夢の中
そこは、悲鳴と喊声の渦巻く血塗れた戦場だった。
あるものは、地べたに四肢を投げ捨て口から血や汚物を出しながら転がっている。
あるものは、肉を四散させ立ったまま絶命している。
あるものは、あうあうと口を動かし体を震わして助けを乞う。
あるものは、現状に絶望し自分から剣を突き刺し自害していた。
そんな絶望的な戦場の真ん中で茶色いマントを風に靡かせながら少年は、ガタイのいい大剣を持った壮年の男と演目のように剣戟を繰り返しながら舞い踊っていた。
「ゥォオオオッッ!!!!」
茶色いマントにフードを身に纏った少年に、大声をあげて突っ込んでくる大きな剣を持った男。
マントの少年は真正面からの斜め斬りがわかっていたかのように、ほとんど自動的に、その両方に一本ずつある剣に似た銃を動かし、薙いだ。
空気を撫でるようなその動きは速度も重さも感じられない。少年は煩わしいとでも言うように、さらに切る。
一瞬の残像を残し、銃剣の刀身の銀色が微細な粉塵と化して飛び散り、砂塵と相まって視界を数回遮る。
大剣の男は砂塵が目に入り、一瞬の隙を突かれて少年が持つ鋭利な黒と銀の銃剣の刃に撫でられる。
左肩から胸まで抉られるように鎧と筋肉が四散させて、鮮血を飛び散らせた。
「……っぐぅ!!ぁぁぁぁぁあああッッ!?!」
強烈な痛みを伴っているのは想像に難くないだろう。しかし、それでも大剣の男は目に意志を宿し、口を開く。
「なぜこんな若造ごときが、強いッ!?」
半ば絶叫じみた大声で発せられた声はとても低く殺気立ってはいたが、それと同時に相手を侮っていたことへの後悔の念も混じっていた。
相手が痛みに呻く様を少年は静観し、次の一手を今か今かと待ち構えている。
直ぐに次の手を繰り出さないのは、少年にとっていつでも殺せる相手でしかないからだろう。
つまらなそうに、一歩一歩少年は歩み、やがて男がうずくまる前までたどり着く。
「…………去ネ」
少年は漆黒の瞳に毅然とした光を浮かべ言葉を言い放つと、満身創痍から放たれたとは思えないほどの斬撃を、迫ってくる男の剣を加減しながらも容赦なく切り裂き、そして撃つ。
「うぐぁああああああああああぁぁぁッッ!!!!!」
止まぬ乱舞に、響く叫びが戦場を支配する。
周囲の辛うじて生きている戦士達は恐怖に竦みながらも、観劇するしかなかった。
飛び交う血と剣と骨の衝突音が、まるで一つの曲のように打ち鳴らされ、絡みつくような死の匂いが心を縮小させるような感覚に陥らせ、満身創痍の体を動かそうとも思えなくなっていたからだ。
流麗な動きが男の体を切り刻み、銀色が空中を踊る。
それだけだ。あとは防戦一方の男に、少年が隙を与えず嬲るだけの演目。
ほとんど想像通りと言ってもいいほどに戦いは長引かなかった。
ざしゅっという音が響く。何故か血は噴き出さない、その代わりに滴り落ちる。
赤い血を飲むかのように銀色が明滅し、男の顔から生気が薄くなっていく。やがて切られたところが黒く染まっていって、目を覆いたくなるほどの禍々しい皮膚へと変貌していきミチミチと嫌な音を立て始めた。
「ぉぐぇあ……あ……ぁ……ぁぁっっ!!!」
男は自分の左胸に深々と突き刺さり貫通している剣を、黒く変色してる体を一瞥することもなく、少年を睨みつけた。
憎悪。激しい憎悪だった。
この世のもっとも邪悪な存在を睨めつける様な、そんな双眸を湛えていた。
だがそれも数秒の事で大剣の男は焦点を失ってぐるんと眼球を上にし、白目になる。
終いには口から血を溢れ出させ痙攣しながらその場に倒れて、「こひゅ、こひゅ」と呼吸と呼べるかどうかも怪しい息継ぎをしながら、手中に握っていた半折れの大剣を手放した。
少年は何の感情もなく突き刺さっている銃剣を手早く引き抜く。ぶちゅぶしゅっという音ともに血に塗れた銃剣の先から刀身の中心が露わになり、代わりに男からは多量の血が飛び出していた。
顔をしかめているのか、ローブの奥から時折見える口元がへの字に変わっていた。
「――――」
少年はマントを翻し、銃剣に手を触れ、ポツリと一言零した。
銃剣は黒いオーラに包まれて、少年がも一度銃剣に触れると黒いオーラは消え代わりに銃剣は、銀色の美しい姿へと戻っていた。
少年は満足げに剣の部分をスライドして仕舞うと、両腰に装着されたホルスターに手早く収める。
どこまでも無限に続いていると思わせる死の戦場を眺めて、少年は先程ホルスターに収めた銃剣に手を添え軽く刀身を露わにする。そしてすぐに収めた。その行動が意味するのは空間の切れ目。少年はそれを見つめる。
「ふぅ……これでここも終わりか……」
男がそう虚空にため息混じりの声で呟いた途端、少年の目の前に在る切れた空間が変な音を立てながら、捻れ、白いワンピースを着た銀髪蒼目を持つ 少女が現れた。
少女の見た目は絶世の美少女とまではいかないが、それでも整った顔立ちから美少女には変わりない。
少女の格好はタンクトップとロングスカートを合わせて一枚の白のワンピースにしたような物を着ていた。そのワンピースの背中あたりからは少女よりも数倍はある翼が生えていて、色は髪と同じく白銀、全体的に見れば天使を思わせる。
そんな華恋な少女が辺りを見回すこともなく愛らしい笑みで此方を見つめる。
「お疲れ様です。マイマスタ。」
発っせられた言葉は少女に似つかわしいとても愛くるしい声音だった。
「ああ、サポートありがとう。……次の場所にお願い」
少年はそれにドギマギしながらも、いつもどおりの口調で簡素に告げた。
そんな彼に少女は微笑みで返答し、それを合図にと少女は小さな左手を天高くかざして、そのまま下に振り降ろす。
すると目の前に広がっていた血塗られた戦場の光景が歪み、吸い込まれるようにして真っ白な光にかき消されていく。
不可思議な光景だったのだろう。戦場で這い蹲っていた戦士たちは、一様に目を見開いて驚愕を顕にしていた。
そんな彼らを小馬鹿にしたかのような、一陣の風が吹く。
歪んで消えきる寸前、少年は確かになにか一言こぼした。
「―――」
その言葉だけは、近くにいる少女以外は聴くことができなかった。