何気ない日常
※ここに出てくる一部地名と山は存在しません。架空のモノです。
「はぁ…はぁ…クッ!!」
少年は夢に魘され飛び起きる。
(またかよ…ッ!)
悍ましい風景に、生々しい人々の死。
その中で少年と少女は笑顔でいる。
怖い。なんと残忍なことか。
この夢は何回見たことだろう。
いや、正確にはコレと似た夢を何回見たのであろうか。
もう既に数えるのも億劫となっていた。
いつからこの夢を見るようになったんだろうか。
――確か、中学生に上がって少し経った夏休みだったか。両親が忙しくて幼馴染のヒナカと一緒に祖父母の家に訪れた時以来――。
―――
母さんの祖父母の家は、愛媛県の西条市の近くにある小さな町の乃葉というところにある。
その近くにある弥呂久山という山の麓に、小さな神社があり、祖父はそこの神主で祖母は巫女だった。
神社には昔から、途切れ途切れになった日本語が書かれた石碑があったり、その神社には神が祀られていなかったりと、いろいろ不思議な神社で、祖父は俺が小さな頃からその石碑や神社にまつわる話を良く聞かせてくれた。 その時の祖父の顔は今でも忘れられない。とても優しげでそれでいて何かを託すような、そんな顔だった。
そんな祖父は年老いてるようにはあまり見えず、よくて五十前半のおじ様のような雰囲気を醸し出していた。
祖母に至っては四十前半の「少し老けてきたかな」程度でしかない。その時の実年齢は二人共、既に七十八歳である。なんでも、美容は鍛錬の内だそうだ。
鍛錬といえば、祖父は神主でありながら剣道五段、元軍人で、階級は陸軍中尉だったそうだ。時偶、あまり運動の得意じゃない俺に、剣道の指南や戦いの極意などを指導してくれたりしていたが、どうやら自分にはあまり剣道の資質はないらしく、よくて初段とれるかどうかだったらしい。戦いの極意に関しては、一体全体誰と戦うのやらと思いつつ耳にタコができるほど聞かせられた。それでも祖父はソレ以外になるととても優しく、親よりも優しい時がある。
祖母は書道四段で街一番の美人だったそうだ。よく、祖父にプロポーズされた時のことや、当時のデートスポットなど、着物や料理について聞かされたものだ。
そんな祖父母に会うために毎年夏になると、友人とは遊ばず、祖父母の家に両親と訪れている。
この時は両親が忙しいために一人で行くと決めたはいいが、その時の俺はヘタレだったのかもしれない。あまりにも心細く、幼馴染のヒナカを連れて行くことにした。半ばヒナカが強引にでも行くといった時には嬉しいような後ろに出ていそうなオーラが怖かったりとか。
それと今回は、両親が居なく車で運転してくれないので飛行機に乗っていくことに。我ながら「中学一年で飛行機によく乗れたものだ」と思っていたのが恥ずかしい。何せ、親が手を回して飛行機から到着時のタクシーまで手配してくれていたのだ。
思い出してみると、何もかもうまくいきすぎていた。絡まれず何も言われずに飛行機に搭乗できたし、あっちにつくとタクシーに乗った、人の優しそうなおじいさんが祖父母のとこまで無償で乗っけてくれたのだから。
それを知った時は、両親には頭が上がらなかった。
祖父母の家についたときの彼らの顔と言ったら…。
ヒナカを紹介した時に関してはリアクション芸カナにかかと思ったぐらい。祖父は涙を流し、祖母はヒナカに何か話していた。あれはなんだったのだろうか。今でもわからない。
そこから先も、いろいろあったのだがそれに関しては閑話休題として。
祖父母の家で幾日か過ごしたある日、俺はヒナカを連れて神社に訪れていた。
それは縁側で寝転がっている時だった。
前から気になっていた石碑を思い出し、なぜか行かなければいけないような気がして、祖父母に声をかけた。
小学校の低学年の時によく聞いていたが、実際に見たことはなく祖父は「中学に上がったんだから見ても問題ないな」とか小言で言っていたが、もしかしてオバケでも出るのかとこの時は思っていた。
祖父が言うには石碑は神社の裏手にある森の中にあるそうで、神社の裏手に回って、赤錆た鳥居を潜って、雑草が生い茂った森へと入っていった。案外、森の中は薄気味悪い訳ではなく、むしろ昼寝に最適なぐらいだった。
数分ほど歩くと洞穴が見えるが、中の奥が見えなく少し薄気味悪い。
やはり幼かった俺とヒナカは好奇心旺盛だったのだろう、勇気を振り絞って中へと入っていく。
中に入ると暗かったのが嘘のようで、案外明るい。
一分少々歩くと、そこにはコケで覆われた石碑があった。
石碑の高さは当時の俺の身長より高く、見上げる形だった。
俺は気付くとその石碑に魅せられ石碑に触れていた。
── 。
触れた途端に頭の中に直接響くような声が聞こえたが、疲れてるのかな、と思い流した。
よく見ると祖父から聞いた通りに石碑には途切れ途切れの日本語、というよりは漢字とカタカナだけで書かれた文章が綴られていた。
〈我、ココ、眠ル。──、偉大、アリ、──、──、救ウ。再ビ、──、浮カビシ時、コノ世ノ──、彼処、──。 愛シキ世界ノタメニ。〉
と書いてあった。
所々剥げていたり、コケが邪魔で読み難い。だけど、その石碑の近くはとても暖かく、ヒナカもそれを感じ取ったようで二人揃ってしばらくそこで惚けていた。
気づくと腕時計は両方共十二の針を示していて、慌てて祖父母の家へと戻った。
帰ってすぐに祖父に「どうだったか」と聞かれ、「とても神聖で暖かい場所だったよ。」と答えていた。
祖父はその答えに満足したのか優しい瞳で俺を見据え、何も言わずに部屋へと戻っていった。
俺とヒナカは二人揃って「?」となったがすぐに祖母の「今日の昼は遅いけど素麺ですよ」の一言で、疑問を忘れ二人で食卓へと小走りで向かった。
この日以来、茶色いマントを羽織った少年と天使の少女の夢を見るようになった。
そんなことを思い出し、「懐かしいな」と呟いていた。
懐かしいことを思い出していると、いつの間にか動機は収まっていた。
だが、体中べったりとした汗を凄くかいている事に気付き、顔をしかめる。
「…くそっ」
ヘアのドアを少し乱暴に開け、曲がってすぐの風呂場へと逃げるようにして入る。
風呂場に入ってすぐに服を脱ぎ捨て、無造作に洗濯かごに投げ入れた。
朝から風呂を溜めるのもアレだったので、シャワーを手にして蛇口をひねり体に当てる。
ひんやりした感触に少しだけ体が反応するが、徐々に暖かくなってくるシャワーを堪能した。
風呂を出ると外は完全に明るくなっていて、窓から出る陽光と小鳥の囀りが心地よかく感じられた。
バスタオルで体を拭きつつリビングのソファーにかけていた服に着替える。
一分程度で、紺のブレザーに学年ごとによって違うネクタイを首に巻き準備は完成。
着替え終わって人が三人くらい座れる藍色のソファーに腰を下ろし、正面に置かれた半透明な四角のテーブルの上に放り投げていた携帯電話を開く。
小さい長方形の液晶には〈2005.4/6.Wed.6:02〉と記されていた。
──あれから四年も経って、俺こと城里祐は現在高校二年生。訳あって両親とは別居している。両親と喧嘩をして家を出たわけではないし、別に両親を嫌いなわけでもない。実家から学校までの距離が異常な程遠いためである。
高校に上がった今では、この小さなアパートで一人ちまちまと暮らしている。
このアパートから学校までは、自転車で十数分程度しかないため、通勤はとても楽である。
近くにコンビニもあるし困ることはそうそうない。
「少し早すぎたかな…。ま、遅刻なんてのよりはマシか」
静かな部屋ではよく響く自分の声に、少しの嫌気がさしたがすぐに意識を切り替えて、余った時間を潰すための文庫本を鞄から取り出す。
葉っぱを押して作った栞を抜き取って、独特な世界観の本へと意識を沈めていく。
なんの変哲もない高校生の朝、日常的な光景の一つだろう。