想い出噺・a
──むかしむかし。
……え? むかしってどのくらいむかしかって?
はい、そこ! そういう茶々を入れてはいけません。
……んんっ。えーっと……まぁ、オレ達が生まれるずーっと前だな。
ここらには、竜が住んでいた。蒼く澄んだ瞳、宝石のように耀く瞳。翼は大地を包み込むように大きく、そして勇ましい。
その竜の名は――ハトレア――といった。
ハトレア竜には共に生きる人間たちがいた。他の人間たちはその者たちを――ハトレア族――と呼んでいたらしい。
ん? あぁ、『らしい』ってのは、オレも当事者じゃないからわからないんだよ。続けるぞ?
ハトレア竜はハトレア族にとって、とても偉大な存在だ。自然を司るハトレア竜は作物を不作から守ってくれた。住んでいたのは太陽の照り返しが強い崖近くの丘だったんだ。彼らはそこを拠点にしていた。
ある暖かい日の話だ。その日は珍しく、陽の光もそこまで強くなかった。
ハトレア族の一人の少年が、興味本位……そう、ただの興味本位だ。好奇心旺盛だったんだな。拠点からそう遠くない林に入っていった。
ハトレア族は警戒心が強かった。いつの頃からわからないが、かなりの間その崖近くの丘で暮らしていた。そこへ外からたどり着くのは一苦労。一度、ハトレア竜を狙った山賊が大勢攻めてきたが、竜の力と皆の持つ“不思議な力”で返り討ちにした。
そんな中で、「外の世界を知りたい」と瞳を輝かせていたのがその少年。馬鹿だよなぁ。あんなことしなけりゃ……。いや、いい。
林に入っていった少年が見つけたのは綺麗な湖だった。これだけ綺麗なんだ。仲間に知らせたら、わざわざ崖下の海まで海水を汲み上げて、そこから水を作り出さなくても十分。林の中は見たこともない木の実や生き物たちも多かった。これなら自然を愛するハトレア竜も気に入ってくれる。
ただな、そんなに綺麗な湖だ。他にそれを知っている奴らがいてもおかしくない。少年はそこに気が付くべき……だったんだよな。
喜び勇んで、少年は仲間たちに教えた。
最初こそ叱咤し疑いを向けていた仲間たちだったが、皆外の世界が気にならないわけではない。
ちょうど同じ頃、身寄りのない男たちが飢えて死にそうになっているところを仲間たちで助けたことがあった。
警戒心の強いハトレア族だったが、とても慈愛に満ちていて、記憶のないという彼らを放っておくことはできなかった。
外の様子も彼らから聞き、「恐れることはない」と思い始めた者も多かった。
何度目かの話で、「拠点を移してみようか」という意見が出た。やめとけばよかったのにな。
そしてまた、陽の照り返しもなく暖かい日。
少年は何人かの仲間を連れて林までやってきた。
林の中は以前と同じように綺麗な湖がひっそりと広がっている。仲間たちもすぐにその場所を気に入り、竜や他の仲間たちにも知らせようと、意気揚々と拠点まで戻った。
何が起こっているかも知らずに。
戻った時には、もう遅かった。
……山賊でもない、怪物でもない。
少年たちの、大切な愛すべき、ハトレア竜が、空を舞い、火を噴き荒れ狂っていたんだ。
少年はその場を離れてはいけなかった。仲間を連れていってはいけなかった。
……何故かって?
少年は、竜の化身だったからさ。
まだ、竜になりきれてもいない。だが人間の姿をした、ハトレア竜と同じ力を持つ。
面白いだろ? 少年は自分が竜だということも、皆と違う力を持つことも知らなかったんだ。
たしかに、身の回りで炎が噴き出し、風の言葉が読め、尋常じゃない回復力があることは不思議に思っていたけどな。
皆そうだと思っていた。そう、思いたかった。
少年はハトレア竜がどこからか連れてきた、ハトレア族にはいない、不思議な少年だった。
それでも、「ハトレア様の化身だ」と言って可愛がって、仲間たち総出で可愛がって育ててくれた。
今思えば、恐れていただけなのかもな。最初から。
竜を刺激しないために。
その後は悲惨だ。ハトレア竜は化身である少年が連れ去られたと思って火を噴いた。
同じ頃に助けた、あの男たち……三人組だったかな。あの一人が、あろうことかハトレア族の娘に手を掛けようとしたんだ。
あいつらは竜を狙うハンターだった。以前襲撃してきた山賊の一味で、その時にハトレア竜が金になると踏んだようだ。仲間に合流することもせずに、あの林で暮らしていつか報いてやろうと練っていたんだ。
そこにノコノコとやってきた少年。
この上ないチャンスだ。あとはうまくハトレア族と接触し、林までおびき寄せる。
その間、気に入った女子供も連れ去り、国へ帰る。人口が増えれば国も活気づくからな。
本当に、馬鹿だよな。誰がって? 誰だろうな。
ただやすやすと倒されるハトレア竜ではないことは一目瞭然。だから少年と仲間たち……そしてハンターの一人、こいつが口の上手い奴だった。その面々で林へ向かっている間に、休んでいるハトレア竜と女子供を狙う算段。
だが残ったふたりが駄目だった。力も頭もない。欲に溺れて、先に娘たちに手を出した。
それを察知したハトレア竜は、たぶん三人組が来た時から感づいていたのかもしれない。少年がいないことも相まって、激昂し炎の海で沈めていった。
炎は収まることを知らず、どんどん範囲を広げていく。
近くにあった王国、ハンター三人組の母国だな。そこまで広がっていった。
その王国では魔法が盛んで、騒ぎを聞きつけたとある魔法使いが「生贄に少女を差し出せば竜は封印される」と言い出した。
人々は戦々恐々としながらも生贄に相応しい少女を血眼になって探した。
そして、まだ魔力も乏しい、金髪の少女を見つけ出した。
齢はあの少年と同じくらい。
少年は叫ぶ。
「そんなことをしても意味がない! オレがハトレア竜を止めるから! だから……」
しかし、もう少年の話を聞く者は誰もいない。
少年は竜も一族も滅ぼす原因、最初からいらなかった存在。竜に怯えて暮らすなんてもうまっぴらだ、と。
聞きたくなかった言葉が巻きついて、そして──。
少女と共にハトレア竜は“封印”された。
まるでハトレア竜が泣いているかのように、王国や近辺では大雨が降り続いた。
え? 少年はどうなったかって?
さぁな……どこかで暮らしているかもしれないな。自分の過ちを悔いて。
おっと……お迎えが来たようだぜ。
長々、お話に付き合ってくれて、ありがとうなお嬢さん。
あ? また会えるかって?
どうだろうなぁ。約束はできねぇな。
オレ、好奇心旺盛だからさ。




