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1. 辛い日常と素敵な出会い

 雪は、本当に綺麗だ。

 真っ白でフワフワしていて、まるで綿あめのよう。

 それに踏みつけた時のざくざくという音がとても心地よい。

 この場所では年中雪が降っているけど、それでもこの気持ちがすり減ることは一切なかった。




 でも、今のフィーネにはそれがとてもつらいことになっていた。

 触れたいのに、外に出られないせいで雪に触れられない。

 そもそも、ベッドから体を起こすのがやっとで窓から町の様子を眺めるのもつらい。

 その為フィーネの楽しみは毎日のように頑張って外を見ること以外になかったのだ。



 7歳のフィーネは重い病に罹っていた。

 不治の類ではないが、とにかく体が重くてつらい。

 それに完治には数年かかる。

 幸い山場は越えて回復期に入ったものの、それでも薬漬けの毎日で気が重くなっていた。


 そのうえ、彼女には友達がいない。

 幼い頃から病弱で外にあまり出られなかったのだから、当然と言えば当然なのだろう。

 でも、それはただの言い訳な気がする。


 声を掛けてくれる子達はいたのに、フィーネは怖くて一切返事しなかったのだ。

 そのせいで、彼らはつまんなそうに離れて行ってしまった。

 強いて今の彼女に近づいてくるのは、たったの2人だけ。

 しかし、その子達と別に仲がいいわけではない。

 あえて関係を言語化するなら――



 いじめっ子といじめられっ子の関係、といえるだろう。


「――いたっ!?」


 フィーネが開いた窓から街並みを眺めていると、顔面に雪玉をぶつけられた。

 雪は柔らかいのに、それはとても硬くて痛かった。

 投げられた方向を見てみると、いつもちょっかいをかけてくる獣人の子供2人がニヤニヤしてした。


「やーい! この引き籠りー!」


 狐の獣人ユリアは、わざと大きな声でフィーネを呼んだ。

 それが面白かったのか、猫の獣人シルヴィは笑いを堪える仕草をした。


「ぷぷっ……!

 そんなに外が気になるなら、思い切って外に出ればいいミャ!

 あっ! そっかぁ、意気地なしだから出れないんだ!

 可哀想! このままずっと引きこもっているしかないんだミャ!」


「――っ」


 フィーネは悔しくて窓枠をぎゅっと掴んだ。

 その様子を見て、シルヴィ達は大笑いし始めた。

 フィーネの目から涙がこぼれそうになった時、彼女達は楽しそうにどこかに行ってしまった。

 残されたのは、声を殺して泣くフィーネだけだった。




 こんなやり取りは日常茶飯事だった。

 フィーネが顔を出すと、すかさず彼女達が現れる。

 その度にいじわるされ、フィーネの反応を見て面白おかしく帰っていく。

 そして人知れず泣くのが、一連の流れとなっていたのだ。



 この辛い気持ちを煩わせようと、フィーネは近くに置いていたオルゴールに手を伸ばした。

 それは彼女の祖母から送られた、大切なものだった。

 音色とメロディがとても美しく、聞くだけで心が洗われる感じがするのだ。

 今ではこのオルゴールが、彼女の大きな心の拠り所になっていた。


 フィーネは慣れた手つきで、オルゴールの後ろのゼンマイを巻いた。

 その後ふたを開け、むき出しとなった部品がゆっくりと動くのを眺めようとした。


「あれ? 動かない……」


 大慌てで中を色々と観察したが、どこもびくとも動作していない。

 もちろん、いつもの綺麗な音色も聞こえない。

 フィーネは何も分からないながらも、あれこれと原因がどこかを探した。


「ううっ……どうしよ……どうしてか分からない……」


 完全にお手上げだった。

 お母さんに相談すれば、職人に直してもらえるだろうか?

 でもしばらくメロディを聞けないのは、フィーネにとってすごくつらいことだった。

 このオルゴール以外に、自分の気持ちを和らげる方法を知らないから。


 フィーネは再び泣き出しそうになった。




 その時、近くに生えていた木が急にざわざわと騒ぎ始めた。


「――う、え、ちょ、おわぁ!?」


 フィーネが何事かとポカンとしていると、突然木の上から男の子が降ってきた。

 彼は地面に直撃した後、しばらく痛がりながらそのまま伸びていた。

 その後、ゆっくりとお尻を擦りながら起き上がる。


「いったぁ……手が滑って落ちちまった……

 まぁでも目的のものは取れたし、そこは結果オーライか。

 ――って、あ! ポシェットが壊れた!?」


 男の子は雪の上に散らばった工具らしきものを見て目を丸くした。

 彼は手に持っていた何本もの枝を一旦その場に置くと、大慌てで落ちたものを拾い上げた。

 そして、蓋が壊れたポシェットの中に無理やりそれを突っ込み始める。



 年は、恐らくフィーネと同じくらいだろうか?

 長い耳に、座布団のような小さなしっぽ……

 恐らく、うさぎの獣人だろう。


 作業服のようなものを着ているし、職人の家の子らしい。

 彼の服や皮膚は、炭か何かで所々黒ずんでいる。

 見た目だけでも、彼がすごく真面目でまっすぐな性格なのがよく分かるような感じだった。



 男の子は視線を感じたらしく、ふと気づいたかのようにフィーネの方を見た。

 彼はしばらく彼女と目を合わせた後、申し訳なさそうに頭を掻き始めた。


「あー……起こしちゃったか?」


 フィーネは恐る恐る首を横に振った。


「そっか……騒がしくして悪いな。

 そこまでうるさくする気はなかったんだ。

 邪魔だよな? すぐ帰るよ」


 そう言って彼は全ての荷物を持ってそそくさと立ち去ろうとした。

 だがその際、男の子は何かに気づいたらしく足を止めた。

 そして窓からギリギリ見えるフィーネの手元を見て、少し考え込んだ。


「……そのオルゴール、音が鳴らないのか?」


「えっ? あ、うん……今開けたら、こんな感じで……」


 男の子は窓に駆け寄った。

 フィーネが突然のことで戸惑っている中、彼は手に持っていたものを一旦その場に置いた。

 そしてジャンプし、子供の低い身長でもオルゴールがじっくり観察できるよう宙ぶらりんの状態で窓から体を乗り出した。


「うーん……なるほどなぁ。

 ちょっとだけソレ、貸してくれるか?

 すぐ返すから」


「え、それは……」


 思わず、オルゴールを持つフィーネの手に力が入った。

 見ず知らずの子に、大切なものを渡すのは勇気が必要だった。

 シルヴィ達に毎日のように意地悪されるせいで、かなり疑心暗鬼になっていたのだ。

 もしかすると、そのまま持って逃げたり壊したりするかもしれない。

 そう考えると、少しの間とはいえ彼に貸す気力が起きなかった。



 その間、彼はじっとフィーネを見ていた。

 何も言わず、ただフィーネの返事をずっと待っているようだった。

 その目はシルヴィ達とは全く違い、とても優しかった。

 時間をかけて考えてくれて構わないと、そう言っているかのように。


 そんな男の子の態度からは、全く悪気を感じられない。

 子供心でも、彼が良心でそう言っているのだというのがよく分かる。

 彼は、シルヴィ達とは全然違うのかもしれない。

 そう考えてしまう程に。



 フィーネは意を決して、男の子にオルゴールを差し出した。

 彼は震える彼女の手を見て一瞬だけ驚いたが、すぐ優しい笑みを溢してそれを受け取った。

 直後窓から降りると、座り込んでオルゴールをいろんな方向から観察し始める。


「あーやっぱり、歯車に埃が溜まって動かなくなってる……

 でもこれなら、分解しないで手元の工具で直せそう!」


 男の子は意気揚々に、工具を雪の上に並べた。

 そして不安そうに窓から顔を出したフィーネに見守られながら、その場で修理し始めた。




 ……10分くらい経った頃だろうか?

 男の子は服の袖で顔の汗をぬぐうと、満足そうに白い息を吐きだした。


「――ふぅ、これで良し!

 試しにねじを巻いてみてくれ!」


 男の子は嬉しそうにオルゴールをフィーネに差し出した。

 フィーネはしばらく、男の子の手際の良さに圧巻されて動けなかった。

 自分では全然原因すら分からなかったのを、まさかこんなにあっさり直すなんて。


 しかしすぐにはっと我に返り、慌ててオルゴールを受け取った。

 直後緊張しながらもいつものようにネジを巻いて開けると、聞き慣れたメロディが奏でられた。


「す、すごい! 本当に直った!」


 フィーネは嬉しすぎて、涙をこぼしてしまった。

 男の子はそれを見て、一体何事かと戸惑っていた。

 でもすぐにそれがうれし涙だと理解したらしく、彼もニコニコしながらオルゴールの音色を聞いていた。


「……綺麗なメロディだな」


「うん……」


「オレはロバートって言うんだ。オマエは?」


「……フィーネ」


「そうか。直ってよかったな、フィーネ」


「……うん!」


 フィーネとロバートは、しばらく静かにオルゴールの音色に耳を傾けていた。

 その間も、雪はしんしんと優しく積もっていった。

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