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そこは、取り壊しが決まったアパートだった。
奴は、更地になった場所には現れない。まだ建物が残っている状態の時に出没する。
このアパートは、明日には解体業者が入る予定のため、現れるなら今日しかないのだ。
俺は物陰に潜み、奴が現れるのをひたすら待った。
すると、一台のワゴンが廃アパートの前に停まった。
そして、後部座席のドアが開くと――。
「奴だ!」
――偽物の俺が現れた。
「ここまでそっくりだとは……」
実際に生で見ると、まるで鏡に映したかのように完璧。
髪型、服装だけではなく、身振り手振りまで。
奴を目で追っていると、自分の録画映像を見ているような錯覚に陥る。
「仲間がいるのか……」
奴が降りてきたのは後部座席。つまり他にも、つるんでいる連中がいる。
全員捕まえて、とっちめてやる。
と思っていると、また一人、後部座席から誰かが下りてきたので目を凝らす――。
「はあ!?」
――すると、俺が降りてきた。
まさかの二人目だ。なんと偽物は二人いたのだ。どうりで目撃情報が多いわけだ。
そして、二人目の偽物も俺そっくり。
偽物が二人で並んでいると双子を通り越して、鏡に映った虚像と実体のように見える。
……これは予想外だ。
眼前の光景に驚愕し混乱していると、更に混乱する事態に。
「お嬢様!?」
なんと、次に車から降りてきたのは社長の娘。九白真緒さんだった。
スパーリングの相手をしたり、市街戦の練習をしたりと仕事としてコーチングしたことがあるので、見間違えるはずがない。
誘拐されたのか? という考えが一瞬頭をよぎったが、違った。
次に降りてきたのが、雲上院礼香だったからだ。
確かお嬢様の親友で、今は同居しているはず。
その二人が笑顔で談笑していたため、誘拐の可能性は霧散した。
そのまま様子を見ていると、更にお嬢様と同年代の女子が降車していた。
そして最後に、運転席から中年の男が降りてくる。
「何だ、この面子は……」
困惑が呟きとなって漏れ出る。
訳が分からない。
お嬢様たちは、手錠などで拘束されているわけでもなく、フリー。
人気がないとはいえ、ここは住宅街。大声を出して走って逃げれば、どうとでもなる状態だ。
しかし、逃走を試みようとしている気配がない。むしろ和気あいあいとしている。
凄くフレンドリーだ。
あの集団の中で、大人は運転席にいた中年の男と俺の偽物が二人。
こいつらが主要メンバーと考えるべきだろう。
「偽物を拘束して事情を聴くか」
お嬢様たちが誘拐されている可能性がゼロとは言い切れないので、強硬手段に出ることを決める。
俺は、一番近い位置にいる偽物に狙いを定めた。
気配を忍ばせ、集団の背後から一気に近づく。
そして、一番後方にいた俺の偽物を羽交い絞めにして、他の主要メンバーから死角となる曲がり角へ引きずり込んだ。
すかさず、みぞおちに強烈な一発をお見舞いする。
俺の真似をした、お礼ってやつだ。
「っ!? なんだ、この手応えは……」
しかし、返ってきた反応は予想外。
人とは思えない感触。まるでサンドバッグでも殴ったかのような感覚だ。
まさか、インナーに砂を詰めたチョッキでも着ているのか!?
偽物は俺の一撃を受けても無反応。まるで効いてない。
なら、頭だ。俺は密着に近い状態から回転。肘を後頭部に叩き込んだ。
「なん……だと……?」
肘は確かに命中した。
なのに、呼吸していないかのように、無言。
完全な無反応だ。
しかも、感触が異様。
偽物は頭部に何も着用していない。無防備な状態のはずなのに。
砂場に肘から倒れこんだと錯覚してしまうほど、人とはかけ離れた手応え……。
「な、なんなんだコイツは!?」
それなりに人を殴ってきたのに、生まれて初めて経験する打撃感。
余りの気味悪さに、大きな声が出てしまった。
そして――。
「あれ、伊藤さん?」
――俺の声を聞きつけ、お嬢様がひょっこり顔を出した。
「お、お嬢様、これは一体どういうことですか?」
たまらず、俺は問いかけた。
それと同時に雲上院礼香と、もう一人の女子も顔を出す。
「えっ、喋っている?」
「これは映画でよく見る、AIの反乱的な奴ね。余りに精巧に作りすぎたから、自我が芽生えたのね。これは創造主への反乱。私には分かる」
お嬢様が返答する前に、女子二人が不思議そうな顔で俺を見つめながら声を上げる。
なんだ、俺が話すのが、そんなにおかしいことなのか?
あと、AIってなんだ。創造主なんて言葉を日常で使う奴、初めて見たぞ。
一体、何の話をしている?
俺は、一番話が通じそうなお嬢様を見つめて、返答を待った。
「……これは、その……、なんていうか――」
俺の視線を受けて、しどろもどろになる真緒お嬢様。
――ああ、この人が元凶なんだな。
お嬢様の反応を見た俺は、一瞬で理解した。
◆九白真緒
探査術に、伊藤さんの造形を無断使用していたことが本人にバレた。
結果、家族会議になってしまった。
伊藤術式の有用性を説いたが、一蹴。
モデルの変更を余儀なくされる。
とはいえ、骨格と筋量はこだわっているので、変更したくない。
やるなら顔だけにとどめたい。
私は、モデルの完成度の高さを力説し、説得。
なんとか、顔を変更するだけで使用を許してもらえることとなった。
というわけで、家族に見てもらいながら顔を変えていく。
その場には、被害者である伊藤さんも同席してもらうことになった。
変更した顔をチェックしてもらい、最終判断を仰ぐためだ。
とりあえず、鼻を高くしてみるか。
「それじゃあ、鼻の高い伊藤だな」
と、母よりNGを貰う。
なら、目元も変更してっと……。
「真緒、多分骨格が同じだから、顔のパーツを多少いじっても、伊藤さんのそっくりさんという感じになっちゃうよ」
と、父から根本的な駄目出しを食らってしまう。
そう言われれば、そうかもしれない。
伊藤さんも、渋い顔をしている。
この位だと微調整レベルになってしまうか……。
自分の感覚だけでは駄目だと判断し、皆の意見を取り入れ、何度か調整してみた。
「それではロン毛の俺です」「それではモヒカンの俺です」「それではM字の俺です」と、三連続NGを食らった後、「髪型で遊んでませんか?」と言われてしまう。
く、そんなつもりはなかったんだけど……。
更に攻めた変形を行ったが、ことごとくNGを食らう。
その後、幾度となく調整を続けたが、伊藤さんから許諾を得ることは叶わなかった。
結局、同じ顔ではないけど、遠くから見たらそっくりさん、みたいな感じに仕上がってしまうのだ。
でも、大きくいじると、今度は人間の顔として成立しなくなるんだよねぇ。
それに、背格好が全く同じなので、どうしても似てしまう。
塩梅が難しいよ。
「…………よし、諦めよう」
私は悩みに悩んだ末、人型の顔を無くした。
完全に、のっぺらぼうにしたのである。
これなら、NGを食らうこともないだろう。
だが、この状態で人前をウロウロさせるのは問題がある。
なまじ、他の部分が人間にそっくりなので、何も知らない人を驚かせてしまうのだ。
それなら、仮面的な物でもつけてしまえばいい。
戦闘服に合うのはガスマスクかな。
というわけで、ガスマスクにヘルメット姿ののっぺらぼうが完成。
皆に披露したところ、反応も良好。伊藤さんからもOKを頂いた。
長い道のりだったが、最終的に顔を消すということで、なんとか合意に至った。
許諾も得たし、真・探査術として、改めて先生たちにも披露した。
操れる人数も随分と増やせるようになったので、軽く十体ほど出してみる。
ガスマスクの集団が私の背後に整列する姿を見て、先生は「うん……」と、微妙な反応。
ナナちゃんに至っては「らしいね」と納得していたが、私は納得できない。
らしいってどういうことよ。
そして、レイちゃんの反応は、「素晴らしいです! まるで私設軍隊ですわ」というもの……。
なるほど、らしいってそういうことね……。
私はガスマスク集団に、土属性霊術で作った張りぼての自動小銃を持たせ、姿勢を整えさせる。
次に、私自身は集団の真ん中に移動。
最後に、手を後ろで組み、片目を釣り上げてニヤリとしてみせた。
「こういうこと?」
と、皆に確認を取る。
「おい、やめろ! ガチで通報される!」
と、先生が慌て。
「逮捕後にニュースで出る映像っぽいね」
と、ナナちゃんが言い。
「映画のワンシーンの様ですわ!」
と、レイちゃんが喜ぶ。
そのワンシーンって、悪役の娘の登場シーンだよね、きっと……。
まあ、色々言われたけど、これ以上モデルをいじるつもりはない。
なんせ使い勝手が良いのだ。
このガスマスク軍団には、これから様々なところで役に立ってもらうつもりだ。




