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7. ちょっとした仲直り

 ロバートの背後で熊は左横に思いっきり吹き飛ばされた。

 相当の威力だったのか、その時熊の顔面からバキバキと骨が砕けるような音がした気がする。

 

 ロバートが驚いて立ち止まると、彼の目の前にはクライドが立っていた。

 クライドが3人を庇うように前に出ると、ロバートは安心してその場に崩れるように倒れた。

 それにより不意に落とされたシルヴィとユリアは、大慌てでロバートを起き上がらせようとした。


「ロバートみゃん! 大丈夫!?」


「ぜぇ……ぜぇ……」


 ロバートは必死に息を切らすだけで、返事をしない。

 それほど必死に走り、すでに限界を超えていたのだろう。

 2人はどう対処すればいいのか分からず、あたふたすることしかできなかった。


「ゆっくり深呼吸させて、そこで休ませろ。

 1分で片付ける」


 クライドはそういうと、拳をバキバキ鳴らしながら熊を睨みつけた。




 熊は顔面が物理的に歪んだ状態で、遠くの折れた木の上に横たわっていた。

 だがまだ息の根があるらしく、ゆっくりと立ち上がり低く唸りだした。

 そして狙いをクライドに定め、姿勢を低くして毛を逆立てた。


 そんな緊迫した中、最初に動いたのは熊の方だった。


「オォォォォォ!!!」


 熊は何の迷いもなく、クライドに突進しようとする。

 対するクライドは拳を構え、相手が来るのを冷静に待っていた。


 熊は襲い掛かろうと飛び上がった。

 空中で黒くて鋭い爪を見せびらかし、体の大きさを見せつけた。

 そしてそのまま、獲物を八つ裂きにしようと手を下ろそうとする。


 

 その時だ。


「――らぁぁぁぁぁ!!!」


 クライドは渾身の一撃を、熊の心臓に向かって放った。

 瞬間、熊は胸を軸にくの字に折り曲がり、衝撃波が背中から放たれた。

 そして骨が何本も折れる鈍い音が聞こえたかと思うと、黒い巨体が宙に浮きあがる。

 

 やがて熊は地面に落ち、ピクリとも動かなかくなった。


「……ふぅ」


 クライドは人仕事を終えたかのように、首をバキバキ鳴らし始めた。


 彼は自分よりも大きい熊の心臓を一撃で潰してしまった。

 クライドは現役の冒険者であったため、これくらいたやすいことだった。

 でも、シルヴィとユリアの腰を再び抜かすには十分すぎる威力だった。

 2人はロバートの面倒を見ながらも、抱き合ってブルブル震えだしてしまっていた。


「なんで怯えてやがる?」


「ひっ!? だ、だってこの後シルヴィ達を怒る気でしょ?

 そう考えたら、こ、殺さ……」


 それ以上、シルヴィは言葉を放つことができなかった。

 ユリアも同じく、何も発せられない様子。

 クライドは大きなため息を吐きながら、ロバートの方へ歩き出した。


「本来この時期はガキは立ち入っちゃいけねぇ。

 だから大人に怒られるのは当たり前だ。

 ……だが、先に帰るのが先だ。

 その後たっぷり絞ってやる」


 そういうと彼は、動けないロバートをおんぶした。

 彼の背中はとても硬くてごつごつしているが、分厚くて温かい。

 それだけでロバートは、少し泣きそうになり顔を埋めてしまった。


「もうすぐ日が暮れる。

 テメェらは自力で歩けるだろ?

 さっさと戻るぞ」


 クライドは近くに置いてあった焚火の材料を拾い上げると、すたすたと歩きだしてしまった。

 シルヴィとユリアは顔を一旦見合わせるも、置いていかれまいとついていく。

 その時既に太陽は、地平線に沈もうとしていた。




***




 町に戻った途端、4人は大勢の人達の出迎えにあった。

 いなくなった子供を心配して、調査隊を派遣しようとした矢先だったようだ。

 もちろん注目の的は、シルヴィとユリアだ。


 集団の中から、男女2人組の大人が目の色を変えて前に躍り出た。

 たぶんシルヴィとユリアの両親だろう。


「お前達、怪我はないか!?」


「この時期の森は危険だって言ったでしょ!? どうして入っちゃうのよ!?」


「うう……ごめん、なさい…………」


 シルヴィはあからさまに凹んでいる。

 耳は垂れ下がり、尻尾も丸まっている。

 ユリアも同じく両親に怒られているようで、シルヴィと同じ状態になっていた。


 それを眺めながらロバートはクライドの背中から降りた。

 すると、大人の集団の中からぬるりと子供が現れた。

 彼女はロバートを見た途端、泣き出しながら彼に抱き着く。


「ロバートぉ……うえぇぇぇぇん!!!」


 突然のことで、ロバートは顔を真っ赤にしながら動揺してしまった。

 でも、気絶することはなかった。

 服がフィーネの涙でびしょびしょになっていく感触が、彼の意識をつなぎとめていたのだ。

 ロバートは複雑な笑みをこぼしながら、彼女の頭を撫でようとした。


 

 その時、クライドから拳骨が落ちた。

 

「いって!!」


 反射的に振り返ると、クライドはかつてないほどの恐ろしい顔をしていた。

 ロバートは腰が抜けそうになったが、何とかがくがくと震えることで耐えしのいだ。


「ロバート、なんであんな所にいた?」


「だ、だって! シルヴィ達が森に行って帰ってこないって聞いて……

 いてもたってもいられなくなって――」


「それでガキだけで行動する理由になると思ってんのか!?

 俺がたまたま見つけなきゃ、テメェら今頃ヤツの腹ん中だぞ!

 ったく、テメェはいつもいつも人のために無茶ばっかしやがって!

 どうやら今までのしつけが生ぬるかったようだな……」


 クライドの気迫が凄まじ過ぎて、ロバートは短い悲鳴を漏らした。

 彼は姿勢を正したまま、毛を逆立て痙攣している。

 あとほんのちょっとした刺激があれば、気絶してもおかしくないだろう。

 

 その時、フィーネが庇うようにロバートの前に出た。


「……あ? んだよ?」


「……ぅ……」


 フィーネは真っ赤な目でクライドをまじまじと見た。

 確かに、ロバートは危なっかしくてすごく心配になる。

 でもだからって責め立てるようなことはしていないはずだ。

 だからロバートをこれ以上叱らないでほしい。


 そう言いたかったが、案の定怖くて声が出せない。

 ただ涙目で訴え続けることしか、フィーネにはできなかった。



 しばらくそんな見つめ合いが続くと、クライドの顔がどんどん険しくなった。

 それは怒りに満ちた恐ろしいものではなく、困惑の色がとても強かった。

 次第に酸っぱいものを食べたような顔になったかと思うと、大きなため息を漏らした。


「ちっ……ま、俺が怒らずとも兄貴が注意するか……

 俺は焚火の準備してくるから、念のため医者の所に行くんだぞ?」


 そういうとクライドは森で採取した材料をもって町の奥に行ってしまった。

 フィーネが後ろを向くと、ロバートは腰を抜かして項垂れていた。


「だ、大丈夫……?」


「あぁ……ありがと。

 おかげで命拾いしたぜ……」


 フィーネはロバートに手を差し出した。

 彼は一瞬恥ずかしそうに目を逸らすも、ゆっくりとその手を握った。

 そしてフィーネに引っ張られるように立ち上がり、お尻についた雪を掃い始めた。

 ……その時ぴくぴく動いたロバートの尻尾が可愛かったのはここだけの話だ。




 ふと、横から人の気配がした。

 フィーネが振り向くと、そこには真顔のシルヴィとユリアがいた。


「ひっ……!」


 フィーネは一瞬肩を跳ねさせると、ロバートの背後に回った。

 そして怯えながら顔を少しだけ覗かせて、2人の様子を伺った。


「…………」


 シルヴィ達は何も言わなかった。

 しかし、何をしに来たのかロバートは大方察したらしい。

 むすっとした表情で彼が睨みつけると、「うっ」と言いながら目を逸らした。

 そのまま重い空気が流れたかと思うと、シルヴィが観念したかのように重い口を開いた。


「…………ごめん、なさい」


「えっ?」


 想像だにしていなかった言葉に、フィーネは目を丸くした。


「今まで、いじめて……ごめん……

 いつも諦めたように……外眺めてたから……

 その……イライラして……」


 フィーネは無意識にロバートの背に隠れるのをやめていた。

 そんな中シルヴィははっと気づいたかのように、突然ユリアを肘で小突いた。

 ユリアは我に返ったかのようにびくっと肩を震わせると、シルヴィと同じようにぼそぼそと話し始めた。


「うちも、ごめんな……

 最初は励まそうと思ってたんやけど、つい楽しくなってもうて……」


「……」


 唖然とするしかなかった。

 一体2人の心境がどうして変わったのか、見当もつかない。

 でも、どうしてだろう?

 無意識に、口角が緩んでいくのが分かった。

 フィーネはそのまま感情が追いつかないまま、自然と言葉を口にしていた。


「……ううん、心配してくれてありがとう」


 シルヴィとユリアはきょとんと互いの顔を見つめ合った。

 しばらくしてフィーネが許してくれたことを理解すると、2人の顔から安堵の色が見えた。




 こうして、この日の夜はフィーネの人生で一番楽しい時間となった。

 皆で大きな焚火を囲い、古い歌を歌いながら炎の音に耳を傾ける。

 そしてロバートと一緒にはしゃぎまわり、いつの間にか終わりの時間を迎えた。

 その後フィーネは温かいお風呂に入り、ぐっすりとベッドの中で眠りについた。

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