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◆九白真緒
――扉が吹き飛ぶ十五分前――
「ね、ねえ、まだ駄目なの?」
私は扉の前でソワソワしながら母に聞いた。
「待て。もう少しだ」
インカムから聞こえる報告に集中している母が短く返答し、手で私を制する。
く、駄目だ。止められて中に入れない。
折角、父さんが場所を突き止めてくれたのに、何も出来ないよ。
扉一枚隔てた先にレイちゃんがいるというのに、もどかしい。
正直、無視して突っ込みたい。
だけど、母は何の理由も無く止めたりはしない。
今、中に入るのは得策ではないのだろう。
うう、分かってはいるんだけど、分かれないんだよ。
「安心しろ。二人とも命に関わるような怪我はしていない。よし、周囲の安全を確保した。礼香ちゃんと一緒に攫われた警護も保護したぞ」
インカムで報告を聞いた母が説明してくれる。
どうやら、酷いことにはなっていないみたいだ。
次いで、倉庫周りの見張りも一掃できて、人も助けたらしい。
「じゃあ、入っていいの?」
うう、早く助けに行きたいよ。
私もインカムで状況を聞きたいけど、駄目だと却下された。
曰く、聞いたら冷静でいられなくなる可能性があるからとのこと。
はい、反論できませんでしたよ。とほほ。
「……駄目だ。状況が変わった。少し待て」
「えぇ〜……」
まだ待つの?
時間としては十分程度のことだけど、異常に長く感じる。
これは我慢するのも一苦労だ。
予定では、周囲の見張りを除去したら即突入だったはず。
私には中の様子が全く分からないし、心配で仕方が無い。
もう面倒だし、行っちゃう?
「今、大量の目撃証拠と映像証拠が出来上がっているところだ。絶対に入るなよ」
「わ、分かりました」
ギロリと睨まれ釘を刺された。く、なんでバレたし。
と思っていたら、母のハンドサインが突撃準備に変わった。
「よし。待たせたな。全員突入準備」
次の瞬間、母がハンドサインを変更した。突入の合図だ。
サインを確認した担当者が扉を破壊。全員で雪崩れ込むように突入する。
よーし、これで誘拐した奴ら全員ぶっ飛ばしてやれる!
そう意気込んで中に入ると、誘拐犯全員がのされていた。
「あ、あれ……?」
もしかして、もう解決しちゃってる?
素早く倉庫内に視線を走らせるも、間違いなく全員ダウンしている。
最奥にはレイちゃんと父親の昭一郎さんが寄り添い、その足元には紫前増美が倒れていた。
これは……、完全に終了ムード!
ということは、この人数をレイちゃんと昭一郎さんの二人でやっつけちゃったってこと?
二人ともやるなあ……。
って、そうじゃない! 普通に危ないから!
「ちょっと、母さん! レイちゃんたちが無事なのは良かったけど、どういうこと? 全部終わってるじゃない」
無事なのは良かったけど危ないじゃないか、と母に詰め寄る。
「すまん。犯人がペラペラと自白し続けるから、突入するのを限界まで遅らせていたんだ。礼香ちゃんも問題なく動けていたし、大丈夫と判断した。万が一に備えて狙撃手も配備していたし、許せ。まあ、お陰で動かぬ証拠が何個も手に入ったんだから、いいだろ?」
「……あ、はい」
そう言われて、頭をガシガシと撫でられたら頷くしかなかったよ。
「録画映像があって、物証もたっぷり転がっている。その上、犯人は拘束済み。いやあ、何のご褒美だろう。楽して大手柄だ」
犯人達の拘束が進む中、破壊した扉から見知らぬ男の人が入ってきた。
隣には父の姿がある。
二人は会話しながらこちらへやって来る。
「ここまでお膳立てしたんだから、うまくやってくれよ?」
「もちろん。これだけのものがあって、口出しはできないと思うよ」
「父さん?」
「真緒、大丈夫だったかい?」
駆け寄った私を、父が抱き締めてくる。
そういえば、私も行方不明になりかけたんだっけ。
「私は大丈夫だよ」
「そうか、良かった。こちらは刑事の川崎さんだ。あとはこの人がうまくやってくれる」
「どうもどうも。お嬢さんと会うのは初めてだね。九白さんとは仲良くさせてもらってるから、また会うこともあるかもね」
刑事と名乗る川崎さんは、どこか飄々とした雰囲気のある人だった。
お互い自己紹介している間に、川崎さんの部下が倉庫に入ってきて誘拐犯たちを連行して行く。
発見と同時に、拘束して逮捕。そして、父から川崎さんに証拠の引き渡し。
ここまで三分も経っていない。非常にスムーズな展開である。
気が付けば、残されたのは雲上院親子のみとなっていた。
レイちゃんと昭一郎さんは、いきなりの展開に理解が追いつかないのか、きょとんとしている。
そりゃあ、これだけてきぱきと事が進めば、何事だと思うよね。
って、そんな事より、レイちゃんの無事を確認しないと。
どこも怪我してないよね?
「レイちゃん!」
私はレイちゃんの下へ駆け、抱きついた。
「マオちゃん……、やっぱり無事だったのですね」
「もちろん。レイちゃん、怪我はない?」
「わたくしは大丈夫ですわ。ですけど、お父様が……」
お互いの無事を確認していると、昭一郎さんがフラフラと揺れ、倒れそうになる。
「大丈夫ですか!?」
「ああ……」
慌てて駆け寄り、肩を貸す。すると割としっかりと体重が掛かってきた。
どうやら、昭一郎さんは自力で立つことも難しいようだ。
って、これだけの人数相手に大立ち回りを演じたんだから当然か。
「さすがに堪えたようだ……」
その声音は疲労困憊といった感じだ。
私が昭一郎さんを支えていると、母が駆けつけて交代してくれる。
昭一郎さんをおぶった母は出入口まで走り、部下へ指示を出した。
「おい、急いで病院へ運べ!」
「はい!」
と、担架を持ってきた母の部下へバトンタッチ。
昭一郎さんは、そのまま車で病院へ向かうこととなった。
ふう、これで無事解決かな、と思ったら何やら騒々しい。
「触るな! 私を誰だと思っているの!」
声は連行されている誘拐犯グループの方から聞こえてくる。
何かと思えば、紫前増美が抵抗しているようだった。
「こんなところで終わるなんてありえないのよ!」
紫前は叫ぶと同時に、周囲の警官を振り切り、逃げ出した。
でも、外は母の部下と警察で固めている。逃げ場は無い。
この状況では、逃げてもすぐ捕まるだろう。
と思ったら、他の誘拐犯もそれに便乗して暴れ出した。
母の部下と警察が沈静化を図ろうとするも、しっちゃかめっちゃかだ。
その隙に、紫前が隣室へ逃げ込んでいく。
だけど、あそこは外に通じていない。
事前に地図をチェックしたが、あの部屋は袋小路。
窓は小さく、人が通れる大きさではないし、部屋から地下に通じているわけでもない。
あそこから外に出るのは難しい。とはいえ、誰かが捕まえに行かないといけない。
だけど、警官は他の誘拐犯を取り押さえる為、身動きが取れない。
「真緒、こっちは手が離せない。逃げた奴の拘束を頼む。あそこは行き止まりだ、すぐ追いつける」
「うん」
警察に協力する母から手錠を投げ渡された私は隣室へ向かった。
「わたくしもお手伝いしますわ」
と、レイちゃんが付いて来る。
う……、出来れば休んでいて欲しいんだけど。
といっても、ここで問答している時間が惜しい。
私はレイちゃんと一緒に隣室へ飛び込んだ。




