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――カンカンカンカン。
「リオくーん! 朝ですよ、起きてくださーい! 朝食の準備が出来ていますよー!」
一階から何やら金物同士を叩き合わせる音とルビーの声が聞こえる。
昨日はレミィとルビーの家で一夜を明かしたリオ。「ちょうど片付けたかった」とリオはルビーに言われ、二階を掃除するよう命じられた。そのあまりの謎の骨董品(謎というとルビーはれっきとした魔法省の品だと怒るのだが)の多さにリオが寝られるようになるころにはヘトヘトになっていた。
リオはその気だるい体を無理やり起こし、ベッドから抜け出す。
窓の外は既に陽が昇っていて、昨日感じた森の不気味さはなくなっていた。鳥のさえずりや風の音が心地よく、時折屋根裏からだろうか、小動物らしきものの足音が聞こえた。
「夢、じゃないのか……」
自身の夢見も悪かったリオは、辺りを見渡してそう呟いた。実際、リオにとって何が現実で何が夢か、もう随分前からわからなくなっていたのだが。
自分の鼓動を確かめ、その高鳴りを覚えると、やはり昨日レミィに見せたようにケモノの耳が頭から生えているのがわかった。
「……くそ」
少し悪態をつき、鼓動が治まったのを確認し、リオはようやく部屋の扉を開けた。
「あ、リオおはよー! よく眠れた?」
「……あぁ」
リオが一階に来ると、すでに起きて身支度を済ませたレミィが朝食の準備をしていた。立ち込める焼きたてのブレッドの香りと、ルビーが作ったであろうスープのまろやかな香りが食欲をそそる。
テーブルには三人分の食器。カップにはすでに液体が注がれているが、あまりに毒々しい赤色なのでリオは目を疑った。
「カカの実という木の実のジュースですよ。免疫力も上がりますし、なにせ君はここの物に慣れた方がいい」
固まっているリオを見かねて、ルビーが説明を入れた。
「……お前、昨日から、何か知ったような口振りで……なんなんだよ!」
ルビーの発言がリオに火をつけ、今にも飛び掛かりそうなリオにうろたえるレミィ。
「リ、リオ! ルビー先生は別に……」
「うるせぇっ!」
リオを制止しようとするレミィを、リオは遮るように怒鳴った。すると、先ほどまで慌てる様子もなくニコニコしていたルビーが、勢いよくリオの胸ぐらを掴み上げた。
咄嗟の出来事に、抵抗もできないリオ。その姿はいつもレミィと一緒にいるルビーからは想像できない、冷徹で殺意の向けられた目をしていた。
「ルビー先生! やめて、やめて! リオ苦しくなっちゃう……!」
「レミィ、お静かに」
リオに目線を向けたまま、ルビーはレミィへ声をかけた。いつもより冷たい感情を受け取り、そのまま押し黙るレミィ。
ルビーは改めてリオへ意識を戻した。身動きの取れないリオは、そのままルビーを睨みつける。
「私の可愛い可愛い弟子に、なんて口の利き方するんですか? しかも、君の朝食の準備をしているというのに。言っておきますが、私には君を助ける義理は何もない。可愛い弟子が連れてきた、だから招いているだけです。勘違いして、横暴な態度はやめていただきたい」
「……ぐっ」
より一層ルビーはリオの胸ぐらを掴む力を強める。
「あぁ、そしてこの世界が何かも知らずに、勝手に焦って変な真似はしないでください。私は君を知っている訳ではない。君のように、異世界から来て、どうにもならなかった人達を知っている。ただ、それだけです。憶測で語れるほど、君はあまりにも分り易すぎる」
「異世界……」
「話を聞く。君が今できるのは、ただそれだけです。わかりましたか?」
「……くそ。わかった」
覇気を纏うルビーにリオは否定することも出来ずただ頷いた。
それを見るや否や、ルビーはリオから手を離し、満足げにいつもの笑顔を取り戻した。
「はい、よろしい。……さて、興が醒めてしまいましたが、美味しい朝食にしましょう。ね、レミィ」
固まってしまったレミィに優しくルビーは声をかけた。レミィはその言葉に多少安堵し、とたとたと朝食の準備を再開した。
リオはルビーに言われたことを頭の中で反復する。
レミィには聞こえていなかったようだが、至近距離のリオには深く刻まれた。
『あの子とその呪いには関係があるのですから』と。




