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「あっちへ行ったぞ!」
城壁の上にいる番兵たちは動揺を隠せず、うろたえつつも標的を見失わないよう必死だった。
一人は正門側、一人は街の中、一人は城の方へ。それぞれが違う場所へ標的が動いていると叫びだし、警備に当たる暇もなく走り回る始末。
「……おいおい、そんなんじゃ捕まえられねぇぞ」
慌てふためく番兵たちと同じ兵服を纏う一人が、呆れ返ったように呟き、城壁にある塔から森を見下ろす。森に微かに動く人影、白い煙を目視して声色を変えて叫ぶ。
「おい! もしかしたら森に入ったのかもしれないぞ! 探せ!」
「はっ!」
叫び声に反応した番兵たちは、叫んだ一人を残して一斉に城壁の上から駆け下りていく。まるで機械仕掛けかのように同じ動作で駆け下りる様は、城壁から国を守る番兵たちにしては滑稽だった。
それを横目で見送り、叫んだ一人は咳払いをし声色を戻すと、皆が向かっていった森の方に向き直る。あたりは既に夕暮れで、森の中は薄暗く見えた。
「なにか面白いことでも起きているのかと思いきや、このザマだ。天下のミューハ国が堕ちたもんだな」
そう言い放つと同時に着ていた兵服を脱ぎ捨て、自身の服に身を包む。ほとんどを黒で塗りつぶしたような服に、右腕は肘まで伸びた手袋をしている。兵帽を深く被っているため表情はわからないが、長く伸びた金髪を後ろでくくり、まだ若い雰囲気を醸し出している。
「おい! お前!」
「ん?」
声の方に目をやると、肌着姿の男が剣を抜いた状態で睨み付けてきていた。恐らく番兵とおぼしき男は国の紋章入りの剣を向けている。剣先が小刻みに揺れ、暖かい気候だとしても今は夕暮れ、しかも風が強く吹き抜ける城壁の上では寒く震えているのが一目瞭然だ。
「おぉ、なんだ。随分根性あるじゃねぇか」
「黙れ! お前、何者だ。城の者ではないな……? 正直に言え! 我が国に何のようだ!」
「キャンキャン、キャンキャンと……うるさいねぇ、さすがはお利口なわんちゃんだ」
自身がいた塔からさっと身を翻し下に降り立つと、下に脱ぎ捨てた兵服を素早く拾い上げ、そこから勢いよく肌着の番兵へ向かって走り出す。番兵は一瞬怯んだが、真っ直ぐ向かってくる相手に狙いを定め、
「はぁぁぁっ!」
剣を振り上げ一気に相手を切り裂いた。
「……はっ、あれ……?」
感触があるものの、目の前には誰もいない。相手の血痕すらなく、そこに切り裂かれているのは数時間前まで自分が着ていた兵服。
「……甘いッ!」
「……っ!?」
声が聞こえると同時、視界に暗闇が広がる。それが千切れた兵服の一部と気づいたときはもう遅かった。
相手はものすごい速度で肌着の番兵へ近寄ると、手にしていた兵服を突き出した。突き出した瞬間に地面を蹴って、肌着の番兵の頭上まで跳んだのだ。
跳んだ相手は空中で身を返し、地上に留まる肌着の番兵を捉えると、突き出した兵服が千切れて布切れになったものをぶん投げた。
布切れは見事に戸惑う肌着の番兵に被さり、腰に隠していた剣を地面に突きつけた反動で体を固定し、伸ばした左手で肌着の番兵の顔面をわしづかみした。
そして、
「オレのことは忘れな」
言葉と共に、時計の針が時刻を指したようなカチッとした音が肌着の番兵の耳と脳をつんざいた。大きな波動に呑まれ、瞬間気を失った。
「オレはオレの正義を生きてんだ。邪魔するんじゃねぇぞー?」




