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◆九白真緒
「きゃぁああ!」
私が鼻歌を歌いながらのんびり魚を焼いていると、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
声が聞こえた方を向けば、霊術師のお嬢様たちが、必死の形相で駆けてくるのが見えた。
一人は灘蔵さん。残りは、彼女とよく一緒にいる二人だ。
三人は、川から離れた木々が茂る森の中を懸命に走っている。
その後ろには、猿っぽい見た目の妖怪が三匹。
どうやら追われているようだ。
前を走る灘蔵さんたちは肩や脇腹を手で押さえており、そこから出血しているのが見て取れた。
襲われて、怪我して、逃げた、といったところか。
いくら霊術師の家といっても、死の恐怖に強いわけではない。
きっと戦闘経験が浅いせいで、負傷した瞬間にパニックに陥ったのだろう。
猿型妖怪は開けた場所まで出てくると、追跡をやめて停止。
ぐっと力をためるような姿勢で屈む。
次の瞬間、大きく跳躍。そして、逃げ惑う三人を飛び越えて着地。
威嚇するように牙と爪を構えて、彼女たちの前に立ちふさがった。
「こ、こっちに来るな!」
すると灘蔵さんが、石のようなものを私たちの方角へ向かって投げた。
猿型妖怪を攻撃するにしては、余りにノーコン。まったく方向が違う。
一体何を投げたんだろう。
目を凝らすと、それがただの石ではないことが分かった。
……あれは凶石。最近、妖怪討伐でよく目にしていたため、すぐに気付くことができた。
猿型妖怪は、凶石にくぎ付けとなって方向転換。
飛びつくようにして凶石を拾い、一飲み。
満足げな顔をした視線の先には、背を向けているレイちゃんの姿があった。
当のレイちゃんは、小石を連射することに夢中になっていて気づいていない。
「レイちゃん、気を付けて! 妖怪が来る」
私が声を出したのと同時に、猿型妖怪の内の二匹がレイちゃんと私めがけて飛びかかってきた。
「もう少しで当たりそうでしたのに……。邪魔をしないで下さい!」
レイちゃんがそう言いながら、指弾の照準を猿に変更。
大量の小石がすさまじい速度で連射され、猿型妖怪の胴体に命中する。
小石が連続で当たり、猿型妖怪の体が軽く浮く。
そして、連射が終わると支えがなくなり、地面に落下。
レイちゃんは猿型妖怪がダウンしたのを確認すると接近。
一切躊躇せずに、頭を踏み抜いて倒した。
うん、非常に手慣れた感じが伝わってくる。
ナナちゃんのところで経験を積んだのが一目で分かる光景だった。
私はというと、飛びかかってきた猿の片足をキャッチしてそのまま地面へ叩きつけた。
ダメージが薄いとみると、反動を活かして反対方向へビターンと叩きつける。
それを数度繰り返して動きが鈍くなったところで、レイちゃんと同様に頭を踏み潰した。
その光景を見ていた残りの一匹は、途中で立ち止まったまま硬直。
ワンテンポ遅れて、身をひるがえして逃げようとする。
「逃がさないよ」
私は小石を一つ拾う。そして、ぐっと握力を込め、指弾を放った。
弾かれた小石は、背を向けて逃げようとする猿型妖怪の後頭部を貫通。
頭を貫かれた猿型妖怪は勢いをそのままに、うつぶせに倒れて消失した。
ふぅ、これで一件落着。
私やレイちゃんが軽々に霊気を放つと、周囲に被害が出てしまう。
そういうわけで、こういう人が多いところで妖怪を倒すのは気を遣う。
巻き添え被害を出さずに済んで良かった。
これも、ナナちゃんのところで行った妖怪退治の経験が活きた結果と言える。
もし、妖怪退治に慣れていなければ、ここで霊気を放ってひどい有様になってしまうところだった。
鷹羽アキラとか鷹羽雷蔵は五属性らしいし、あまり強烈な霊気を放つと注目されちゃうだろうから、そういう意味でも、うまく倒せたと思う。
私はレイちゃんと視線を合わせ、笑顔で頷き合う。
うん、被害を最小限に食い止めたし、目立ってない。良いことづくめだ。
「霊気を使わず、体術と小石で妖怪を倒すなんて……。お前、おもしれー女だな!」
「うちのボディガードにほしいくらいだよ」
「相変わらず、意味不明な威力ね」
騒ぎを見て、鷹羽アキラと雪沢智仁、それにナナちゃんが駆け寄ってくる。
彼らに至っては、ひどく興奮しているように見える。
あ、あれぇ……。もしかして、めっちゃ注目されてる?
「ふふん、マオちゃんは凄いんですのよ!」
レイちゃんが得意げに胸を張って、上機嫌で鼻を鳴らす。
いや、レイちゃんも同じようなことしてたよね……。
さっき頷いていたのは、上手く立ち回れたからじゃなくて、活躍して目立ったからなの?
「そ、そんなことより、あの子たちの治療を」
「そうですわね。大丈夫ですか?」
妖怪を倒したことで、一瞬和やかなムードになるも怪我人が出ていることを思い出す。
私たちは介抱しようと、うずくまる灘蔵さんたちのもとへ向かった。
が、鷹羽雷蔵が眼前に立ちはだかる形で止めに入る。
「待ちなさい。近づいてはならん」
「じいちゃん、どうしたんだ? こいつら結構辛そうだぞ。早く治療した方が良くないか」
怪我人の治療を止められたため、不穏な空気が流れ始める。
それを見かねた鷹羽アキラが鷹羽雷蔵に進言した。
お嬢様たちの怪我は命にかかわるものではない。が、見るからに痛そうである。
「そうだな。止血はしなさい。あとは向こうで処置してもらいなさい」
「向こう? 病院ってことか」
「いや、霊術師更生施設だ。連絡は済んでいる。もうすぐ護送車が来るはずだ」
「は?」
と、私たち全員の反応を代弁したかのように、鷹羽アキラが目を見開いて驚く。
更生施設なるものは知らない。
だけど、護送車で運ぶ先にある施設なんだから、そういう場所だろう。
「監視カメラを確認した者の報告によると、この者たちは、防護柵を破壊して妖怪を呼び入れたんじゃ。しかも、凶石を大量に食わせてな。つまり、今分かっているだけで、建造物損壊、凶石不法使用、そして、妖怪をけしかけたわけだから傷害罪の疑いがあるといったところだな」
「それはダメだろ。ガチの犯罪じゃねえか」
鷹羽アキラは眉根を寄せ、険しい顔となる。
話が本当なら、いたずらで済むレベルではない。
襲われたのが私たちでなかったら、大惨事になっていた可能性もある。
灘蔵さんたちは、自分たちがどのくらい危ないことをしたのか、ちゃんと理解しているのだろうか。
「そうだ。かばいだてすれば、こちらも共謀に問われる。そもそも、わしらに妖怪をけしかけようとした嫌疑がある者をかばおうとは思わんがな」
鷹羽雷蔵は深い溜息を吐き、止血処置を受ける灘蔵さんたちを睥睨した。
「ち、違うんです雷蔵様! これには深いわけが!」
と、灘蔵さんが声を上げて弁明しようとする。
「知らん。そういったことは事情聴取で話せ。親には伝えてあるから、弁護士不在ということにはならん」
「そんな……。父さんと母さんが、このことを?」
「い、いやあ!」
「知らなかったんです! その場に行くまで聞かされていなかったんです!」
お嬢様たち三人は、絶望的な顔をして崩れ落ちる。
「いや、その場で止められただろ。あんまり動くと傷に響くぞ」
事前に知らなくても、知った時点で止めることはできたはず。
鷹羽アキラは、同情の余地を見せず冷たく言い放つ。
そんな風に三人が取り乱して叫んでいる間に、護送車が到着した。
場所を考えると、かなり早く着いたようにも思える。
そこは、十家の当主直々の要請というのも効いているのかもしれない。
三人はあえなくお縄となって、別荘から退散となった。
「はあ、釣りって気分じゃなくなったな」
参ったな、と呟き、溜息を吐く鷹羽アキラ。
「そうだね。集中力が切れちゃったよ」
「じゃあ、釣り勝負は別の機会ってことで」
鷹羽アキラの言葉に、ナナちゃんと雪沢智仁が同意する。
三人は、焼き魚をもしゃもしゃと食べながら、釣り勝負を無効にする話をしていた。
「って、なんで私が焼いた魚を普通に食べてるの!?」
「いや、丁度目の前にあったから。なあ?」
鷹羽アキラは頭を掻きながら、雪沢智仁の方を見る。
「焼き加減的に丁度食べごろだったから、ついね」
雪沢智仁は、うんうんと頷きながら、なおも魚を食べ続けていた。
「へえ、焼くの上手いね。これ、美味しいよ」
と、ナナちゃんが、私が焼いた魚を褒めてくれる。
あ、嬉しい……けど、そうじゃない!
「うむ、中々の腕前じゃ」
そしていつの間にか、その輪に加わって焼き魚を頬張る鷹羽雷蔵。
もう、やりたい放題だよ。
「一番よく焼けたのをレイちゃんにあげるつもりだったのに」
じっくり吟味して、美味しくできたのを食べてもらう予定だったのだ。
初めての釣りで、良い思い出の一つになればいいなと思っていたのに。
「まあ、よろしいではありませんか。まだ残っていますし」
と、レイちゃんが私をなだめてくれる。く、こんなはずでは。
私は、残った焼き魚の中で一番出来の良いものを選んで、まな板に載せた。
そして串を抜くと、骨を取って一口サイズにカットしていく。
レイちゃんにかぶりつかせるわけにはいかないからね。
そんな感じで、焼き魚をカットしていると鷹羽アキラが寄ってきた。
むぅ、散るがいい。この魚はレイちゃんのものだ。
「おい、それよりアレを教えろよ。どうやるんだよ」
「あれ?」
鷹羽アキラの目的は魚ではなく、アレだった。
で、アレってなんだろ? 覚えがなかった私は首を傾げる。
すると、鷹羽雷蔵までノリノリで会話に加わってきた。
「そうそうアレじゃ! 小石を弾いて飛ばしておったじゃろ!」
なるほど、アレとは指弾のことか。
「はあ。そんなことですか。まあ、こんな感じで弾くんですよ」
やる気もなかったので、雑にレクチャーした。
妖怪に襲われるわ、魚は食われるわで、モチベーションが上がらないから仕方ない。
私が適当に弾いた小石は、側にあった倒木に命中。
石は木に一センチ程めり込んでいた。面倒なので霊気は使っていない。
「おもしれー女と思ったけど。この威力は、ちょっとキモいな……」
人に教えろと言っておいて、いざ見せたらキモいと言う。
なんという仕打ちだろうか。
「でしょ。若干引くよね」
素で引いている鷹羽アキラに、ナナちゃんが深々と頷いて同意する。
「ああ……。こいつに逆らったら脳天に穴が開くってことか……」
鷹羽アキラは何を想像したのか、手の甲で額を拭い、ゴクリと喉を鳴らす。
「いや、そんな事しないから……」
妖怪から皆を守ったのに、一転して危険人物扱い。解せぬ。
「なるほど、こういう感じか。ほうほう! これは面白い」
ビシビシと音がするなと思えば、鷹羽雷蔵が倒木へ向けて指弾を連射していた。
一瞬でコツをつかみ、最大威力を叩き出している。
適当に教えたのに、ものの数秒で完全再現。ヤバい実力である。
と言った感じで一波乱あったが、釣り大会はこれでお開きとなった。
――その後、事件の被害者ということで、簡単な報告が送られてきた。
あの一帯は深い森に見えて鷹羽家の敷地内のため、監視カメラがそこかしこにあったらしい。
また、釣り会当日は、参加者に被害を出さないため、妖怪を警戒して広範囲に人を配置していたそうだ。
捕まったあの子たちは、その警備の人を襲って昏倒させていたとのこと。
その後に妖怪を誘導している動画もあって、擁護できるものがなくなったみたい。
自供の内容は、詳しく聞けなかったけど、妖怪をけしかけたのはナナちゃんを襲うため。
そして、あわよくば私たちも狙うつもりだった。
というわけで、容疑が確定した彼女たちは霊術師専用の収容所に移送となった。
霊術師は一般人より強いため、脱出を困難にした専用の施設があるらしい。
それが更生施設という名の刑務所なわけ。
彼女たちのしたことは、普通にアウトな罪状が並んでいるうえに、十家の人間にも危害が及ぶ可能性があった。
そのため非常に心証が悪い。
未成年ということを考慮に入れても、重い罰が下るとのこと。
まあ、やることやっちゃったんだし、こればっかりは仕方ない。
そんな波乱の釣り大会を経て、鷹羽アキラの私に対するイメージが、おもしれー女から一瞬にしてキモい女にランクアップした。
やったね……?




