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静まるそこには、先程までいなかったヒージが凛とした佇まいで微笑んでいた。気配を消していたのか、いつからそこにいたのか検討もつかない。
「お前、王子の……!」
リオはヒージを睨みつけ、体制を整える。
ヒージは臆することなく、そのままにこやかにしていた目を開き、リオを見据える。その様は、ただの執事とは違い、どこか戦士のそれだ。
「あなたは、先程の? いやぁ、これほどまでに女装がうまいとは。お見逸れ致しました」
「黙れ! お前らは、何をしようとしている。レミィまで連れ去って!」
「いやはや、手荒な真似をしてしまったのは申し訳ございません。しかし、坊ちゃん……サンティトル王子のためには必要だったのです」
「何のために!」
ヒージの言葉に、リオは怒気を強めた。
その場にはレミィとリオ。入口付近にヒージが立っており、恐らく他に人はいないことがわかる。そのまま押入れば逃げられそうではあった。
殺気立つリオをよそに、ヒージはレミィへと向き直る。
「レミィさん。申し訳ない、怖い思いをさせてしまって」
話しかけられると思っていなかったレミィは一瞬驚いてから、いつもの笑顔をヒージへと返した。
「ううん。確かにびっくりしたけど、サンちゃんとお話して、そこまで悪い人じゃないかなって思ったの。でも、ごめんなさい。わたしはリオと一緒にここを出たい」
「サンちゃん……? ほほほっ」
レミィが発するサンティトルの呼び方に、ヒージは声を出して笑った。真剣な面持ちだったレミィとリオは、いきなりの出来事で呆気にとられる。
ひとしきり笑ったあと、ヒージは口を開いた。
「失礼。坊ちゃんのことを、そのように親しみを込めた名で呼ぶ人は、初めてなものですから。んんっ、レミィさん、そして……リオさん。私共に力を貸してはいただけないでしょうか」
「力を?」
「貸す?」
あまりに突拍子もないヒージの発言に、レミィとリオは首を傾げた。
驚くのも無理はない、とヒージはにこやかに笑顔を向けた。真意のわからないレミィとリオは、そのまま次の言葉を待つ。
「坊ちゃん……サンティトル王子が、現国王様の妾の子とはご存知かな?」
「あ、それサンちゃんが言ってた……」
「そうでございましたか。……その通り、坊ちゃんのお母上は名も無き屋敷の娘でした。私はその頃からの遣いであり、坊ちゃんの生まれた時からお側に遣えさせて頂いている身です」
「もともとこの城の住人ではないのか」
「左様でございます。国王様とお嬢様は恋に落ちた。そう思っておりましたが、現実は違いました。病弱なお嬢様の魔力は非常に強く、国王様はそれを、ただそれだけのために近づいてきたのです」
ヒージの肩は微かに震え、その握られた拳には怒りが込められているように感じた。
「お嬢様はハトレア竜を信じ、継承していく誓いを立てておりました」
「ハトレア竜って……」
「この前話したやつだね!」
レミィとリオは顔を見合わせ、城下町で話した、“ハトレアのしずく”の物語を思い出した。
ふと、レミィは思い当たり自身のドレスからゴソゴソと探り、雫型の首飾りを取り出した。それと同時に、もともとドレスと共にトルソーにかけられていた、雫型に穴の空いた首飾りも取り出す。
「そ、それをどこで……!」
レミィの手にしている首飾りを見たヒージは目を丸くした。
「昨日、城下町のお店で見つけたの。これって本当に……」
「お嬢様の首飾りと同じ雫型で穴に嵌る形状。……間違いありません。それはハトレアのしずく。伝承にあるハトレア竜のものかと」
「えー! すごい、すごいね!」
それを聞いたレミィは感動と驚きで飛び跳ねた。
「それを見つけ出したレミィさんは幸運だ。私共は見つけられなかった。お嬢様の、お導きかもしれませんね。正しい心の持ち主に従う、そうお嬢様はいつも言っておられましたから」
「やっぱり! そのお話は本当なんだ! これ、リオが買ってくれたの。だからとても大切で、だけどこのもうひとつの首飾りに嵌めるのなら、返したほうがいいのかな」
「いいえ、そのドレスはもうレミィさんのもの。坊ちゃんもそのつもりで用意しておりました。一緒に持っていてくれませんか」
「え! そんな、サンちゃんの大切なものなのに……! それはできないよ」
「……本当に心優しい、素敵な方だ」
リオはその様子を横目で見つつ、ヒージに疑問をぶつける。
「その王子の母親と、あんたのことはまぁ、理解した。でも、そこでどうしてこの首飾りの件と、俺たちに力を貸して欲しいという話になるんだ?」
「ほほほ、リオさんは本当に聡明な方だ。レミィさんを守る騎士……といったところですかな?」
「なっ、そんなんじゃ!」
必死に弁明しようとするリオを、微笑みながらヒージは答える。
「お嬢様は国を愛しておりました。そして、それは坊ちゃんも同じ。親子だからか、慈愛に満ちている。今まで、坊ちゃんは国王様により外部への露出は禁じられておりました。しかし、度々お忍びで町に出られては、その様子を見聞きし、この国を変えたいと願っていたのです」
「そうまでして、国王は王子を隠したかったのか?」
「自身が魔力のために、一人の女性を連れてきたのを知られたくはなかったのでしょう。そして、あのお方が声をかけてきた」
「あのお方?」
レミィが問いかけると、ヒージはひと呼吸おいてから、この数ヶ月を語り始めた。
「名をキュービという魔法使いです。彼は最初、『この国を世界にしないか?』と国王様に声をかけてきた。最初は怪しんでいた国王様でしたが、その話術と力の強さにひれ伏すようになっていきました。もともと、この国の領土を広げていきたいと考えておられましたので、他の王子様たちもその声に乗り、城内に怪しい陣を張りました」
「キュービ……」
どこかで聞いたような、その名をレミィとリオは考える。
「キュービ様はあっという間に城に取り入り、陣から見たこともない魔法を使い、様々なものを取り込んできました。そして、リオさんが現れた」
「俺が?」
「もしかして、異世界の扉……?」
「レミィさんの言うとおり。それは禁じられた魔法。それを見た国王様はさらにキュービ様を盲信するようになりました。しかし、キュービ様も坊ちゃんのことは気に留めていなかったのでしょう。なんとかすると、坊ちゃんが声をあげ、レミィさんたちに接触した。ハトレアのしずく、その力が増幅するのは愛するもの同士が一緒であると良いとされておりました。その力を持って、国を制すと」
ヒージの話にレミィは引っ掛かりを感じていた。それが何かはわからないが、とても嫌な予感がしていた。
一時の沈黙のあと、リオが口を開いた。
「だから、レミィを連れてこの国のためにって? ……事情はわかったが、それでレミィを攫っていいことにはならない!」
リオはそう言い放ち、ヒージを睨みつけた。その時、
――ドゴォォォォン!
窓の向こうに見えている塔から激しい音がした。窓の外に目をやると、白い煙と禍々しい光が塔から放たれていた。




