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黒い茶碗

作者: 怒髪天

ある日の事であった。

とある片田舎の町では台風が過ぎ去りその片付けに追われていた。


気温28度は6月の初夏にしてはやたらと暑く、厳しい日差しの中、片付けに町の男子学生達らも動員されていた。


「あっついな」

悪態を吐きながらスコップを振う、町の数少ないこの道路を開通させるまでは、当分の間この作業は続くだろうと言うのが仲間達の予想であった。

幸いにも隣町の重機を投入する事で、格段に作業スピードは改善した。そんな時の事だった。


スコップを振うとガッと何か石ではない物に当たった。スコップの先で土を退けると手のひらに乗る大きさの木箱があった。


「何だこれ?」

ふと気になりトイレに行くと言ってサボりついでに休憩所に入って開けてみた。

中にはぬるりんとした黒々と輝く茶碗が入っていた、かなり上等そうで底面には銘が入っていた。

⦅上山寺 僧⦆

どうやらお寺から流れてきた物らしい、しかし不思議だった。上山は道路沿いにある山だがここに寺があるなど聞いた事がない。

とりあえず貰える物は貰っておけ、の精神で汚れた木箱を捨てて中の黒い茶碗をリュックに入れた。


―――――


所変わって町のJAの事務所は大騒ぎになっていた。

台風の件もあるがもう一件が作物の事だ。


台風が過ぎ去ってから山から水が来ない!

作物が枯れかけている!

訳の分からないウィルスが作物に蔓延している!

等の悲惨この上無い情報ばかりである、東京から急遽大学の農学者や地質学者を集めたが原因は不明であった、最早数日で事態が全て解決しなければ町の作物は全て枯れ果ててしまうだろう。


「だから!無理だって!」

そう言うのはとある農家の息子である、息子ではあるが既に齢50歳を超えた子どもの居るおじさんである。

「山に登るんや!」

そう言って聞かないのは80幾つ父親だ、最近は痴呆が現れてきて今回もその類だろうと息子以下家族全員思っていた。

JAの集まりに参加したと思ったら勝手にそんな事を言い出すものだから周囲の人達は呆れていた。


そんな中1人の中年男が手を上げた、昨年当選したばかりの町長である。

「おじいさん、何か心当たりがあるの?」

支持率を維持する為に藁にも縋る思いで問う。


「お寺や、お参りをせな」

「どこにあるの?」

「上山や!頂上のお寺に行かなあかん!」


―――――


一方その頃

道路の開通作業もひと段落し、日も落ちてきた頃家のリビングでぐうたらしていた。

「ご飯よ」

母親が言う。

「作業中に変な茶碗を拾ったんだけど使って良い?」

「大丈夫なの?それ洗った?」

「大丈夫!帰ってから洗ったし」


そう言って白米をよそっていつも通りに塩をかけようと、茶碗を覗いた。

無い、米が無い。

「おかしいなぁ」

勘違いだろうかと再びよそうが目を離した隙に消えてしまった。不気味に思った青年は普段使いの茶碗で食事を済ました。


―――――


町長達はと言うと山を登っていた。

ここの山はあまり高くはなく、おかしな事をしなければ遭難する危険も少ないとの事でおじいさんの代理で登っているのだ。


「ついたぞ!頂上だ」

もう辺りがすっかり暗くなっていた。

20度を下回る気温に半袖で来た事を悔いつつ辺りを捜索する。


しばらくして竹藪の奥、誰も行かないような場所に膝の高さ程の石垣があった、辺りには台風で崩れたであろう一見するとただの東屋に見えるお社があった。


「あれじゃないのか?」

事前に聞いておいたのが功を奏した。


ところが近づいてみると後ろ半分、丁度御神体の納められている箇所が完全に崖崩れに巻き込まれて、森の中へ消えてしまっているではないか!


鳥居と前半分だけの悲惨なお社を前に一行は立ち尽くす他になかった。


―――――


労働の駄賃とばかりに拝借してきた茶碗を前に悩んでいた、どうもこの茶碗は中に食い物を入れると何らかの力で消えるようで使い物にならないのだ。


ならば明日にでも元の場所へ返した方がいいのではと父親に言われるも、ネットで調べた結果戦後すぐの時代に廃寺になりました、と言うなんとも言えない結果であった。


叩き割って捨てようと考えていたある日の事だ、最早手遅れとばかりに盛大に枯れてビッキビッキにヒビの入った田んぼの横を通ると用水路で爺さんが何やら泥を掻き出している。


「爺さん、まだ掃除は早いんじゃないのか?」

「違うんや、廃寺の御神体を見つけようとしとるんや!アンタ知らんのか?」


「いや知らないけど、どんな御神体なの?」

「言い伝えによればまず色は黒でな丸っこい茶碗らしいんやが坊さんの人骨を練り込んであるらしい」


なるほど!と思い当たる節があった。

「もしかして上山寺ってとこ?」

「知ってんのか?なら手伝ってくれんか?」

「いや持ってる」


「は?」

「持ってる」


「不思議なんだよね、米よそったら消えちゃうし」

「お前は馬鹿か?人骨混ざってるんやぞ」


それから間もなくしてJAの事務所まで連れて行かれた。

「ほう、これが例の茶碗ですか」


黒い茶碗を前に職員の面々は興味津々であった。

お坊さんも呼ばれて念仏を唱える事になった。


町のお坊さんが災いを鎮めるために今回急遽事務所内に作った神棚に椀を置いて念仏を唱える。


外では何やら奇怪な影がうごめいている。

呻き声とべしゃべしゃと叩く様な音も。


念仏が終わるとそれらは一気に消えた。


―――――

後日、田んぼや河川には水は戻ったが作物はもはや手遅れであった。









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