2. 子供の大喧嘩
あの日以降、ロバートはよくフィーネのところに来るようになった。
彼女が病気で外に出られずいつも一人でいることを知って、話し相手になれればと考えたようだ。
といっても隙間時間を見つけて来ているようで、来る時間帯はまちまちだった。
それに話すことも家の話とか天気の話とか、どうでもいいくだらないことばかり。
それでも、フィーネにとっては十分すぎるほど幸せだった。
「そう言えばロバート、1つ頼みがあるんだけど」
「ん? 何だ?」
ロバートはいつものように窓からぶら下がり、外から顔を覗かせていた。
一瞬彼の優しい微笑みに一瞬フィーネの胸が高鳴った。
しかしすぐ我に返り、少しもじもじしながらベッドから飛び降りた。
「あれ? 動いて大丈夫なのか?」
「うん! 最近すごく調子が良くてね、家の中なら歩き回れるようになったの。
その時にこれを見つけて……」
フィーネは話しながら部屋の箪笥の中にしまっていたものを取り出した。
振り返るとロバートは宙ぶらりんの足をぶらぶらさせているのか、リズムよく体を左右に揺らしている。
その様子がなんか可愛くて、フィーネは再びドキッとした。
「……どうした? フィーネ」
「えっ、あ、いや! 何でもないよ!」
思わずフィーネは頬を赤らめながら目が泳いでしまった。
対してロバートはどうして彼女が焦っているのか全く見当がついていない様子。
彼の鈍感さに、ほっとするようなモヤモヤするような……すごく複雑な気持ちになった。
「え、えっとね……
このおもちゃなんだけど、仕掛けが壊れちゃってて全く動かないんだ」
「へぇ……なるほどな」
ロバートは右手を彼女に差し出した。
それに答えるように、フィーネは持っていたおもちゃをその手に置く。
すると彼は「よいしょっと」と言いながら、窓から飛び降りた。
代わりに今度はフィーネが窓から体を乗り出して、雪の上にしゃがむ彼を上から覗き込んだ。
「……ちょっと解体してもいいか?
後で元通りにするから」
「うん」
ロバートは出会った時と同じく、ポシェットの中の工具を全部地面に陳列させた。
直後その内の1つを手に取ったかと思うと、おもちゃの外殻を取り外した。
そして原因を探りながら、慣れた手つきで色々といじり始めた。
しばらくフィーネは、ロバートの作業をじっと観察していた。
最初は凄くワクワクして、彼女のふさふさなしっぽは嬉しそうに揺れていた。
でもしばらくすると飽きてきてしまい、どんどんしっぽの元気がなくなってきた。
やがてだらんと力尽きてしまったその時、フィーネは恐る恐る彼に声を掛けた。
「……ねぇ、今話しかけても大丈夫?」
「ん」
ロバートは短く返事をした。
かなり集中しているみたいだが、別にあまり気にしていないといった感じだ。
自分のことを気にかけているだけなんじゃ、とフィーネは一瞬顔を少しひっこめてしまった。
でも彼とどうしても話がしたいという気持ちに負け、フィーネは勇気を出して話題を振る。
「ロバートって、どうしてそんなに手先が器用なの?」
「んー……オレんちが魔道具の専門店だから、かな?」
ロバートは作業を一切止めずに、そのままボソッと返事をした。
彼の話では、父親がこの町唯一の魔道具の職人らしい。
それでロバートはよくそんな父親の作業を眺めたり、置かれている専門書を読み漁ることが多い。
そうして見よう見まねで手元の機械仕掛けのあらゆるものをいじっていたら、いつの間にかここまで器用になっていたそうだ。
「……ま、暇だったからってのが一番の理由かな。
オレさ、母さんがオレを産んだ時に亡くなって父さんしかいないんだ。
でも父さんはお金稼がないといけないから、オレの面倒を見る暇がなくて。
オレにとっての一番の遊びは、こういった機械いじりなんだ」
「そう、なんだ……」
なんか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
フィーネは何を言えばいいのか分からず、窓枠の上で突っ伏すことしかできなかった。
しかしロバートは何にも気にしていないようで、黙々と手を動かしている。
彼にとって、それはとても些細なことのようだ。
「ロバートって強いんだね……」
「ん? そうか?」
彼は少し間の抜けた声で返事をした。
もしフィーネが同じ立場だったら、毎日寂しくて泣いてしまうだろう。
なのにロバートは一切それを気にも留めてもいない。
もしかすると、彼はそういう人なのかもしれない。
打たれ強くて、やりたいことを見つけるのが得意で、とても頼りがいがあって……
そんな人としての理想像を詰め込んだ、輝いた男の子なのだ。
そう考えると、フィーネは彼から目を離せられなくなった。
ロバートが難なくおもちゃを修理し終わると、太陽が傾き始めていた。
「もう夕方か。
悪い、あんま遅いと父さんに怒られる。
今日は帰るよ」
「……明日も、来てくれる?」
ロバートなにっこりと頷きながら、修理したおもちゃを返してくれた。
試しにおもちゃのゼンマイを巻いてみると、カラカラと音を立てて動き始めた。
フィーネはお礼を言う代わりに、笑顔を返した。
ロバートは手を大きく振りながら、後ろを振り向き家路につこうとした。
その時、遠くから見慣れた女の子2人がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
「あれ、フィーネさんに思い人できたんか?
ふーん、あんまり頼りなさそうな子ウサギやなぁ」
ユリアはロバートを小馬鹿にするようにクスクスと笑い出した。
それにつられるように、シルヴィも彼を見下す。
「ミャ? 君ってもしかして、隣のお店の子?
こんなところで油売って何してんだミャ?
もしかして、私達と一緒であの引きこもりをおちょくるためー?
じゃあ一緒に遊ぼうよ、ロバートみゃん」
シルヴィはロバートの肩に手を回し、彼を逃がさないようにした。
ロバートは抵抗したが、思ったよりも力が強かったようで抜け出せないようだ。
彼はすぐにあがくのをやめ、困ったように腕を組んだ。
そして、窓の奥でぶるぶる震えているフィーネの方を向いた。
「フィーネ、コイツらが言ってたヤツか?」
「……」
彼女は窓の下に顔を隠してしまった。
でもそこからはみ出ているモフモフの耳は頭にペタッとくっつき、いつものように立っていない。
ロバートは彼女達をいじめる子達がいるということをフィーネ本人から聞いていた。
フィーネの様子から察するに、ロバートの勘は正しいようだ。
ロバートはシルヴィを睨み返した。
「オマエら、いつもフィーネをいじめてるらしいな。
痛い目見たくなけりゃあ今すぐ帰れよ」
「…………は?」
シルヴィはゴミを見るような目で彼を見た。
完全に地雷を踏んだようだ。
その顔があまりにも恐ろしくて、取り巻きのユリアがたじろいでいる。
フィーネもしっぽの毛が反射的に逆立ち、太くなってしまった。
「生意気だねぇ、ロバートみゃんは。
誰に喧嘩売ってるのかってわかっているの?
シルヴィ達はね、いつもくよくよして情けないあの子を親切にかまってあげてるんだミャ。
逆にお礼を言ってほしいんだけど」
「は? 馬鹿なのか?
オマエらに感謝するわけねぇだろ。
いつまでもこんなことを続けてたら、その内しっぺ返しが来るぞ?
例えば……こんな風にな!」
「――ミャ!?」
シルヴィは訳も分からないまま、ロバートに顔面を殴られた。
本気でやったみたいでかなり勢い良く飛ばされたが、地面が雪だったせいでそこまでダメージは大きくない。
それでもかなり痛いようで、シルヴィはしばらく大の字になって顔を歪ませていた。
「……いっったぁ! なにするんだミャ!?」
「悪いヤツに制裁を下しただけだ!
悔しんならやり返してみろよ!」
シルヴィはわざと、皆に聞こえるほどの大きな舌打ちをした。
そして怒り任せにロバートに迫り、彼の顔に拳をぶつけた。
ロバートはその衝撃で後ずさりするも、つかさず反撃に出る。
そして、2人はその場で大喧嘩を始めてしまった。
フィーネはあたふたしながらその様子を見ていることしかできなかった。
ユリアも肝を抜かれて同じ状態だ。
気がつくとシルヴィの頭にたんこぶができ、ロバートの顔にはひっかき傷がある。
それでも2人は取っ組み合いを終わらせようとはしなかった。
(どうしよ……これ止めないと、大変なことになるよ!)
でもどうやって?
元気になったとはいえ、まだ外出は医者に許可されていない。
たとえ割って入ったとしても、ただ巻き込まれるだけになるだろう。
ユリアに助けを求めるも、彼女はこちらに一切気付いていない。
フィーネは怖くて血の気が引くも、必死に声を絞り出した。
「…………や、めて」
だが小さすぎて2人の耳には届いていない。
その間に、シルヴィはロバートの耳を引っ張り出した。
対するロバートも、彼女のしっぽを思いっきり引っ張り始める。
これ以上は、本当に大けがに繋がりかねない。
(ウチのせいでロバートが傷つくのなんか……見たくないよ!)
フィーネは勇気を振り絞って、息を大きく吸った。
そして窓から身を乗り出し、大きな声を出そうとする。
その時だった。
遠くから、知らない大人がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
その人から発せられる殺気が凄まじく、まるで野生動物に迫られているような気がした。
ユリアは短い悲鳴を上げた後、そのまま逃げだしてしまった。
フィーネも怖くて思わず頭をひっこめそうになるが、その前にその大人が喧嘩する2人の真ん前に立った。
そしていきなり、2人の頭に本気の拳骨を落とした。




