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◆灘蔵野撫子
――真緒たちが釣りを始める少し前。
釣り場から少し離れた森の中。
灘蔵野撫子は、取り巻きの網柴と市鼠島を連れて、道なき道を歩いていた。
「あの女、調子に乗りすぎですね」
「そうよそうよ! 本来なら、灘蔵さんがアキラ様たちと仲良くすべきですのに」
網柴と市鼠島が兎与田七海を糾弾する。
当然のことだ。鷹羽アキラとお付き合いするにあたって、それにふさわしい家格というものがある。
兎与田七海は家格で判断すれば、序列は最下層の部類。
そのことを突かれないためか、鷹羽派に所属し、属性数は五ということを強調している。
しかし、五属性を謳っているが、本当かどうか疑わしいものだ。
「きっと序列というものを知らないのよ。自分の立場を自覚させるためにも、ちょっとお灸を据えようと思うの」
痛い目を見れば、出っ張った自尊心も引っ込む。
誰が鷹羽アキラの隣に立つのが相応しいのか、体で覚えてもらおう。
「それでこのような場所に?」
「ここに何かあるのですか」
網柴と市鼠島は木々がうっそうと茂る周囲を見て灘蔵に尋ねる。
灘蔵は待っていましたと言わんばかりに、用意していた木箱を取り出し、蓋を開けた。
「ふふっ、これよ」
中には、かなりの大きさの凶石が数個。更にその隙間を埋めるように細かい凶石がぎっしりと収まっていた。
「え……、凶石」
「それをどうするんですか?」
二人は禍々しい雰囲気を放つ凶石を見て、ごくりと喉を鳴らす。
「これを餌にして、この辺りに生息する妖怪を釣り上げるの」
「ここは鷹羽家の土地ですし、妖怪はいないのでは」
いくら人気のない森とはいえ、鷹羽家の管理する土地。
妖怪は定期的に処理されているのではと、疑問を口にする。
「でも、さっき壊した柵、術式が刻まれていたわよ」
「え、それじゃあ……」
網柴と市鼠島は顔を見合わせた後、怯えた顔で周囲を警戒し始める。
「その通り、ここからは管理外と考えるべきね。だから絶対いる。そいつをおびき寄せて、あの女にけしかけるの。それでちょっと痛い目に遭ってもらうわ」
灘蔵は、自分の企みが成就する様を思い描いて、口元をゆがめる。
「なるほど、それはいい気味ですね」
「あ……、でもあの女は五属性。弱い個体なら倒せてしまうのでは」
はっとした表情の網柴が、今思いついたであろう懸念点を口にする。
「問題ないわ。凶石は大量に持ち込んである。撒き餌を食べた妖怪が、あの女にたどり着くころには相当強くなっているはずよ」
そもそも、灘蔵は兎与田七海が五属性ということを疑っていた。
もし皆をたばかっているのであれば、妖怪をけしかけることで、その化けの皮をはぐこともできる。そうすれば、彼女の失墜は確実。
「なるほど……、完璧な作戦ですね」
「だけど、凶石を食べて強くなりすぎたら、今度は誰も倒せなくなってしまいませんか? あそこには雲上院と、その連れもいますけど。彼女たちは霊術師ではないはず」
網柴は、楽天的な性格なせいか、灘蔵の作戦に疑いを持たず、賛同してくれる。
市鼠島は、神経質な性格なせいか、灘蔵の作戦に不安を感じ、懸念材料を口にする。
長年一緒にいたため、二人の性格は熟知している。
話がこういう展開になるのは、いつものことだ。
「あいつらも少し懲らしめたいと思っていたの。ちょっと脅かすのには丁度いいわ。いざとなれば、四属性の私が何とかする。それに、あの場にはアキラ様と、当主の鷹羽雷蔵がいる。大事になることはないわ」
妖怪をけしかけるのは、兎与田七海を痛い目に遭わせるためだけではない。
自分の実力を鷹羽アキラと鷹羽雷蔵に示すためでもある。
相手を蹴落とし、自分の有用性をアピール。一石二鳥である。
もし、自分の実力で対応できなかったとしても、足止めくらいはできる。
その間に、鷹羽アキラと鷹羽雷蔵に妖怪を倒してもらえば問題ない。
討伐までに時間がかかればかかるほど、兎与田七海が苦しむことになるわけだから、どう転んでも問題ないのだ。
それに加え、雲上院礼香。あと、お付きの鮫歯。
あの二人も、ここで怖い目に遭えば二度とこういう場には現れないはず。
雲上院礼香が、他の資産家の子たちを引かせてくれたお陰で、ここであの二人も退場させることができれば、自分の独壇場となる。
「そうですよね!」
「それなら……」
灘蔵の説明を聞き、肯定の意を示す二人。
灘蔵は、網柴と市鼠島に凶石を分け与えた。三人で撒き餌となる凶石を設置していく。
準備を整え、灘蔵は楽しそうに笑う。
「あの女狐が泣きながら逃げ惑う姿が想像できるわね」
凶石を撒き終えた三人は茂みに隠れ、様子を伺った。
その場を離れなかったのは、妖怪が釣れなかった時に凶石の位置を変えるためである。
しばらく待っていると、がさっと草をかき分けるような音が聞こえた。
妖怪が釣れたことを確信した灘蔵は、凶石を置いた場所を確認する。
しかし、何も見当たらない。凶石もそのままだ。
少し遠方に視線を向け、辺りを見回すも何の姿もない。
どういうこと? と、灘蔵の心に焦りが生じる。
「あ」
その時、網柴が何かに気づいて、上を見上げて固まった。
灘蔵と市鼠島は、網柴の驚く顔を確認した後、視線を同調させて上を見る。
そこには、木の枝に立つ猿型の妖怪が三匹。枝を揺らして葉を鳴らしていた。
三人と妖怪との距離はごく僅か。
地上に気を取られていたため、接近を許してしまう。
飛びかかってくれば、一歩下がることが限界の距離だ。
灘蔵の思惑では、もっと離れた位置から距離を保って誘導するはずだった。
しかも、一匹をおびき寄せる予定だったのに、三匹いる。
――計画通りにいかなかった。
灘蔵の動揺が浮かんだ顔を見て、網柴と市鼠島はそのことを察知したようだった。
「う、う……」
「あ、ああぁ」
興奮と緊張で震える二人は上ずった声を上げ、数歩下がった。
その拍子に枝を踏み抜き、パキリと乾いた音が響く。
――それが合図となってしまった。




