おかんの創作怪談が、ガチの都市伝説になって返ってきた話
◆怪談・花山トンネル◆
「なあ、怖い話してあげよっか」
メシ時、唐突におかんがそんな事を言い出した。
今日の晩メシは大皿に盛った唐揚げ。それを2人でつつきながら、耳を傾けることにする。
「怖い話って?」
「創作怪談。花山トンネルって知ってるやろ?」
花山トンネル。知ってるも何も、ヤバい場所で有名なトンネルやんか。
東山と山科の間にある、東山トンネルのすぐ隣、歩行者と自転車専用のトンネル。
「知ってるよ。高校の時に肝試し行った事あるし。あそこ、やっぱなんか出るん?」
「行った事あるなら知ってるよな? あそこの暗さ」
「たしかに暗いよな? トンネル内に街灯3箇所しかないやん」
明治とかに作られたらしくて、レンガで出来たトンネル内には、街灯が3つしかない。
LEDに変わった昨今でも、まだかなり暗くて、肝試しの時は何もなかったけど、不気味な場所ではあった。
「バブル時代はもっと暗かったんよ」
「そうやろうな。蛍光灯やし、寿命も短かったんやろ?」
「そうそう。人がいっぱい通る場所でもないから、全滅してることもあったで」
「マジかよ。全滅はヤバいな。真っ暗ってことやろ?」
「使う人が少ないし、当時は対策するんが普通やったからな」
「懐中電灯とか?」
「せやな。あとは自転車のライトとかな」
どっちにしろ、豆球レベルやし、あんま明るくはないな。
まあ、山科行くなら、普通地下鉄使うから、徒歩であそこ通る人は、ほとんどない。
「そんなバブル時代の話でな、あたしの従兄弟が山科に住んでるやろ?」
「まさひろちゃん…やったっけ?」
「そうそう。山科のまさひろちゃん。覚えてるんや?」
「インパクト強い人やったしな。たかやすおじちゃんの葬式に会ったのは、覚えてるで」
おおらかで豪傑っていうのかな? なんか怖いもん無さそうな人やった。
最近、本物の日本刀手に入れたって自慢してた、個人で貿易の仕事してる人。
「その、まさひろちゃんが、友だち3人で自転車乗って『市内』に遊びに来てたんや」
「あー言うよな、山科の人って。山科も京都市内やのに、なぜか『市内行く』って」
山科って、東山越えんと中心部に来れへんせいか、同じ市内の意識低いからな。
市外扱いすると怒るくせに、自分らで『市内行く』って言う、変わった習性がある。
まあ、バブル時代っていえば、毎日どっかで新しいビル建ってたらしいし、派手な中心街に遊びに来たくなるのは分かるけど。
景気がいいと、街ってマジで、あっという間に変わるからな。
「あの時代はマジで、街に活気があって、ビルもそうやけど、道路もどんどんきれいになってた」
「へー。金が余ってたんや? 古き良き時代ってやつ?」
「そうやね。変化の少ないこの辺りでも、道とかガンガン舗装工事やってたぐらいやで」
でも、スマホどころか、ガラケーも、ピッチもなくて、ようやくポケベルが登場した頃やし、不便ではあったやろうな。
あちこちにまだ、黄緑色の公衆電話が、ボックスで建ってた時代や。
「そんな時期でもな、花山トンネルは通る人が少なくて、舗装工事が後回しやった」
「そうなん? 道路がボロボロやったとか?」
「うん。ほとんど砂利道でな、真ん中にはデカい水溜まりがあったぐらいなんやで」
地下道とかトンネル内って、水気はたしかに多いよな。
俺が肝試しした時も、ピチョン、ピチョン、水音してて、めっちゃ不気味やったし。
「国土交通省、直せよ。バブルやったなら、予算出せ」
「ほんまそれ。ま、その水溜まりのせいで、自転車も押さんとあかんかったんよ」
「えー。じゃあ、まさひろちゃんも、花山トンネル通った時は、自転車押して通ったんや?」
「そう。自分だけならいいけど、友だちもいっしょやったしな」
1人だけで通るなら、水はね気にせずに、急いで通るのも出来るけど、友だちと一緒じゃ無理やもんな。
「レンガ造りの真っ暗なトンネル内を、自転車押すんか。ビビりならそれだけで泣くな」
「まさひろちゃんとその友だちやし、怖くなかったんやろ」
なるほど。か弱い女子ならともかく、まさひろちゃんなら、なんとなく納得や。
日本刀振れるぐらい腕も太いし、喧嘩っ早いわけやないけど、見た目も強そうやしな。
「市内で夕方まで遊んで、花山トンネル通って帰る。いつもの事やったらしい」
「しょっちゅう行き来してたんや?」
「たぶん、電車代が勿体なかったんやろな」
「そっか。そんで、なんか見たとか? 幽霊?」
「あはは。幽霊やないよ。あそこはそんなんおらんって」
「えー? でも、火葬場近いし、処刑場跡地もすぐそこやし、出てもおかしないやん」
「たしかに、なんか出ても変やない場所ではあるけどな」
トンネル近辺には民家も少ないし、土地柄か、不吉な曰くも多いけど、幽霊なんかは出んかったと、おかんは笑いながら、続きを話してくれた。
市内で遊んだ帰り道、まさひろちゃんと友だち2人が、自転車押しながら、トンネルの真ん中の水溜まりを通り過ぎた時、それは起こった。
ガシャン、カラカラ、カラ―――…
背後で自転車がコケた時みたいな、デカい金属音が聞こえたんやって。
思わず振り返ったら、友だちの後頭部が見えた。
他の誰かかと思って、怖いもの知らずなまさひろちゃんは、後ろに向かって声かけた。
大丈夫ですかー?
でも、誰からも返事がなかったらしい。
「当時の自転車のライトって、ダイナモやし、止まると消える仕様やった」
「え、夕方の街灯もないトンネルの中で?」
「そう。夜中より周りは、見えにくかったやろうな」
タイヤが回るのやめたら、消えるダイナモライトと、切れて全滅の蛍光灯か。
そんな暗い中で、音だけで返事のない相手? 俺なら速攻で逃げるな。
でもまさひろちゃんは違ったみたいや。
もしコケた誰かが、声もあげられん怪我ならヤバいなって、まさひろちゃんは考えた。
でも、戻って様子見に行こうとした時、友だちの1人が気づいた。
―――なあ、今の音、乾いてたよな?
「……うわ。水音、混ざってなかったんや?」
「そうやねん。まるで、乾いた場所でコケたみたいな音やったって」
さすがに怖くなって、自転車に飛び乗った3人は、逃げるように山科へ帰った。
しばらくして、トンネル内も舗装されて、きれいにはなったらしい。
相変わらず運が悪いと、トンネル内の蛍光灯は切れてて、真っ暗になるのは変わらん。
でも前みたいに、自転車押す事はなくなったし、まさひろちゃんもそのことは忘れた。
「そんなある日、また3人で市内で遊ぶ事になった」
「もう怖くないよな? 道路は舗装されて、水溜まりもないし。…埋まってるだけで、まだその下にあるのはアレやけど」
「その日もやっぱり運悪くて、蛍光灯は全滅やった」
1日中ついてるせいか、寿命が他の街灯より短いし、切れても放置されがちな場所や。
おかんはそう説明する。
「あの頃は、電気ついてる期間より、切れてる期間の方が長いぐらいやったしな」
「そういう時代やったって事か」
きれいに舗装されてるってだけで、めっちゃ便利やからって、3人で自転車乗ってトンネルを通過してる途中、それは起こった。
ガシャン、バシャッ―――…
「今度は水音付きの音? もう水溜まりないのに?」
「まさひろちゃんが自転車止めて振り返ると、友だちの1人が派手に転んでた」
「まさか……」
「友だちはまるで水溜まりの真ん中でコケたみたいに、泥だらけのぐしょぐしょやった」
「マジか。水溜まりはもうないのに、べっしょり濡れてたん?」
まさひろちゃんも友だちも、前のことも思い出して、ビビりまくって、当然逃げ帰った。
「けどまあ、その後、呪われた、なんてオチはないけどな」
「えー。オチない方が、逆にリアルで怖いやん?」
「この話聞いた時、まさひろちゃんは言うてた。『あそこは歪みがある。だから迂闊に近寄らんように、噂を流してるんや』って」
「はー…怖っ。あそこ、そんなヤバい場所やったんや」
「………って、怪談を、あたしが高校生ぐらいの時に、創作した」
「はあ? 作り話かよ! ビビって損したわ、もー」
「最初に創作怪談って言うたやん。面白かった?」
「……まあ、出来は良かったで。おかんの意外な才能やな」
「やろうな、友だちにもめっちゃウケたし」
話は終わったと思って、俺は最後の唐揚げを皿から取ったら、おかんがつぶやいた。
「……出来いいやろ?」
「うん。ツレに教えたなるぐらい、出来良かった」
教えたなるって言うか、作り話やなくて、マジもんの怪談として語るのも、いいぐらいの出来やったからな。
面白いネタ、さんきゅって感じやわ、おかん。
『花山トンネルには、歪みがある』か。さっそく俺もツレに語って、ビビらしたらんと。
「そうやねん。……出来、良すぎてな」
ため息が聞こえたからチラッと見ると、ほっぺたに手を当ててるおかんの顔は、なんか少し憂鬱そうで、思わず聞く。
「なんかあったん? まさか事実になるとか、ないよな?」
「そんな話作ったんも忘れて、数年後。バブルが弾けて高校も卒業して、新しい友だちが出来た」
「ああまあ、おかんからしたら、適当に作っただけやし、忘れても不思議はないよな?」
「ある日、新しい友だちが言うてきてん」
「え、もしかして……」
「『なあ、花山トンネルって知ってる?』…って、それわたしが作った話や」
「創作やない怪談として、この話、出回って、おかんのとこ戻ってきたん? マジか?」
「真顔で『あそこマジでヤバいから、通る時、真ん中避けて通らんとあかんよ』やって」
「うわ、口裂け女のポマードみたいに、対策されてるやん。都市伝説や!」
「苦笑いしながら『へー、怖いなー』って言うたけど」
「作り話って言わんかったんや?」
「夢壊すのも無粋やろ? でも目の前の事実が1番怖かったわ」




