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空の魔法陣  作者: こまっちゃん
第一章 それは愛でした。
13/15

試験開始-〈上〉-

 ユウは鋭さを(にじ)ませた呼気を吐き出しながら地面を思い切り蹴った。

十数メートル離れた遠い間合いを一気に詰め、少ない期間ではあるが既に愛剣となりつつある細型銀剣(ハーフソード)を袈裟斬りの要領で繰り出すと、分身のうち一体はそれを防ぐことができず掻き消え次いで呆気にとられているもう一体を横薙ぎに切り払いバックステップ。横薙ぎに切られた分身は、黒いナニかが渦巻き、すぐに霧散した。

 これで二体。呆気ない。手応えがない。

 動かずじっとしている残りの五体の分身と二体の精霊は、余裕だった笑みを消したかと思うと、より一層深い笑みと、ナニかの感情が篭った瞳でユウを捉えていた。

 

「いやいや、なんとも素晴らしい。あの間合いを瞬時に詰め、さらには私の分身をいとも容易くも倒してしまうとは……正直予想外ですよ」


 なんとも気の抜けた声ではあるが、それぞれ五体のブレロの瞳はまさしく戦闘狂のソレだった。

 横にいる褐色美女の二体の精霊はブレロの腕に抱きつくような体勢をとっていて、此方に期待の()を向けている。


「ブレロが本気を出したくなるのは今の一閃でわかった気がする。あっ、そうだ。私の自己紹介はいるかしら?いるわよね?――私は二等精霊(ツヴァイスト)混沌調和師(カオスハーモニスト)。名前はシーシェルリンヒだ」


 褐色の美女の一人――シーシェルリンヒは強引で上品に自己紹介を終えると、もう一人の美女は片手をあげ見た目と裏腹の美少女特有の雰囲気で手を挙げていた。


「はいはーい!僕は二等精霊(ツヴァイスト)幻影奏者(ゴーストプレイヤー)。名前はアヌビヨンだよん!」


 まさかの僕っ()発言に、なぜかユウは内面の緊張感が(ほぐ)れたが、瞬時に愛剣に魔を(にじ)ませ力強く握る。

 それを察したのか精霊二人はお互いの間に、普通(・・)の人では肉眼で見ることのできない糸を張り巡らせて、踊るようにその場で一回転する。

 褐色の美女二人がハイタッチを交わし、それぞれアヌビヨンは右手、シーシェルリンヒは左手を前に掲げた。二人の掲げた手からは青い魔法陣と赤い魔法陣が出現し、氷と炎が竜を型どり絡み合いながらユウへと突撃する。


「〈冷たき竜、熱き竜。双璧を成す双子の竜よ、思うがままに己が敵を喰らい尽くしてその意を示せ〉」


 ユウはその場から大きくバックステップで距離を取ると、リルと二人で魔法陣を尋常ではない速度で描く。


「〈火は具現し、闇を纏いて、敵を穿つ。その力は悠然にして不敵。彼の者消えるまでそれはすべてを焼き尽くす〉」


 途端、世界は真っ白になった。

 ユウが生み出した黒と朱の暴風はそれぞれ二つの風となり、それぞれの竜に似た魔法に衝突する。

 ――空白も刹那のこと、凄まじい風と激しい爆発が瞬時に起こり、ユウは蹈鞴(たたら)を踏む。それが一瞬の隙を生んだようで、白い光の中からブレロが間合いを詰めてきていた。

 ユウは先程の余裕など捨て、右手を上にあげ愛剣でそれを防ぐ。しかし、ブレロのほうが腕力は高いようで数メートルほど吹き飛ぶ。


「―――――」


 着地寸前でシーシェルリンヒの拳が視界に映った。

 避ける。と考えることはできたが、予想以上の速さになすすべもなく拳を腹にもらい、追い打ちとばかりに背後をアヌビヨンに取られて回し蹴りを決められる。

 ――決まった。シーシェルリンヒとアヌビヨンはそう思った。がしかし、煙から姿を見せたユウはまるで攻撃が効いていないかのようにローブを叩いて、悠然と立っている。

 その理由は単純。拳と蹴りはリルの魔法により威力を柔らげられており、残りの衝撃はユウが無意識的に体を少し引くことで流しきった。

 これは誰にでもできることではないだろう。ヤビによって鍛えられた無意識かの瞬発力と、自前の反射神経がうまい具合に噛み合ったからこそ出来た芸当だ。

 そんなユウとリルの行動により、シーシェルリンヒとアヌビヨンは、双方ともに笑みをより一層深めていた。戦闘の火がついたらしい彼女たちは、さも楽しそうに指を弾き、十数個の術式陣を具現させた。


 「これは厄介だな」と、ユウは事前に得ていた知識を思い出し、苦笑する。


 人とは違い精霊が魔法を使う場合、詠唱をする必要性はなく魔力の許す限り無尽蔵に扱うことができる。魔法とは言っても精霊のそれは精霊術(アリィルレーア)と呼ばれ、魔法とは少し異なった分類に存在する。それゆえに、精霊との契約は代償(・・)が大きく、契約者の魔力次第では命果ててしまう。それを鑑みてもブレロという人間は底が知れない。ユウ自信、自画自賛ではあるのだが。


 だからこそユウは不敵に笑う。その笑みは煙に巻かれ三人に気づかれることはなかったが。


「―――〈全てはここから始まり、我が刻印(スティグマ)は力を示す〉」


――精霊族に伝わる刻印を契約によって刻みこみ、特定の条件下で使用者の感応力を一定時間の間、爆発的に上げる術。

 ユウは、リルが刻印開放を唄ったことに気づき、既に術式を構成し始めていた。

 

 浮かぶ、最善の一手を。

 浮かぶ、非情な一手を。

 思い浮かべたそのイメージを淀みなく詠唱に交えて、心の中 (・・・)で行う。

 

 無詠唱の魔法の行使は純人族では珍しい部類に入る。誰にでもできないかと言われるとそうでもない。そのプロセスを肩代わりできるもの、もしくは膨大な魔力があれば無詠唱でも可能である。

 詠唱。それは戦いの義によって生まれ、人々の想像力を確固たるものするために独自に進化させた知能ある生物の知恵だと、考古学者は語る。

 詠唱(スティ)というプロセスによって周囲の魔素を体内に取り込み魔力に変換し使用する。それが魔法だ。

 もちろんのこと、魔法を使用する際には精魔と呼ばれる、いわば精神力や体内に混在する魔素ともに消耗し、魔法を数発撃てばその魔法に見合った精神力が消費され体や精神が疲弊し、連発でもすれば倒れ、強大な魔法を放てば――場合によっては死に追いやられる。

 詠唱(スティ)には、純人言語(マニクスラフェル)獣人言語(ニアルマラフェル)竜言語(ルアゴラフェル)精霊言語(アリィルラフェル)魔刻言語(ビールデラフェル)などの分類があり、各詠唱には独自の術を編み出す力がある。

 純人族は、魔法を使うためには独自の歌や詩を謳い、名称を定めてイメージを固定化する必要があるが、中にはそれを使用せず文章として書き連ねたり、今のブレロのように魔法陣としてプロセスを肩代わりするものがいる。が、即興で使用できるものは少ない。その理由は簡単で、いざ実戦で使おうとすると言葉を発したほうが早いため、また、指や血を使うために集中力がその倍は必要とするからだ。大体は下準備をして、極大魔法として使用し、国の戦争等で目にかけることが多い。

 純人族と比べ、魔法が使えない種族も存在する。それが獣人族だ。

 約百数種からなる獣人族。その統一体型が獣人言語(ニアルマラフェル)と呼ばれている。魔法や魔術・精霊術などとは根本から違う、体術や柔術といった身体的能力や生命エネルギーといったものを重点的に利用し応用したものである。主に「氣」と呼ばれる魔力とは違ったものを行使するもので獣人族特有の力だ。


 さて問題なのがこれだ。

 竜言語(ルアゴラフェル)精霊言語(アリィルラフェル)魔刻言語(ビールデラフェル)の三つ。

 上位種族の竜族と精霊族、魔族の独自による術式の行使であり、魔法ではなく魔術という扱いになり、詠唱を必要としない。また、体内に存在する精魔は常人の遥か上を行き、無尽蔵とも言える魔法や術を行使することができる。

 そしてこの世界では、発現しやすいように、もしくは、想像しやすいように魔法には各々で名称をつけている。発動時のこの名称は、歌に近いため発音は使う者によって異なる。ゆえに普通は聴くことができないのだが、例外はある。

 

 今、この戦場では精霊言語(アリィルラフェル)を使用としない、精霊(アリィル)とその精霊契約者(エンゲスタ)の戦いが行われている。

 

 鮮やかな黒・紫・藍の三色からなる魔法陣からは無数の黒き火焔と紫の暴風、藍の光線と目まぐるしいほどに飛び交っては衝突して、弾け消滅する。

 最初から本気を出すつもりではなかったが、やはりトップクラスと呼ばれるだけはある。

 彼女たちの攻撃の合間をぬって煌く剣戟が、確かにユウを切り裂いていき、剣速も攻撃の一手も徐々に増していった。

 

 それだけではない。

 

 双方の精霊(アリィル)の強さが尋常ならざるものであり、衝撃音と爆風が戦場を絶え間なく包み込み、視界が悪くなり、常人では目下を見据えることもなくただ闇雲に攻撃を行うか降参するかしか選べなかっただろう。

 硝煙の匂いはしない、が魔法による着火で煙が漂い、ユウの視界を遮って、常人らしく行動判断が遅れていた。

 ――少々、普通通りでは厳しい。「このままでは負ける」と直感的に悟り、一部だけ刻印をなぞる様にして意識的に同調(・・)を始める。


「―――〈俺がここにいる理由。それは敵を切り裂くこと。刹那の衝動に動き、刹那に消える。さぁ、始めようか。刹那の幻想を。〉─── 《刹那を生きし者メンレ・ゾット・レィス》」


 気配が変わると同時に、ユウの体には刻印が蜷局のように体に現れていたが、いかんせん服の上からでは見ることはできない。

 更には煙に巻かれた影響下では、ブレロたちに気づかせることはできないだろう。


「――ユウ、後ろです!」


 出会った当初と比べ距離が縮まった呼びかけに、ユウはブレロの漆黒の剣を弾く音で呼応した。

 その時、確かにブレロの目が見開かれた。不意打ちだとしても防ぐか避けるだろうと考えていたためだろう。しかも、本気とはいかなくとも強化された力で振り下ろした剣を弾かれユウが平然としていることに驚愕していた。さきほど吹き飛んだ少年がたった数分でここまで強固なものになるのだろうか。

 疑問はどうやら油断に直結したようだ。ブレロの手中にあったはずの漆黒の剣が地に落ちた頃には、ユウの銀剣が眼前にまで向かっていた。


「くっ――!」


 素速い剣戟になすすべもなく、初めて蹈鞴(たたら)を踏む。先ほどの余裕と狂気は、既に消え失せ、同時に思うことがあった。

 ――これは本当に人間なのか?

 自分がすでにそうであるように、上位精霊(アリィル)の契約者は人間離れした身体能力を得、詠唱を省いたり魔法の威力も桁違いである。

 だのに、この少年は細い銀剣一つで自分の剣戟を往なし、少年自体は攻撃魔法を一切使わず、少年の精霊自体は見てる限りでは、助言してる程度だ。

 

(何なんだ、この圧倒的な力は。魔法が通じない。学院長と戦った時でさえ、魔法は通じたというのに――)

 

 ブレロは今までの戦闘の中で、徐々に焦り始めていた。

 まるで自分だけが世界に追いついていけないような不思議な感覚に襲われ、魔法が――弾かれているような錯覚を受けていた。

 彼は、ユウが精霊と一部だけ同調しているということに気づいてない。それに気づいてさえいれば対処のしようがあったのだろうが、生憎、一等精霊(アイニスト)以上の力がなければ、一部だけの同調など出来はしないのだが。 

 ブレロは狂気を焦燥に変えていた。本人は気づくことはないだろう。

 アヌビヨンとシーシェルリンヒが横で魔法を唱えようとしているが、二等精霊(ツヴァイスト)とはいえ、限界は来る。いくら無尽蔵に使えるとは言っても、精霊の精神力の低下、契約者(エンゲスタ)の精魔の枯渇がそれを引き起こす。

 だが、それ以外にも感じられることがある。

 ――恐怖だ。

 精霊が、しかも二等精霊(ツヴァイスト)の二人は怯えている。表面上は笑ってはいるが、契約者(エンゲスタ)にこそわかる。二人とも恐怖しているのだ。黒い染料で塗りたくったかのような、濃くて深い雰囲気が少年の周りを漂っている。いや、それだけではない。目で見えない何かに阻まれる不思議な感覚が、不快感と恐怖を煽っているのだ。

 目の前の敵はタダの人間ではない。先程までいたはずのブレロの分身はいつの間にか消滅していて、無残にも武器のみが転がっているだけだった。

 

 ユウはバックステップでブレロとの差をつけるが、ブレロは何もできずにその場に立ち尽くしている。いつの間にかリルから徐々に発せられる圧倒的な重圧、圧力に耐えられずにいる。

 それもそうだろう。一等精霊(アイニスト)の上。精霊姫(アリィエターニ)と相対しているのだから。

 最古の四大精霊(メータルエ・アリィル)と呼ばれる水の原精・ウィンディーネ、火の原精・サーマンドラ、風の原精・シルフィ、地の原精・ノーレムたちと同等かそれ以上の力を有した存在。そういう存在だということをブレロ達三人は気づくことはない。いや、恐怖が知りたいという知識欲を押さえ込んでしまっている。

 ブレロは震える膝をなんとか抑え、出現させた闇に武器を放り込む。


――どう試行錯誤しようが為す術が思い浮かばず、勝てるビジョンが明確にできなかったためだった。


「――降参です」

 

 一息溜めてから、ブレロはそう言って手をひらひらとさせた。

 先程までの緊迫感はなんだったのかと思わせる出でたちを装った。内心の焦燥を絶望を隠すためであると、会場にいる人の誰もが気づかなかったのは幸いだっただろう。

 それに対してしばらくの間ユウは呆気にとられたが、小さく息を吐き出し意識を切り替えると、剣を帯刀して実体化したリルと一緒にブレロに歩み寄る。

 

「――いい勝負をありがとうございました」

「こちらこそ」


 徐々に消えていく重圧感から逃れどうにか絞り出した声は、自分でも情けないものだった。

 呆気ない勝負で悪かった、という言葉を飲み込んでブレロは手を差しだす。ユウはそれに応じて握手を交わす。

 リルとユウから発せられていた殺気に似た重圧感は嘘のように消え、若干頬が引き攣っているシーシェルリンヒとアヌビヨンと、軽く談笑している。

 

「――さて、次はヒナカちゃんの出番ね」


 赤い扇子を片手にアーティが枠の中に入る。

 アーティは特段何かを詮索する様子もなく、ユウを軽く一瞥したあとにすぐにブレロへと視線を向けた。

 突然の真剣な視線に若干驚くブレロだが、彼女の思惑がわからぬまま視線を合わせる。 


「そうね、対戦相手はブレロじゃなくて、私の「式」に任せるわ」


 「疲れていることでしょうし少し休んでなさい」と続けていったアーティの言葉に、あからさまにたじろぐブレロ。アーティはただ純粋に気遣っただけなのだが、ブレロは内心の感情を知られたのかと思い動揺していた。

 彼女は視線をきつくするとブレロの前に立ち「お疲れ様」と告げた。 

 それだけで勘違いしたブレロは、悔しそうに手を握り締めてアーティに抗議しようと思って、やがてやめた。不毛だと気づいたからだ。

 

「ゆっくりしてなさいな」

「…すみません。ありがたく休まさせてもらいます」

 

 今はその言葉が有り難く、ブレロは表面上は渋々と、ユウと一緒にメイナがいる場所まで向かう。

 

 ヒナカはユウと入れ違いざまにハイタッチを交わすと、いつものようになにか抜けた感じでホワホワと所定の位置まで移動する。

 

「それじゃ、私の「式」を召喚するわね」


 アーティはフィールドの真ん中を向くと扇子を閉じて振り下ろし、謳う。

 

「〝我、先人の知恵の紐を解く。無力な我に汝の力を。盟約のもとに顕現せよ。【高等契約召喚ハイ・アモーサ】〟


 淡白い光が場を包み込み、ぼふっという音ともに晴れていく。

 


「―――我を呼ぶとは珍しいな」



 (しわが)れた声とともに現れたのは、堂々と居座っている一匹の白い「狼」だった。




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