思わぬ出会い
ふと目が覚めると、眩しい光が開いたばかりの目を貫く。
ベットから重い胴を持ち上げ、体を起こす。
ベットから降りて昨日の食堂へと移動するとメイナは早起きらしくすでに起きていて朝食の準備をしていた。「手伝おうか?」と聞いたら「大丈夫ですよぉ~。私は毎日やってるので慣れっこですっ」と元気のいい返答が来た。
シィムさんもすでに起きてるらしく、食卓で片眼鏡をつけて文献らしきものを凄い目つき読んでいて、話す気分になれない。なんというか威圧がすごい……。
ちなみにヒナカは平常運転。未だに寝ておられるそうです。
俺は昨日もらった細い銀の剣。といっても日本刀を両刃にしたような形で細型直剣よりは刀身が太かった。爺ちゃんから習っていた精神統一や剣道でやるような素振りを始めた。
昔、爺ちゃんの家で日本刀を持たせてもらったことがあるけど、あれは異常なほど重かった……。
それに比べてこの銀剣はとても軽い。古典辞書を振り回してる感じ、とでも言えばいいのか。
まぁ予想以上に軽いってのがわかった。
暫く剣を振っていると、やはり日本が恋しくなってしまった。たった数日だというのに帰れないと聞いただけで心が折れそうになった。父さんや母さん、そして弟の祐一。静南さんに爺ちゃん婆ちゃん。アキラや学校にいた友達。
知り合いは少ないけど、それでも会えないってだけで心が痛む。昔、友人が亡くなった時に俺は涙を流しその日以来泣かないことにしていた。
でも、もう我慢できないや。
剣をひとふりするたびに、どんどん思い出がアルバムの写真みたくなって頭に浮かぶ。
あんなこともあったな、そういえばこんなことして怒られたっけ。ヒナカも同じ気持ちなんだろうか。いや、もしかしたらもっと辛いかもしれない。 ただひとりの母親を残して異世界に彷徨ってしまい、二度と帰れないかもしれないと告げられた。それがどれだけの苦痛か。
俺たちは物語の主人公みたく強くはなれない。
例え作者という神に描かれた運命だとしても、俺たちはただの人間でしかなく、逆らうこともできない。ただ足掻くだけ、生きるために。
泣いたってどうしようもない。でも泣きたい時に泣かないと後々後悔する。
人間ってのはどうしてもこうも、感情に従順なんだろうか。
失って初めて気づく。と爺ちゃんはそう言った。でも婆ちゃんは、失ってからでは遅い。そう言った。
俺たちの場合は失って初めて気付き、失ったことに今更気づいた。
どうすればいいんだろう。
どうもしようがない。
死んで楽になりたい、でも、助けてくれた人がいたから生きて足掻き、恩を返したい。
元の世界に帰りたい、けど手段がない。
俺が何をしたわけでもない。あの時に石碑に触れなければよかった。そんなことはもうすでに思っていない。
運が悪かった。
ただのそれだけ。
どんどん心が闇に染まっていく。それでも何かが俺の闇を取り消していく。
闇に染まることもできなければ、光一色になることもままならない。
中途半端な色。灰色。グレイ。──それは罪の色。
俺は罪を背負って生きていく。
ヒナカを巻き込んだ罪。
石碑に触れた罪。
皆を困らせた罪。
泉の聖水を飲んだ罪。
生きるという罪。──そしてこれから起こるであろう経験という名の罪。
いつからこんな性格になったんだろうか……。
友人が死んでから?石碑に触れてから?俺が生まれてきてから?──それともこっちに来てから?
疑問が疑問を重ね、闇に染まっていこうとする。でもまた何かが引き上げる。それの繰り返し。
気づけば俺の周りには精霊と思わしき羽の生えた小人たちが飛んでいた。
──これが精霊か。
この羽を奪ったら精霊はただの小人でしかなくなるのだろうか?
シィムさんが言っていた。羽がない小人をこの世界の住人は妖精と呼ぶ、と。
──皮肉なものだな。羽があるかないだけで差がついてしまうんだから。
なぜだろう、どうせなら闇一色に染まりたい。でも体の何かがそれを邪魔をする。
──聖水の力、か。
そこでようやく俺は聖水を体に取り込んだことを思い出した。
あの時はバケモノから逃げようとして、異世界に飛ばされ、心身ともに疲れきって喉が渇いていた。
バケモノを恨みたくてもやはり聖水の力なのだろうか、恨みという感情が薄れていく。バケモノに対して不快に思うのは変わらない。ただ、刹那の感情を制御されて胸がモヤモヤする。
どうすればこのモヤモヤを取り除くことができるのか疑問に思った。
そして、一つの答えにたどり着いた。
──感情を殺せばいいんだ。
死にたくても死ねない。
なら感情を殺せば俺は──。
「…ッ」
俺は思い切り叩かれたようで地面に転がる。誰が叩いたのか。この俺は叩くのは誰だろうか。……もういいや、どうにでもなれ。俺は心を──。
『いい加減にしてくださいッッ!』
その時、直接脳内に響く甲高い声が聞こえた。
──いい加減にしろだ?俺は別に死ぬわけじゃない。お前は何様のつもりだ?
俺は誰が喋ったかなんて気にしていない。どうせただの幻聴だろう。──なのになぜ俺は疑問を抱いたのだ?
『私は、精霊ですッ!貴方からただならぬ邪気が放出していて止めようとしたのに魔法が効かなくて……だから私はこうして実体化してまであなたを止めに来たのですッ!』
気づくと俺の目の前には、白い装束のような服を着ている、黒髪の少女が涙ながら怒っていた。自分から精霊とかいう時点で頭おかしいのではないだろうか。
──誰だコイツ。なんで泣いてるんだ?
──あれ?俺は何をしていたんだ?
そこで自分の意識を取り戻した俺は今まで考えてたことに身震いした。
なぜなら――俺は自分の精神を殺そうとしていたんだから。
『貴方は私たちが守っている聖水を飲みましたよね。私は異世界から来た貴方の聖水と魔力の反発を防ぐために契約しに、そして貴方が受けた呪縛式を解くためにきました』
俺は驚愕する。昨日シィムさんから聞いた話では、精霊で実体化できる存在は上位のさらに上、高位精霊ぐらいだからだ。
──つまり俺があの時、地蔵にかけられた呪縛式のせいで心が闇に染まって、それを聖水が反発する。それの繰り返しで危なかったから高位精霊が目の前に現れ、今に至ると。
『大体それであってます。私の先祖の精霊姫が、昔に同じように来た異界人のタクト様の命を受け、ここに来た異界人に力を貸すように語り継がれているので、今代の精霊姫の私がその命を全うしに来ました。』
「お前は心が読めるのか……」
『はい。私達の魔因子の中には代々、意思疎通や意思移動の二つが受け継がれていますからね』
少女はえへんっと「どうだっすごいだろっ」と言わんばかりの勢いがあった。
よく見ると精霊姫様は黒髪ショートで両方の目を赤に輝かしていた。
──そういえばなんで俺はバケモノの呪縛式が自分にかかっていて、それに意識を取られかけていたとわかったんだろうか。
『それは貴方がわからないふりをしていただけではないのですか?』
──たしかにそうかもしれない。
『さて、それより契約しましょうっ』
──なんでこんなに明るいんだこの娘は。
『うう、それより契約しないと時間が時間ですしっ』
気づくと朝日はほぼ完全に全体が見えるとこまで上がっていた。……太陽があるのか?
『あれは月ですよっ』
そういい少女は見た目相応の笑顔を向けてきた。
そんな少女の顔に一瞬ドキリとしたが、刹那の感情は読まれることがないらしく可愛く首をかしげている。
俺は若干目を逸らしつつもそれとなく話す。
「あー、さっきは助けてくれてありがとな。それと契約はどうやればいいんだ?」
『いえいえ~当たり前のことですよっ。契約はですねっ、手の甲を出してくださいなっ』
と、ヒナカに負けないぐらいの陽気な少女は俺の手の甲に触れると真剣な顔つきになり何かを呟き始めた。
「〈 〉」
それは俺には理解できない言語だったが歌ってるように聞こえ、とても暖かく、昔の石碑に触れた時の暖かさと似てるな、とも思った。
すると徐々に空気が振動し、七色の色をした光が俺と精霊姫の間を彩る。
数秒ほどすると光は収まり、精霊姫も『ふぅ、終わりですっ』と笑顔に戻っていた。
「そういえば、君の名前は?俺はこれからどうすればいい?」
一度に二つの疑問を投げかけると、精霊姫は「よくぞきいてくれたぜっ」といった感じに胸を張っていた。
『私の名前はレンリル・セフィナードと言います。気軽にレンでもリルでもお呼びくださいっご主人様っ』
俺は今度こそ目が点になった。まさか高位精霊にご主人様なんて、しかもこんな美少女に俺はなんてこと言わせてんだ……。
…やっべ、なんとかしないとヒナカに殺される。
「リル……?あの、ご主人様はやめてくれないかな?俺の名前はユウ・シロサトだからできればユウって呼んでくれるとありがたい」
『ぬぅ~ わっかりましたっ。ではこれからよろしくお願いしますね。ユウ様』
もういいや、気にしないことにしよう。このままだとペースを呑まれて危ない予感しかしないんだが。
『さて、先ほどのことについてなんですが好きなようにしちゃって大丈夫ですよっ。私はあくまで先代からの意思を受け継いでるだけですので。魔力に関しては私のも使っちゃって結構ですよっ。……でも私にも限界があるので無闇矢鱈と使わないでくださいね?』
俺は若干呆れ混じりのため息を吐きながらも「これからよろしくな」と手を差し出した。
いろいろ突出なことはあったが、俺は一生の相棒、精霊姫のレンリルと契約を結んだ。
後で家に戻ると朝飯はとうにみんな食べ終わっていて、レンリルを見たシィムさんと涙目のヒナカに長期説教されたのは言うまでもない。