犬の背中をアイスピックのようなもので刺したあげくに、蹴り上げたと。幸いにも子犬の命に別状はなかった。しかしながら非常に悪質で余罪もあるためにレベル3に処す、か」
立たせていた囚人を見る、至って普通の人間に見える。なぜこんな事をしたのか、もしかしたら正当化できるほどの理由があったのかもしれない。
でも、そんな事僕には一切関係ない。情状酌量、精神疾患とうの判断は、ここに来た時点で終えている。そう、裁判はもう済んだのだ、僕の仕事はただ判決通りに罰を執行する事だけ。
「それじゃあ、俯せでベットに横になってね」
レベルが低い刑の囚人は大抵大人しく従う。ここで暴れたり問題を起こせば単純に刑が重くなるだけなのをよく理解している。男は素直に指示通りベッドに寝そべった。
初期配置は僕が決める、これからしようとする事によって最適な態勢をとらせるのだ。今回のように寝かせる場合もあるし、つり下げる時だってある。
痛みで藻掻かないよう体を器具で固定していく。男の体は震えていた。
「しかし、犬や猫だって生物なのに、なぜ罪状は器物破損って名前なんだろうね。僕はたとえ虫でも命は等しいと思ってる。たしかに線引きは難しいけど、糧にせず自分勝手にそれを奪うのはどうだろうねぇ、今回はまだ殺してないからこのレベルで済んだみたいだけど」
これはあくまで独り言。僕は語りながら工具箱を漁っていく。
「う~ん、なんかしっくりこないなぁ」
アイスピックのようなものがない。ナイフではやりすぎな気もするし。
「あ、そうだ」
備え付けられた小さな冷蔵庫を見て思いついた。
「今日はお弁当もってきてて良かった」
僕は一日の大半をここで過ごす。だから食事もここでとる。今度は僅かな食器を置いておく棚を確認した。
「丁度いいのがあった」
マグカップの中にお箸やスプーンを立てかかっている。僕はその中からフォークを取り出した。
「・・・・・・じゃあ刑を執行しま~す」
僕はフォークを片手に男の背中に近づく。
そして大きく手を振り上げた。
「せ~のっ!」
掛け声と共に今度は大きく手を振り下ろした。
三つ叉の先端が男の背中に突き刺さる。男は声にならない叫び声をあげた。
「はい、終わり」
囚人服、刺された部分から血が滲んで赤く染まっていく。男は僕の完了の声にほっとしたのか、力が抜けてぐったりしていた。
「あ、そうそう」
僕は、執行が終わったと思い安心しきっていた男の小指をふいに握った。
「蹴った分もあったよね、いけない、いけない」
本来関節が曲がらない方向へと指を折り曲げる。身構える事もできず予想外の痛みが男を襲った。鈍い音が僕の体を突き抜ける。男はまた声にならない叫びを上げた。
「・・・・・・痛い? 怖い? 君、初犯だったね。だったらよく覚えとくといい。これが君の罪で罰なんだよ」
今度は男に向かって話しかけた。これが最後の仕上げ。
僕は顔を男の耳に近づけ囁いた。
「執行者が僕で良かったね。新米はこの子犬の傷や弱っている写真を見たら無意識にレベル以上の事をしていたかもしれない。今回は初犯で命まで奪ってないからこの程度で許された。でも今度また同じ事をして、そして運悪く僕に当たったらその時はどうなるかわからないよ。・・・・・・僕も猫を飼っててね、ソフィっていう白い猫なんだ。つまりだ、何を言いたいかっていうとね、僕も動物は好きって事さ」
はっきりは言わない。
それは規定違反を自ら吐露する行為。だから曖昧に言葉を濁す。僕は冷徹だけど無感情ではない。
怒り、悲しみ、それらを押さえていられるから、僕は特級の資格を持っているのだ。決してレベル以上の罰は与えてはならない。
それが拷問士のルール。
「レベル5くらいが一番楽なんだけどなぁ。高すぎると殺さないようにするのに気をつかうし、低すぎると加減が難しい」
さて、今日もこれからどんどん罪人が送り込まれてくる。
完了の報告を電話で済ませると、僕は腕を上げ、体を伸ばした。そしてコーヒーの入ったマグカップを再び口にする。
一息つくと、書類を手にし次の準備に取りかかった。
「・・・・・・次は、レベル3の窃盗だったかな・・・・・・って、なんか見覚え有ると思ったら前にここに来た奴じゃないか」
窃盗の場合、盗んだ物によって刑も変わる。でも、僕は大体、一回につき指を一本切り落とす事にしていた。
「今回で七回目だよ、これ」
僕はやれやれと嘆息しながらも。
「そろそろ指無くなっちゃうぞ~」
口元は小さく笑っていた。