表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/141

92  

 


 ◆とある警護士



 俺の名は伊藤。


 今日は仕事が休みで自宅にいる。


 俺の休日の予定といえば、前日の夜に飲んで昼まで寝ているのが定番だった。


 が、最近は違う。


 休日でも、平日と同じく規則正しい生活を送っている。


 前日の酒を断ち、早めに就寝。そして朝に起きる。完全に習慣化し、リズムを保っている。


 一見、とても健康的な生活を送っているように見える。


 が、今の俺の精神状態は健康的とは言い難い状態となっていた。


 今日も朝早くに起床した俺は、無言で眼前のコルクボードを見つめていた。


 壁に掛けられた巨大なボードには、この街の地図が張ってある。


 地図にはピンが大量に押してある。俺が付けた目印だ。


 それに加え、多数のメモと写真が所狭しと張られ、下地のボードが見えない状態となっていた。


 これが、休日を犠牲にして出来上がった成果だ。


 仕事終わりと休日を利用して収集した情報の結晶である。


 なぜこんなことをしているか。


 ――事の発端は数週間前にまで遡る。


 仕事終わりに、外から戻ってきた同僚から声をかけられたのが始まりだった。


「今日、X町の廃屋の近くで見かけたけど、何やってたんだ?」と。


 同僚が言った場所は、住宅街の外れだった。


 その日は内勤だったので、どこにも出ていない。


 相手が見間違えたのだろうと思ったし、そう答えた。


 世界には同じ顔の人間が三人いるというし、そういうこともあるだろう。


 その時は、その程度にしか考えていなかった。


 が、それからも同じことが度々起きた。


 俺が行っていない場所で、俺を見かけたという話を聞くのだ。


 ……どうやら俺に似た顔の男が、この近所に引っ越してきたようだ。


 その頃は、まだそう思っていた。


 しかし、俺じゃない俺の目撃情報が、日を増すごとに増えていく。


 いくらなんでも多い。ほぼ毎日だ。


 一体、俺にそっくりな奴は何をやっているんだ。


 散歩か? 測量か? いつも違う場所をウロウロしているようだが、一体何なんだ?


 と、この辺りで問題が発生し始める。


 俺が仕事をサボって外を出歩いているのでは、という話が出始めたのだ。


 勘弁してくれ。俺は真面目に働いているのに……。


 なんで、わざわざ仕事を抜け出してまで、人気のない場所をうろつかないといけないんだ。


 だが、そこで話は収まらなかった。今度は予想の斜め上を行く展開になった。


 俺の目撃情報の内容に変化が起きたのだ。


 仕事を手伝ってもらった、食べ物や飲み物なんかを奢ってもらった、という話まで出てきたのだ。


 相変わらずウロウロはしているようだが……。


 ここまで来ると、さすがにおかしい。


 俺の同僚たちは、そこまで鈍感じゃない。


 相手の見た目が俺と似ていたとしても、コミュニケーションを取れば、さすがに別人と気付く。


「ああ、似ているけど、あいつとは違うな」と。普通は気付くはずなのだ。


 それが誰も気付かない。騙されたままなのだ。


 俺たちの仕事には、護衛や追跡などがある。


 その関係で、ボディチェック、変装の見破り方、遠距離からの顔の判別、なども研修で習う。


 そんな奴らが、俺と偽物の区別がつかないなんて、ありえるのだろうか。


 疑問に思った俺は、そっくりさんと遭遇した同僚たちに詳しく話を聞いてみることにした。


 すると、不思議な共通点があることが分かった。


 皆、会話をしていないのだ。


 こちらから話しかけても、会釈や身振り手振りで返答するのみ。


 短い時間のやりとりなので、その瞬間はそれほど違和感を覚えなかったらしいが、後から考えると変だと思ったらしい。


 俺は、この時点で確信した。


 ――俺に成り代ろうとしている奴がいる。


 俺の姿を利用して、何かをしようとしているのだ。


 一番可能性が高いのはスパイだろう。


 同僚の反応を見て変装の解像度を上げ、最終的に社内に侵入するつもりだ。


 事に当たる前に、ここまで目撃情報を広げてしまうのは、かなり杜撰なやり口だ。


 プロとしてはお粗末ともいえる。大した人物ではない。


 だが、変装の技術は一級。放っておくわけにもいかない。


 弓子さんに報告すると、もう少し違法性がある行動を取ってこないと、リアクションできないと言われてしまった。


 確かにそうだ。今の状態では、奴は何もしていないに等しい。


 俺の姿で街をぶらつき、同僚に会ったら軽食を奢っているだけ。


 今の状態で拘束しても、嫌疑不十分ですぐに野放しだ。


 会社として、組織として、動くには時期尚早。


 普段の仕事なら、そう自分に言い聞かせて納得できただろう。


 だが、今回は違う。


 俺の偽物が、自分の振りをして街でやりたい放題やっているのだ。


 到底許容できるわけがない。


 ならば、個人でやるしかない。


 腹をくくった俺は、単独調査に乗り出した。


 平日は、空いた時間に情報収集。


 休日は、手に入れた情報をもとに、足を使って調べる。


 そういった日々を過ごしていくうちに、コルクボードに張られた地図は俺が調べた情報で埋まっていった。


 しかしその間、偽物と出会うことは一度もなかった。


 どうやら偽物は俺の勤務日程と勤務時間を把握しているらしく、俺が休みの日や仕事明けの時間帯には姿をくらますのだ。


 そんな、すれ違いの日々を繰りかえすも、情報は蓄積されていく。


 これでいい。確実に奴を追い詰めている。


 しばらくして、俺は奴の行動範囲を完全に把握した。


 活動範囲は、都内の一部。都外には基本現れない。


 いや、現れているのかもしれないが、ごくわずか。


 解体予定や開発途中の大型建造物によく現れる。


 街中では人気のない場所や、少し治安の悪い場所が多い。


 共通点として、同じ場所に長期間留まらないということも挙げられる。


 目撃情報が集まった時間帯は夕方が最も多く、夜や早朝は皆無。


 意外だったのは、深夜の目撃情報がゼロなこと。


 犯罪行為を企てているなら、そういった時間帯でこそ目撃情報が増えそうなものなのに。


 案外、奴は規則正しい健康的な生活を送っているのかもしれない。


 皮肉なことに、こいつのせいで生活リズムを強制された俺と同じということだ。


 例外として、なぜか真緒お嬢様の通う峰霊中学校周辺でも目撃情報がわずかにあった。


 そうなると、お嬢様の誘拐を企んでいる可能性も捨てきれない。


 まあ、お嬢様の警護体制は万全。お嬢様本人も腕が立つので、偽物一人では太刀打ちできないだろう。


 偽物の情報は、社員全員に一応周知されている。


 お嬢様の周辺は警備に任せておけば、勝手に捕まえてくれるはず。


 俺が狙うは、それ以外の場所だ。


 人気のない場所に現れるが、一度移動したら同じ場所には来ない。


 その特徴が、日を負うごとに予測出現ポイントを絞り込んでいく。


 じっと待ち、狙いを定めた俺は、満を持して有休を取得した。


 それが今日だ。今日で必ずけりを付けて見せる。


 俺は出現を予測したポイントで張り込みを始めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ