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 ◆雲上院礼香



 授業を終えた雲上院礼香は、少し寂しそうな顔で教室を後にした。


 元気がない理由、それは友人の九白真緒が用事があってお休みだったためだ。


 今はクラスメイトとも良好な関係となっているので、一人きりになる事はなかったが、非常に寂しかった。


 今日が終わって、明日になれば会える。そうすれば今日の話も聞ける。


 明日が待ち遠しい。早く明日になればいいのに。


 そんなことを考えながら校門へ向かっていると、スーツ姿の男が正面に立ちはだかった。


「雲上院礼香さんですか?」


「どなた?」


 見覚えが無い。


 校門には見送りの先生がいるが、気にしていない様子だ。


 この男が事情を説明し、問題ないと判断されたということになる。


 どうしたものかと困っていると、迎えの車を用意していた山本と警護の青島がこちらの様子に気付いた。一旦作業をやめて、礼香のもとへ駆けて来てくれる。


「こういうものです」


 男は懐から黒革の手帳を取り出した。ドラマなどでよく見る警察手帳だ。


 眼前の人物の予想外の素性に、驚きを覚える。


「お嬢様にどういったご用件でしょうか」


 対応に困っていると、駆けつけた青島が代わってくれる。


「ああ、良かった。大人の方が付いていて。実は九白真緒さんが、研修中に行方不明になりまして」


 刑事の男は、安心したように事情を説明した。


「ええ!?」


 マオちゃんが行方不明? 驚いた礼香は、つい声を上げてしまう。


「今、消防と地元の青年団で捜索チームが組まれているところです。事情を説明したところ、九白さんのご両親と雲上院さんが現地に向かわれました。その時に雲上院さんが、娘も同行したいと言い出すかもしれないから、その場合は連れてきて欲しいと言われまして」


「もちろん行きますわ!」


 父の気遣いに感謝する。


 そんな話を聞いて、家でじっと待っていることなんてできない。


 できれば、なるべく近くで動向を見守りたい。


「分かりました。それではお送りしますので、うちの車に乗ってもらえますか」


 と、刑事が自分が乗って来た車を指す。


「いえ、お嬢様は我々が送ります」


「向こうは関係車両が大量に来ていて、停める場所が限られています。こちらとしては初めから同乗してもらった方が助かるんですが……」


「山本、車を返しておきなさい。青島は私と来なさい」


 救助の妨げになっては本末転倒なので、刑事の言葉に従う。


 運転手には車を返してもらい、警護には同乗してもらう形で話を進める。


「かしこまりました」


「決まりですね。それでは行きましょうか」


「お願いしますわ」


 礼香は案内してくれるという刑事の車に乗り、現地へ向かうこととなった。


「どういった状況で行方が分からなくなったのですか?」


 車中、真緒の身が心配な礼香は、詳細な情報が知りたくて刑事に尋ねた。


「あ〜……、すみません。私は迎えに行けと言われただけで、詳しいことは何も知らないんですよ」


「そうですか……」


 案内役で何も知らないとなれば、話す事は何も無い。


 車中は沈黙が支配し、時間の経過が遅く感じられた。


 一刻も早く現地に着きたい礼香からすれば、非常にじれったい状態である。


 そんな中、窓から見える景色から、車の行き先に疑問を覚える。


「あの、研修が行われている場所は郊外の山林方面だと聞いていますが、道はこれで合っているのですか?」


 今日のことについては、真緒から詳しく聞いていた。


 確か、洞窟で実戦を見学する予定だったはず。


 となると、向かっている方角が違うように思えた。


「あ〜……、はい。大丈夫ですよ。ちょっと道を間違えちゃって、今戻っているところです。すみません、普段行かないところだから迷ってしまって……」


「はぁ……、分かりました」


 なんとも頼りない。これで本当に大丈夫なのだろうか。


 こんなことなら、運転手に車を出してもらい、現地で車を停めずに帰ってもらえばよかった。


 礼香が刑事の頼りない運転に辟易していると、急に車が減速し始める。


 何も無いこんなところで何故? と疑問に感じている間に車は端に寄せられ停車した。


「どうして停まったんですか?」


「いやぁ、道があってるか不安なので、連絡を取って確認しようかと。少し待ってくださいね」


 頭をかきながら苦笑いを浮かべた刑事は、身を屈め鞄の中をゴソゴソとやりはじめる。


 その様子を見た礼香は携帯端末を取り出そうとしているのだろうと思った。


 しかし、予想に反して刑事が取り出したのは銃のようなものだった。


 刑事は素早い動きで警護の青島に銃を向け、引き金を引いた。


「テーザーガンか!」


 叫んだ青島は咄嗟に刑事の腕を握り、銃を取りあげようと抵抗する。


 しかし、それよりも早く、銃から発射されたワイヤー付きの針が青島に突き刺さってしまう。


 途端、ヂヂヂと何かが弾ける様な音が細かく鳴る。


 抵抗しようとした青島は激しく痙攣。白目をむき、脱力して倒れた。


「貴方何を!」


 礼香は気絶した青島を抱き止め、刑事に食って掛かる。


 一体どういうつもりなのだ。いや、その前に抵抗しないと。このままでは自分もやられる。


 霊気を使い、青島を片手で支え、もう片方の腕で刑事に反撃しようと試みる。


 が、刑事がそれを読んでいたかのように、懐から携帯端末を取り出した。


「動くな。これを見ろ」


 そこには拘束された父の姿が映っていた。


「お父様!?」


「父の身の安全を保証してほしかったら、大人しくしていてもらおうか」


「……ッ」


 これでは何もできない。青島が意識を失っていなければ打開策を思いついたかもしれない。


 だが、礼香には何も思いつかなかった。言われるままに、抵抗を諦めてしまう。


 こちらが動かないことを確認した刑事は、後部座席に乗り込んでくる。


 そして、礼香と青島の両手両足に手錠をかけた。


 拘束を終えると、刑事が携帯端末で連絡を取る。


「こっちは終わった。向こうはどうだ? ……そうか。今から合流地点に向かう」


 通話相手との会話を聞く限り、どうやらこのまま、どこかへ移動するようだ。


 つまり、初めの話は嘘。自分を誘い出して捕らえるための罠だったということか。


「マオちゃんが行方不明という嘘に、まんまと引っかかってしまったというわけですのね」


 騙されたのは悔しいが、真緒が無事なのは良かった。


 と、危機的状況の中で親友が無事なことに安堵する


「九白真緒が行方不明なのは事実だ。いや、事実になると言った方が正しいかな。お前は嘘に騙されたわけじゃない。よかったな。ただ、俺が刑事だというのは嘘だ。そこだけは罠にはまったとも言えるな」


 こちらの安心した顔を見た偽刑事がニヤニヤと笑いながら告げる。


「……そんな…………」


 まさか、真緒も行方不明になっているなんて……。


「今頃、崖から突き落とされているはずだ。向こうは霊術師三人のチーム。残念だが、九白真緒の生存は諦めるんだな」


 と、計画が順調に進んでいるのが嬉しいのか、上機嫌な様子の偽刑事が言った。


 しかし、その言葉を聞き、礼香は疑問を覚えた。


(その程度の者が相手なら、マオちゃんが後れを取ることなどありえない気がするのですが……)


 妖怪退治を経験させてもらった際、真緒が実家で受けている訓練を見学させてもらった。


 その時、彼女は霊力を使わずとも、組み手で複数の大人相手に実力が拮抗していた。


 しかも、相手はただの大人ではない。訓練を積み、格闘技術に精通した者たちだ。


 そんな真緒が、ただの霊術師を相手にして、どうこうなるだろうか。


 相手が嘘を言っているようにも見えないが、とても信じられない。


「あの、行方不明にしたと報告を受けたのですか?」


「まだだ。今は洞窟内に居る筈だから、すぐには連絡できないんだよ。でも、焦ることはない。すぐに死亡か行方不明の報告が来るはずだから、安心するといい」


 偽刑事の言葉を聞き、確信した。


 間違いない、真緒は生きている。


 そう確信した礼香の心に自然と余裕のようなものが生じた。


「ふふ、それを聞いて安心しました。マオちゃんはそのような人たちには負けません。来ることのない報告をいつまでも待つより、わたくしと父を解放すべきでは?」


「チッ、調子に乗るな。しばらく眠っていてもらおうか」


 偽刑事が布に液体を含ませ、礼香の口もとに強引に押し当てた。


 強烈な刺激臭が鼻腔に充満し、眩暈を覚える。


 息を止めて抗おうとするも、無駄だった。


 途中で苦しくなり、余計に息を吸い込んでしまう。


 途端、視界がじわじわと白くなり、意識が遠のいていった。




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