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「なんか、ナナちゃんへのヘイトが凄いね」
「仕方ないですわ。ナナちゃんは社交の場に出席していなかったんですもの。あの人たちからすれば、五属性で幼馴染みの仲良し女の子が急に現れたことになりますからね」
そう聞くと凄いシチュエーションだ。設定のトッピング全載せ状態だわ。
「ナナちゃんは、鷹羽アキラをどう思っているんだろう」
「仲は良さそうですよね。親が勝手に婚約を決めてしまっても、おかしくないくらいに」
「確かに。まあ、何かトラブルがあるわけでもないし、私たちは見守っていけばいいよね」
今の状態なら、それはそれで構わない、と思える。
なんせ、レイちゃんが鷹羽アキラのことを何とも思っていない。
鷹羽アキラとナナちゃんも、レイちゃんに対して何かあるわけでもない。
それに加えて二人は、マンガ通りのカップリング。
こちらに害はなさそうだし、様子見でいいんじゃないだろうか。
「ええ。機会があれば、お二人にお互いをどう思っているか、聞いてみたいですわね」
「止めておいた方がいいんじゃない? それより、誕生日会に出席していた子たちのイベントを企画しないとね」
あまり深掘りして藪蛇になるより、レイちゃんを慕う子たちの出会いの場の確保を優先するべきだろう。
「そうですわね。それについては釣りをしながら考えるとしましょう」
「うん。それじゃあ、どこで釣ろうか……」
と、私たちが場所選びをしていると、鷹羽雷蔵がこちらへ近づいてきた。
「おおい、待たせたのう。それじゃあ約束通り、わしがレクチャーしてやろう」
と、私に視線を送ってくる。
そういえば、そんな話になっていたっけ?
「ありがとうございます。ちょうど今、どこで釣ろうか話し合っていたところです」
「ふむ。普通の川釣りであれば色々考慮することもある。だが、今回はあらかじめ魚を放流してあるから、どこでも大丈夫だ。今日は晴天じゃし、涼しい場所を選ぶのがいいだろう」
「そうなんですね。それならあの辺りかな」
と、丁度いい感じに木陰ができているエリアを指さす。
「そうですわね。まずはあそこで挑戦してみましょう」
「うむ。それでは行くとしようか」
皆の同意を得られ、移動を始める。
しかし、その時、係の人が慌てた様子で走り寄ってきて鷹羽雷蔵に話しかけた。
「旦那様、炎泉様が訪ねていらっしゃいました」
「呼んでおらんぞ。あいつ、釣りとか好きなのか?」
あからさまに顔をしかめる鷹羽雷蔵。
そこへ中年の男性と女の子がやってきた。
というか、女の子の方は部長だ。そういえば炎泉っていう苗字だったっけ。
いつも部長って呼んでいたから、名前を聞いてもピンとこなかった。
「海釣りなら、経験がありますね」
こちらへ近づく過程で声が聞こえていたのか、自然な感じで会話に入ってくる炎泉さん。
しかし、鷹羽雷蔵の方は、歓迎ムードは皆無。
笑顔も見せなければ、視線を向けるのも嫌そうだ。
「おう、何の用じゃ。今は接客中だから、手短に頼むぞ」
鷹羽雷蔵が、しっしっと手で払うような動作をしながら言った。
明らかに煙たがっているな。
そんな塩対応にもめげず、炎泉さんは腰を深く折って頭を下げた。
「お願いします。掃討戦の再開を。休止を解いてください!」
「またその話か。わしに頼んでもしょうがなかろう。それは審議を行ったうえで、議決するべきこと」
鷹羽雷蔵は釣り具をいじりながら、雑に答えた。
アポなしで突撃してきたうえに、余暇の邪魔をされ、真面目な話を持ち込まれたせいか、確実に不機嫌になっている。
多忙の身ということを考えると、鷹羽雷蔵の反応にも納得だ。
そして、多忙だから、こういう瞬間にしか会うことができないという炎泉さんの行動も何となく理解できてしまう。
炎泉さんは諦めきれないのか、頭を下げたまま説得を続けた。
「貴方が賛成に回れば可決される。貴方が先頭に立てば、皆付いてくる。それだけの影響力をお持ちだ」
「ふん、買い被りだ。大体、そんなもん、参浄でも持っておろうが」
「冗談ですか? 彼が掃討戦復活を遅らせている者の一人なのは、誰でも知っています。お願いします、どうか協力を!」
「掃討戦で出た死者の数は前代未聞だった。今でも、霊術師の総人口は最盛期の六割ほどしかない。そんな今の戦力では、とても再開できる状態ではない。もし再開して、前回と同じ被害が出た場合、今の人口では取り返した地域にも影響が出る」
どうやら、炎泉さんは霊術師全員で北海道奪還を試みたいようだ。
鷹羽雷蔵は、今の状態で挑むのは難しいという判断みたい。
炎泉さんからは、北海道に行きたいという強い気持ちが伝わってくる。
が、鷹羽雷蔵が懸念している霊術師の総人口減少による戦力低下の打開策を打ち出せていない。
残念だが、それでは鷹羽雷蔵は頷かないだろう。私には、そう思えた。
「ならば、いつまで待てばよいのですか!」
炎泉さんが頭を上げ、感情をあらわにして叫ぶ。
その言葉を受けても、鷹羽雷蔵は動じず冷静な状態だった。
「わしが賛成の立場をとるのは、最低でも八割まで戻った時だ。それまでは休止の意思を曲げるつもりはない」
「そうですか、貴方の考えはよく分かりました。休暇中に失礼しました」
と、頭を下げるも、固く握られた拳が震えている。
「故郷へ帰れず、焦る気持ちは分かる。だが、今の状態で攻めても良い結果には結びつかん。今は忍んで待つ時だ」
「……私は十分待った。これ以上時間が経てば、霊力が増しても体が老いていく。もう、残された時間は、わずかしか残っていないのですよ」
そう言うと、炎泉さんは踵を返し、ゆっくりと歩き始めた。
交渉に失敗したせいか、背は丸まり、足取りは重い。
「爺のわしに向かって言ってくれるわ」
炎泉さんの背を見て、ぼそりと呟く鷹羽雷蔵。
その顔はどこか寂しげだった。
と、二人の会話が終わったタイミングで、部長がこちらへ近づき、レイちゃんに話しかけてきた。
「雲上院さん、お久しぶりですね」
「そうですわね」
「まさか、あのような手を使ってまで、大会に参加するとは思いもしませんでした。雲上院咲耶さんのお孫さんだから、貴方も聡明な人だと思っていましたが、私の思い違いだったようです」
部長は、レイちゃんが強引な手法で部を立ち上げて、第一フォーゲート部から大会出場人数の半分を奪ったことを糾弾してきた。
「強硬な手段を取ったのは事実ですわ。ですが、レギュラー選抜試合に参加させていただければ、そんなことをしなくて済んだのも事実です」
レイちゃんは洋扇で口元を隠し、先に仕掛けてきたのはそちらだと反撃。
その言葉を聞き、部長は鼻で笑う。
「同じですよ。どんな手段を使おうとも、大会に出れば実力がものを言う世界。一属性の貴方達では、何もできないまま終わります」
「それは見解の相違ですね。何もできずに終わるつもりなど毛頭ありませんわ。わたくしたちは優勝を目指していますので」
と、レイちゃんが私に視線を送ってくる。
私はそれに応えて強く頷く。そして、二人で部長を見返した。
「……そもそも一属性で霊術師の学校に入学すれば、冷遇されるのは分かっていたはずです。なぜそこまで大会出場や、優勝にこだわるのですか?」
私たちの視線から強い意志を感じ取ったのか、部長が疑問を口にする。
「? もちろん、お祖母様のお手伝いに北海道へ行くためですわ。霊術師の資格は持っているのですが、それだけでは年齢制限で引っかかってしまうそうなので」
何を今更と言わんばかりに、小首を傾げたレイちゃんが即答する。
レイちゃんの答えが予想外だったのか、部長が目を見開いて驚いた。
「霊術師の資格……。北海道がどういう場所か分かって言っているのですか?」
「ええ、存じていますわ」
「……そうなのですね。どうやら誤解していたのは、私の方だったようです。目的達成のためには手段を選ばないということですか。ちょっと……、羨ましいですね」
「羨ましい?」
俯きがちに微笑する部長に、レイちゃんが聞き返す。
「今の父の話、聞いていたでしょう? 私も北海道へ行きたいのですよ。フォーゲートの全国大会は去年優勝したので随伴免除証は持っています。霊術師の資格も、今年か来年には取れるでしょう。ですが、私は北海道へ行くことができません。家の立場上、勝手な行動が許されないのです」
「そうなのですね。ですが、家の話となれば、お力になることはできそうにありません。北海道には、わたくしたちが行かせていただきますわ」
自嘲気味に笑う部長に、レイちゃんは微笑で応える。
そんなレイちゃんの反応をみて、部長が相好を崩す。
「フフッ、それは大会で当たったら手を抜け、ということかしら?」
「その必要はありません。わたくしたちの実力であれば、優勝する事は決まっていますので」
「そう。それなら全力でぶつからせてもらうわ!」
「望むところですの!」
部長とレイちゃんの視線が交差し、火花が散る。
「……今日、ここに来て良かった。大会、楽しみにしているわ。それじゃあ」
部長は去り際に快活な笑顔を見せると、父親の炎泉さんの下へ駆けていった。
レイちゃんが部長を見送っていると、鷹羽雷蔵が私に話しかけてきた。




