8. ずっと一緒にいたいのなら
あれからあっという間に4年の月日が流れた。
フィーネはもう普通に外を歩き回れるようになり、病気の後遺症も全くなかった。
おかげで大人達の仕事を手伝ったり、家事をしたりと女の子らしい生活を送れるようになっていた。
シルヴィとユリアとは、あれから疎遠になってしまった。
町で見かけたときに挨拶を交わす程度で、雑談をしたり一緒に遊んだりすることは一切ない。
ただの知り合いのような関係だ。
2人ともフィーネをいじめていたことに負い目を感じているのかもしれない。
そう考えると少しもやもやするが、かといってこちらから声も掛けづらかった。
だからそんなぎくしゃくした感じは、どうしようもできなかったのだ。
それよりも、フィーネにとって辛いことがあった。
それは、ロバートのことだ。
彼は「最強の魔道具を作る」という夢を叶えるために、都心部の魔法学校に進学することになったのだ。
2年前くらいから勉強で忙しくなり、彼と中々遊べなくなった。
それでもロバートは時間を作ってくれて、よく会いに来てくれた。
ある日、少し申し訳なくなってロバートに尋ねてみたことがある。
「ねぇロバート……勉強、大丈夫?」
「平気平気! むしろこうやって息抜きしないと、頭おかしくなっちゃうからな!
心配してくれてありがと、フィーネ」
そう言って彼はいつもの笑顔を見せてくれた。
ロバートは嘘を隠すのが下手だ。
声のトーンや表情は上手く隠せているのだが、尻尾が小刻みに動いてしまうのだ。
本人は一切気づいていないが、そうやって無理をしているロバートを止めることなんてしょっちゅうだ。
だけど、今回尻尾は動いていない。
無茶をしているのは間違いないだろうが、それでロバートの気晴らしになっているのは事実らしい。
だからフィーネは、それ以上彼に何も言えなかった。
そうして、今年魔法学校の入学試験があった。
結果は、見事に合格。
ロバートは来年度から、学校に通うことになった。
だが、都市はここからかなり距離が離れている。
それゆえ、ロバートは上京しなければならなかった。
幸いクライドが冒険者を引退して酒場を開くことになったから、彼に色々と頼るつもりらしい。
(でも、もうロバートと離れ離れになる……
そんなの、つらいよ……)
長期休みには帰ってくるとのことだが、今までみたいに頻繁に会えなくなるのは確実だ。
これから、不安な時どうすればいいのだろう?
困ったとき、誰を頼ればいいのだろう?
……好きな人と会えない寂しさを、どうやって埋めればいいのだろう?
そんなことをくよくよ考えていると、いつの間にかロバートが出発する日になってしまった。
ロバートは大勢に見送られるのが嫌で、早朝にそっと出かけることになった。
そのため、前日の夜にフィーネは別れの挨拶に来ていた。
「……また、会えるよね?」
「おう、当たり前だ!
絶対に時々帰ってくるからさ、そんな泣きそうな顔すんな」
11歳になり背が伸びたロバートは、いつものように頭を撫でてくれた。
出会ったときは同じくらいの身長だったのに、いつの間にか見上げないといけないほどの追い抜かされていた。
顔つきも少し大人びて、もっと頼もしくなった。
それが余計にフィーネの胸を締め付けた。
「会えなくても、手紙送るからさ。
そん時は返事書いてくれよ?」
「う、うん……」
フィーネは無理やり笑顔を作った。
彼を心配させまいという配慮でそうしたものの、かえって逆効果だったようだ。
ロバートは少し悲しそうにしていた。
「……じゃ、またな」
「…………うん」
フィーネはそれ以上何も言えなかった。
そんな中ロバートは明るく手を振りながら、家へと帰ってしまった。
彼女はそんな彼を止めようとしたが、そんなことはできなかった。
ここで立っていても仕方ないと思い、フィーネも帰路に就いた。
足取りは重く、呼吸も苦しい。
それでも後ろを振り返らないようにするのが精一杯だ。
そうして俯きながらとぼとぼと歩いていると、視界に誰かの足が写った。
ゆっくりと顔を上げると、見覚えのある女の子が2人通せんぼしている。
……シルヴィとユリアだ。
「フィーネはん、聞いたで。
ロバートはんが町を出るって。
さっきまで別れの挨拶してたん?」
「……」
ユリアの声色はとても優しかった。
まるでフィーネに寄り添ってくれているかのように。
だが逆に、フィーネはどう反応すればいいのか分からなかった。
そうしていると、シルヴィがあからさまにいらいらし始めた。
顔つきが険しく、腕を組みながらずっと人差し指で自分の腕をトントン叩いている。
その様子が昔フィーネが虐められていた時を想起させ、思わず彼女は後ずさりしてしまった。
「それでいいミャ?」
「…………え?」
聞き返したその瞬間、シルヴィは吹っ切れたかのように突然言葉をまくしたてた。
「フィーネはそれでいいのって聞いているミャ!
フィーネはいっつもうじうじして、本心を抑え込んで、それで不幸そうな顔をして……!
そうやって何にも行動しないのが、シルヴィは大っ嫌いミャ!!
ねぇ、本当はどうしたいの!? フィーネ!!」
そこまで言うと、シルヴィは肩で息をしながら落ち着きを取り戻した。
対するフィーネは、そのまま立ち尽くしていた。
だが次第に心の奥底に押し込んでいたものが溢れてきて、自然と涙で視界が歪んだ。
気が付いた時、フィーネは泣いていた。
「そんなの、決まっている……
本当は、ロバートとずっと一緒にいたいよ!
一緒に都市に行って、これまでのように傍にいたい!
でも、でも……!」
そこでフィーネは上を向いて、声を上げて泣きじゃくり始めた。
しかしシルヴィとユリアはそれを見て、逆に安堵したような顔をしている。
そのまま2人は頷くと、シルヴィはフィーネの肩を優しくつかんだ。
「だったら、悪い子になっちゃおうミャ」
「づっ……ふぇ?」
フィーネはしゃっくりを上げながら、シルヴィの顔をまじまじと見た。
すると今度は、ユリアがフィーネの肩に手を置いた。
「ロバートと別れんようないいアイデアあるで。
でもそのためには、いい子でおること捨てなあかん。
大丈夫、うちらもそばにいてあげるさかい」
「……?」
悪い顔をしたシルヴィとユリアは、無垢な女の子であるフィーネにあるアイデアを囁いた。
***
翌日の早朝、ロバートは父親に見送られながら町を後にした。
彼はクライドが馬を引く荷車の上に、自身の荷物と一緒に乗っていた。
そこには、クライドの私物も山のように積まれている。
「……はぁ」
ロバートは静かに昇る朝日を眺めていた。
朝の晴れ空は、夕方と比べ物にならないほど色が澄んでいる。
沈む心を浄化してくれるほど。
こんなに朝日が奇麗なことを、ロバートは初めて知った。
「心残りがあんのか?」
「まぁ……無いといえば嘘になるかも。
でもオレなりにできる限りのことはしたさ」
クライドは無言のまま馬を引き続けた。
荷車のカラカラという音が、とても心地よい。
周囲の森も静かだから、なおさらだ。
ロバートは心を無にして、荷車に身を委ねることにした。
そんな時、ガサゴソと乱雑な音が彼の耳に入った。
長い耳を色々なところに向けて音源を探ると、荷物の山の方向から聞こえる。
「……?」
ロバートは恐る恐る荷物に近づいた。
そして少しずつ山を崩していくと、突然何かが飛び出してきた。
「――うわっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!??」
突然飛び出してきたユリアに驚いて、ロバートは盛大に叫び声をあげた。
危うく荷車から落ちるところだったが、そこは根性で何とか耐えることができた。
ロバートの声にぎょっとしたクライドが振り返った時には、フィーネとシルヴィもひょっこりと現れた。
「え!? は!? ん!?
なんでオマエらがいんの!?
コレ、どうゆう状況!?」
ロバートは完全に思考が停止していた。
クライドも何が起こっているのか分からず、見たことのない情けない顔をしている。
それを見たシルヴィとユリアは、満足げに小悪魔のような顔で爆笑していた。
フィーネは少し恥ずかし気に、人差し指で頬を掻き始めた。
「えへへ……ついてきちゃった……」
「はぁ!?」
まだ状況の飲み込めないロバートの肩に、シルヴィはにやにやしながら手をまわした。
普段の彼なら照れて失神してしまうが、そんな余裕はないようだ。
「フィーネみゃんがね、ロバートと離れたくないんだって。
だから3人でついていくことにしたミャ!
どう、驚いたミャ?」
「――」
ロバートは呆れて絶句していた。
完全にキャパオーバーのようで、固まってしまっている。
クライドも大きなため息を漏らした後、頭を抱えていた。
「親の許可はもらってんのか?
住居と仕事の目途は?」
「ヒュー、ヒュー♪
なんのこっちゃ?」
ユリアの返答に、クライドは更に沈み込んでしまった。
出発してからすでにかなりの時間が経っており、引き返そうにも時間がかかる。
かといって、このまま3人を連れて行くわけにもいかない。
どうすればいいのか、クライドにはわからなかった。
「あの、クライドさん」
「……あ?」
フィーネは振り返ったクライドの目をまっすぐと見つめた。
そしてシルヴィとユリアに背中を押されるように見守られながら、意を決して心の中をさらけ出した。
「こんな迷惑なことをして、本当にごめんなさい……
でもどうかこのまま、一緒に都市まで連れて行ってくれませんか!?
これ以上、お2人に迷惑を掛けたりしませんから!
お願いです!」
フィーネは深々と頭を下げた。
ロバートが大慌てで彼女を止めようとしたが、シルヴィとユリアに阻止されてしまった。
今まで内気だったフィーネがここまで無謀なことをするのは、逆に彼女が本気であることを物語っていた。
それをクライドは分かっていた。
クライドはしばらく考え込んだが、やがて前を向いてしまった。
「ちっ……仕方ねぇ。
ちょうど店の従業員を雇わねぇといけねぇところだった。
住み込みでこき使って構わねぇというなら、このまま乗せてやる。
親にはしっかりと自分で言い訳しろよ?」
「えっ……? いいんですか?」
クライドは何も言わなかった。
だけどそれは状況的に肯定を意味していた。
フィーネはシルヴィとユリアを見ると、大喜びでお互いにハイタッチした。
ロバートはそれを見て、顔を引きつらせる。
「フィーネ、いつからそんな大胆なことができるようになったんだよ?」
「えへへ……」
「褒めてねぇよ!」
「ロバートはん、いい加減素直になったらどうや?
フィーネはん、ここまで追っかけてきたんやで?」
「ソレ、どうゆう意味だよ!?」
「あーあ、ロバートって本当に鈍感だミャ。
これじゃあまたフィーネみゃんを泣かせちゃうよ?」
「な! オマエってヤツは……!
あ、そういえばその”ミャ”口調やめた方がいいぜ?
都市でそんなしゃべり方する人いねぇからな」
「ミャッ!? なんだって!?」
「ちょっとロバート、シルヴィ!
こんなところで喧嘩しないで……!」
フィーネが止める間もなく、2人の間から火花が散り始めた。
こうしてロバートの都市への旅は、とても愉快なものになったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
本作は連載作品「紙細工の英雄」のサブストーリーとなります。
本編ではクライドが経営する居酒屋はもちろん、フィーネ、ユリア、シルヴィが店員として登場します。
ロバートは本編主人公の仲間として、第3章と4章で大活躍します。
本作が面白いと感じた方は、是非ロバートの野望と信念の強さを本編でも見届けて頂けると嬉しいです。




