DELI・HELL
●DELI・HELL。
大阪の夏は暑い。
東京の暑さが纏わり付くような暑さなら、大阪のそれはずっしりと重く感じる。
新大阪駅でのぞみ号から降りた嶋田さんは、ネクタイを緩めた。嶋田さんは東京の会社に勤めているが、大阪支社で人手が足りなくなるとピンチヒッターとして借り出される。
ピンチヒッターはきついが、それでも嶋田さんはたまの大阪出張を楽しみにしていた。
それは、一人きりの誰にも内緒の夜があるから、である。
企画書を早々に仕上げたその夜も、嶋田さんは「飲みに行こう」という引く手あまたの誘いを振り切ってホテルへ急いだ。会社が手配してくれたホテルは、北新地に近い若干高級な部類に入るホテルだった。
チェックインして渡された鍵の部屋へ入る。
「何か暑いな。ここまで暑いか、大阪は」。
嶋田さんは冷房の温度調節を最強にした。そして急いで浴衣に着替えると、電話の前に腰を降ろした。
「さて、今日はどの店の娘にしようかな」。
そう、嶋田さんの内緒の楽しみはデリバリーヘルスである。
コトにおよぶのも当然だが、若い女の子と誰にも邪魔されることなく「しっぽり」とお話が出来るのも嶋田さんがデリバリーを好きになった理由のひとつである。
その夜は混んでいた。これでもう4件電話をしたが、すべて「いまからやと、もう3〜4時間待ってもらわな。すんませんな」そんなに待ったら、朝になってしまう。
仕方なく、自前のパソコンを立ち上げ、サイトで調べてみる。
「この際、新規開拓。それもまたよし」。
目に留まった店があった。電話をしてみた。ここがダメなら今日は諦めよう。
電話に出たのは女性で「あと、二十分ほどで行けます」と応えた。
嶋田さんはザッとシャワーを浴びて、待った。冷房の効きがまだ弱く、汗が止まらない。
「ピン、ポン」ドアチャイムが頼りなさげに鳴った。
「こんばんは・・・」
ドアを開けて、そこに立っていたのは色白で小柄な娘である。
嶋田さんは一瞬躊躇した。
嶋田さんの好みは健康的なナイスバディな子である。
目の前の子はそれとは程遠い。華奢を通り過ぎてガリガリである。
しかし、今夜は混んでいる。
これも経験と思い、その娘を部屋へ入れた。
嶋田さんは、部屋が急に寒くなっていることに気づいた。冷房が効きすぎたか。
冷房のスイッチを切りながら、訊いた。
「寒い?シャワー浴びようか」
「うん」
裸になった彼女を見て嶋田さんは目を見張った。
あばら骨の浮いた薄い胸、ちょうど心臓の上あたりに長さ5センチほどの傷がある。
その傷はまだピンク色をしていて、生々しい。
さらに、背中にも3センチほどの同じような傷があった。
(貫通?だったら生きてないよな)
バスルームを出ると部屋の中はまるで冷蔵庫のようだった。
(冷房切ったのに、おかしいな)
彼女と一緒にベッドに入り、シーツに包まった。
しかし、部屋は寒いし、女の子は好みではないし、それにあの傷のことが気になって、すっかり気分は萎えてしまっている。
彼女はと言うと、じっと天井を見つめたままである。
嶋田さんは思い切って、「その傷、どうしたの?」と話しかけた。
彼女は嶋田さんのほうへゆっくりと顔を向けると、じっと嶋田さんを見つめながら呟いた。
「痛かった。ドンってあたったか思うと焼けるように、痛かった」
「え?」
急に彼女は嶋田さんの上に馬乗りになり、顔をぐっと嶋田さんに近づけて
「あたしはね、殺されたんや」と耳元でささやいた。
嶋田さんは自分のお腹に何か生暖かいものが流れていることを感じた。
彼女の傷からドクドクと血が流れ、いまやシーツもベッドも真っ赤になっていた。
「寒いねん。血がみんな流れてな。死ぬって寒いんよ」
彼女は嶋田さんの耳元でささやき続けた。
流れ続ける血とは反対に、彼女の息や身体は氷のように冷たかった、
嶋田さんはとてつもない恐怖に襲われた。
心の中で何度も叫んだ。
(俺には何も出来ない。助けてはやれない。だからここから出て行ってくれ)
目の前にあった彼女の口元が一瞬「ふっ」と笑ったように見えた。
彼女の姿が徐々に消えていった。そして
「あんたとちがう・・・」と一言残し、完全に消えた。
嶋田さんは気を失った。
目が覚めると、シーツはびしょ濡れだった。
「血?」と思って飛び起きたが、自分の汗だった。
まだ早朝だというのに、冷房を切ってあった部屋の中は蒸し風呂のようだった。
その後、嶋田さんはパソコンであの店のサイトを探してみたが、見つからなかった。