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4. ずっとこの時間が続きますように

 あの日以降、シルヴィとユリアは来なくなった。

 ロバート曰く、2人はクライドにかなり絞られたらしい。


 ユリアに関しては、クライド本人が家に乗り込んできたそうだ。

 最初彼女の両親はクライドを不審者扱いしていたが、あの猛烈な覇気で事情を説明したらあっけなくユリアを渡したらしい。

 その後のことは、想像に難くなかった。


 

 そうして心理的負担が減ったおかげか、フィーネの体調はどんどん良くなっていった。

 あまりにも元気すぎて家の中を駆け回り、主治医の度肝を抜かす程だ。

 おかげでフィーネは予定よりも早く外出許可がおり、着々と迫っていた町の大きな祭り「訪冬祭(ほうとうさい)」に参加できることになった。




 祭りの日、フィーネは母親に念入りに防寒対策が施された。


「いい? 絶対に無理しちゃ駄目よ?

 少しでも疲れたり、体調が悪くなったら家に帰るのよ?

 きつそうだったら休める場所を見つけてね」


「もー、分かってるよ。

 心配し過ぎだよ、お母さん」


 防寒着でぐるぐる巻きにされたフィーネは、不満そうにほっぺを膨らませた。

 まだ完全に回復していないことくらい、自分でも分かる。

 それにこの祭りは一人で回るわけではない。

 ずっと毎日のようにそばにいてくれた、あの子と一緒に……


「どうしたの? 顔が赤いわよ?

 もしかして、熱が――」


「な、何でもないよ!

 じゃあ行ってきまーす!」


 フィーネは心配する母を掻い潜り、玄関へと駆け出した。

 そして自分の心臓の鼓動を聞きながら、母に追いつかれる前に扉を開けた。






 待ち望んだ外は、白く輝いた雪に覆われていた。

 その中で大勢の大人や子供が忙しなく行き来してて、凄く活気がある。

 そんなの雑踏に近い風景でも、フィーネにはキラキラと光って見えた。


 そんな中、遠くから男の子が走ってくる。


「おーい、フィーネ!」


 ロバートだ。

 彼は大きく手を振って人混みを掻き分けながら、楽しそうにこちらに向かってくる。

 それがすごく嬉しくて、フィーネも思わず笑顔で走り始めた。


「ロバートぉぉぉ!!」


 フィーネはそのままの勢いで、ロバートに抱きついた。

 初めて触れる彼の体は、暖かくて柔らかい。

 それにすごくいい香りがする。

 あまりにも心地良くて、知らないうちに手に力が入っていた。


 突然、ロバートの体の力が抜けたのを感じた。

 ゆっくりと離れてみると、彼は顔を真っ赤にして気を失っていた。

 まるで緊張の限界を超えたかのように。


「ロバート……? ロバート!」


 ダメだ、完全に伸びている。

 フィーネが何度も揺さぶっても起きる気配がない。

 仕方なく、彼女はロバートを連れてベンチの方へ向かった。




 彼が目覚めたのは、それから間もなくだった。


「……アレ? オレ、何してたんだ……?」


 ベンチに横になっていたロバートはゆっくりと起き上がった。

 隣に座っていたフィーネは、それを見て再び抱きつこうとした。

 だがまた気絶されても困るので、その衝動をグッとこらえた。


「えっとぉ……大丈夫?

 急に倒れたからびっくりしたよ」


「え、倒れた……?

 あっ、そうだった!」


 ロバートはベンチから飛び降りると、突然土下座をした。


「わ、悪い! 女の子に抱きつかれるの、初めてだったんだ!

 急にオマエにぎゅっとされた時……びっくりして、急に目の前が真っ暗になって……」


 彼は頭を上げずに、そのまま地面の雪に額を擦りつけた。


 彼は下心とかとは無縁な男の子だ。

 今まで毎日のように話していたから分かる。

 多分女の子に対する耐性がなく、すぐ気が動転してしまうのだろう。


 フィーネはそう考えることにした。


「そんな、気にしないでよ。

 むしろ急に抱きついちゃってごめんね?

 こうやって窓越しじゃなくてロバートに会えるの、凄く嬉しくて……」


 話している最中で、フィーネは自分が何を言っているかを察した。

 思わず漏れた本音が恥ずかしすぎて、彼女は赤面して両手で顔を隠した。

 なのにしっぽはずっとフリフリと激しく動いていて、感情を隠しきれていなかった。



 ロバートはどうして恥ずかしがっているのか分からない様子だった。

 彼はゆっくりと立ち上がると、困った顔を少し傾けた。

 結局フィーネの気持ちが分からなかったようで、彼は小さくコホンと咳払いをした。


「じゃあ早速、短冊をつけに行こうぜ!

 ほらほら、こっちだ!」


「え、あ――」


 ロバートはフィーネの手を掴むと、優しく引っ張って町の中心へと向かった。

 そんな2人の姿は、どこでも見かける仲のいい子供そのものだった。





 訪冬祭は、年中雪が降るこの町が無事に冬を越せるように祈るために始まったらしい。

 なので祭りの日の夜は、皆で何メートルもある大きな焚火の周りを囲んで歌を歌うのだ。

 

 大人達、特に男は昼間その準備に追われることになる。

 フィーネとロバートの父親やクライドも例外ではない。

 そのため昼間は暇な子供たちがターゲットとなるイベントが盛り沢山だ。


 お菓子を売る出店、的当て、おもちゃを使った大会……

 中でも一番人気なのが、町の中心にある大きな木に願い事を書いた短冊を吊るすこと。

 子供なら誰もが毎年やることで、飾り終わった後の巨木は凄くカラフルになる。

 その光景は、まさに圧巻と言うしかないだろう。




 ロバートは巨木の近くでその催しを管理している大人から2人分短冊を貰った。

 そして淡い水色の方をフィーネに渡し、オレンジ色の短冊を右手に持ったまま用意された机の方に向かう。

 2人は一瞬笑い合うと、置かれていたペンを持って各々の願いを書き込んだ。


「……ロバート、何て書くの?」


 書き終わったフィーネは、隣でまだ記入している彼に声を掛けた。


「もちろん、『将来最強の魔導具を作れますように』だ!」


「そっかぁ、ロバートの将来の夢って魔導具の職人だもんね。

 でも何で最強のものを作りたいの?」


 書き終わったロバートは、勢い良くフィーネの方に体を向けた。

 そして目を輝かせ、小さな尻尾を上下にピクピクさせながら彼女に迫る。

 その気迫とはしゃぎ様は、年頃の男の子そのものだ。


「だって、自分が作った最強のやつで無双するなんてカッコイイじゃないか!

 まさにロマン、そのものだぜ!

 それで多くの人を助けられたら一石二鳥だろ!?」


「う、うん。そうだね……」


 凄くワクワクしている。

 フィーネが無意識に縮こまってしまうほど。

 やっぱりロバートって男の子なんだなと、つい思ってしまう。


「そんなフィーネは何を書いたんだ?」


「へっ? あ、う、えっと、それは…………」


 ――これからもロバートと一緒にいられますように。

 フィーネが可愛い文字で書き込んだ願いは、彼女の本音そのものだ。

 こんなのロバート本人に教えるなんざ、恥ずかしすぎて爆発してしまう。


 フィーネは頬を赤らめながら、裏返した短冊で口元を隠した。

 対するしっぽは、人懐っこい犬のようにフリフリしている。

 今日はなんだかしっぽが元気すぎて、一層恥ずかしさが募ってきてしまう。


 ロバートはきょとんとしていた。

 フィーネが答えるのを、静かに待っているようだ。

 ここは何かを言わないと、多分この時間が続くだろう。

 フィーネは声を震わせながら、一言だけ囁いた。


「…………秘密」


「ん? そうか。

 まぁオレに言いたくないこともあるよな」


 そう言われると、少し申し訳ないような気がした。

 しかしロバートはそんなフィーネの気持ちを気にも止めず、短冊を吊るす木のところまで彼女を引っ張った。

 そしてお互い協力して、木の太い枝に何とか括り付けた。




 フィーネはしばらく少し離れた場所から巨木を眺めた。

 まだお昼過ぎだというのに、既に色とりどりに飾られている。

 一体夕方ごろにはどれくらいの短冊が実のように垂れ下がり、色鮮やかになるのだろう?

 そう思うと、少し胸がどきどきした。


 突然、背後から何か投げつけられた。

 さらさらと何かが崩れる音がしたから、多分雪だろう。

 全然痛くはなかったが、なんだか背中を押されたような衝撃があった。

 振り返ると、ロバートが地面の雪をすくって雪玉を作っていた。


「ほら、約束だろ? 外に出れたら雪合戦するって。

 オレが一点先制な」


「むっ……ずるい!」


 フィーネは頬を膨らませると、咄嗟にしゃがんで雪を掴んだ。

 そして軽く握った後、雪玉を作るのに夢中になっているロバートに投げつける。


「あっ!? やったなぁ!」


 ロバートは仕返しと言わんばかりに、持っていた雪玉を投げた。

 しかしフィーネはひょいと躱してしまい、逆に彼は反撃を受けてしまう。


「ぐぐっ……! 絶対勝ってやる!」


 ロバートは悔しそうにそう宣言すると、何度も雪玉を作っては投げた。

 フィーネも楽しそうに笑いながら、疲れて動けなくなるまで彼と遊んだ。

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