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「くそ、ここにはいないみたいだ」
「もうじき夜になる。ここは出直して……」
「バカ! そんなことしてみろっ」
複数の声が遠のくのを待って、少年はレミィを解放した。
「……行ったか」
「な、な……」
「ん?」
「なにするのよっ!!」
――バチンッ!
反撃の言葉とともに、レミィの右平手が飛び出した。安堵していた少年は完璧に油断していて、その反撃を諸に左頬へと食らった。
「……ってぇ」
「はっ!」
我に返ったレミィは生まれて始めての平手打ちと、それを食らっている見知らぬ少年に改めて動揺した。
「あっあのっ! ごめんなさいっ」
レミィの謝罪を聞かず、少年は先ほどの複数の声とは別の方へと向かって歩きだした。
見知らぬ少年など、ルビーがいたら完璧に「放っておきなさい」と言うだろうが、レミィはなぜだがその少年が気になって仕方なかった。
「待って! あの、えっと。異世界の方ですか!?」
今ある知識で少年を引き止めるのはそれが精一杯の問いかけだった。
「異世界……?」
レミィの言葉に、少年は反応した。
ここぞとばかりに、レミィは話し続ける。
「ルビーせんせ……わ、わたしの先生がね、異世界の扉っていうのが開いたって。そこから何かが来たかもって言っていたの。わたしはそれを探していて……。さっき、誰かに追われていた、でしょう? 異世界の人だからかなって……」
「……異世界。やっぱり、ここは……」
たどたどしく話すレミィの言葉を、少年は反復する。なにか思いつめているような、思い当たることがあるような、複雑な顔をしながら。
少年は口を開く。
「お前、ここの奴なのか」
「え、うん! そうだよ。この森のもっと奥に先生と暮らしているの!」
「先生? お前たちの住むところでは、みんな……こう、変なのか?」
「へ、変?」
もったいぶった口調に、レミィは首をかしげた。
少年は言いたくない素振りを見せる。
その時、レミィの持つ杖が少年の目に留まった。
「その杖……? なにかできるのか」
「あ、これは先生ので……魔法が少し使えて」
「魔法!」
静かに話していた少年がいきなり声を大きくした。一瞬、驚くレミィはまた少年に問いかける。
「魔法……使えないの?」
「魔法なんて知らない。なぁ、魔法が使えるなら」
少年がレミィの肩を思いっきり掴み、
「この呪いを解いてくれ!」
「の、のろい……?」
“呪い”という言葉が聞き馴染みのないレミィはまたも首をかしげた。そこで、あることを思いつく。
「もしかしたら、先生ならその呪いってものが何かわかるかもしれない! どんな呪いなの?」
「……見世物じゃねぇ」
「で、でも説明できたほうがいいと思うよ?」
「チッ……ぜってぇ、何も言うなよ」
ドクン、と少年の鼓動の波打つような音が、レミィにも聞こえた気がした。それと同時に、風向きが変わったような波動を感じる。
「……こっちに来たら、こうなった!」
そう言い放つ少年には、つい数秒前までなかったケモノの耳が、頭にふたつ生えていた。
「いやぁぁぁぁぁ!?」
言葉は発せずとも、悲鳴が月夜の森に響き渡った。




