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私は吸い込まれるように崖下へ落下した。
数秒の浮遊感を味わった後、衝撃を逃がすようにして着地。
そのまま前転して物陰へ身を隠した。
追撃と目視での発見を恐れての行動だ。
かなり高所からの落下だったが、怪我は一切なし。
私の体内には濃密な霊気が大量にある。
よって、この程度の落下で怪我することはない。
しかし、隙を突かれた。ここまでするとは思っていなかったよ。
しばらく様子を見たが、追撃が来る気配は無い。
こんなことをして、どういうつもりなのだろうか。
上の声が響いて聞こえてこないかな、と耳を澄ます。
お、聞こえそうかも。
「確認しますか?」
「この高さだ。十中八九死んでいるだろう。もし、生きていたとしても重症だ。荷物もここにあるし、上がってくることは不可能だ。じきに死ぬ」
「そっすね。金持ちの娘らしいし、今頃ピーピー泣いてるんじゃないすか」
「念のため、足場とハシゴを破壊しておけ。荷物も持って行くぞ」
「わかりやした」
「ハシゴはOKです!」
おいおいおい、まさか置き去りにするつもりだったとは。
しかも、脱出経路を絶つ周到さ。殺す気満々じゃないか。
軽いイジメかと思っていたら、大違いだったよ。
――といっても、大して危機感は持っていない。
今回は万が一に備えて、最低限のサバイバル道具と携帯食料を身につけていた。
特に亀角たちを意識しての行動ではない。なんか、染み付いちゃってるんだよね。
身体検査を受けて全身の道具を引っぺがされていたら、ちょっと面倒だったけど、そういうわけでもない。これは余裕。なんとでもなりそうだ。
さて……、無理に動いて上の連中に気付かれるより、落ち着いて救助を待つかな。
手元に連絡手段はないのが、ちょっと面倒ではある。
だけど焦りは禁物。ここは上の様子を見ながら、のんびり行きますか。
「すぐに合流しますか?」
「そうだな。向こうもそろそろ誘拐が終わっているはずだ」
「なんでこいつも攫わなかったんですかね」
「さあな。そんなこと俺は知らん。金さえ貰えれば、それでいい。それより、ここでは電波が届かん。すぐに外に出るぞ」
「わかりやした!」
のんびりしようと思っていたら、これだよ。
どうやら亀角たちは、二つのグループに分かれて行動しているようだ。
もう片方のグループが誘拐を決行中とは、穏やかではない。
一体、誰を誘拐したんだ。とっ捕まえて吐かせないといけないね。
私は霊気をフル活用し、登攀。ボルダリング気分で一気に崖を駆け登る。
失敗して落下したとしてもケガの心配はないので、思いっきりいく。
力任せに行ったけど、崖が崩れることは無かった。あっという間に登りきることに成功。
ひと息ついた後、壁に張り付いた状態で、ひょっこり顔を出す。
すると、三人がこちらに背を向けて足場を登っていくのが見えた。
私は、今がチャンスとばかりに飛び出す。
そして、力任せに足場を引き剥がした。
「ぐわ! お前は!」
「ひえっ!」
「ギャァ!」
思い思いに悲鳴をあげ、落下する三人。そこに崩れた足場がのしかかる。
三人は崩れた鉄骨の下敷きになった。
私は素早く接近し、脱出し易そうな者から拘束していく。
といっても、ロープがないので、鉄骨をねじ曲げてロープがわりにする。
これなら簡単に外せないはず。流れ作業で手早く全員を縛り上げた。
「ふう、うまくいったわ」
額を手の甲で拭う。奇襲大成功である。
「貴様、殺すつもりか!」
亀角が吠える。
「その言葉、そっくりそのまま返したいね」
「……ッ」
途端、亀角が押し黙る。この人は数秒前に私にやったことを忘れちゃったのかね。
「まあ、私はあんた達には霊気があるから死なないと思ってやったけどね。でも、そっちは殺す気でやったよね? 脱出経路を潰してたし」
こっちは鉄骨の下敷きになっても、骨折程度で済むだろうという目論みでやった。
そっちは即死じゃなくても、放置して殺そうとしていた。
この差、随分と違うんじゃないかな。
「で、誰を誘拐するって?」
無言を貫く三人に問いかける。
「っ、聞いていたのか!?」
亀角が顔を上げ、驚く。
この中でいうと、亀角は案外口が堅そうなんだよね。
他の二人は、どうだろう。
「うちの両親? それとも雲上院礼香? それとも雲上院昭一郎?」
と、順に可能性が高そうなのを聞いていく。
すると、雲上院の名前が出たあたりで、細海と安守の表情が目に見えて強張った。
ほうほう、なるほど。
これはのんびりしてられないな。
私は自分の荷物を取り戻し、携帯端末を取り出す。ふむ、やっぱり圏外か。
三人は放置して、外に出ることにする。
私は足場が崩れた場所を跳び越えると、出入り口へ走った。
外に出たら早速電波の状況をチェック。残念、まだ駄目だ。
山を駆け下り、道路へ出る。そのまま画面を見ながら走る。
しばらく走り、圏内に到着するや否や、レイちゃんとレイちゃんのお父さんに連絡。
両方不通だ。繋がらない。
次に両親に連絡を取り、事情を話した。
父には雲上院親子の捜索、母にはこちらへの迎えの手配と、襲った者たちの処理をお願いする。
あの三人には襲われたが、やり返してしまった。
今の状態で私が警察に通報しても、亀角たちに嘘をつかれたら分が悪い。
証拠がない状態で、小学生一人と大人三人の言葉の信頼度は随分違う。
というわけで、親の力を借りることにする。
こういう時、うちの両親は頼りになりすぎるのだ。
これからどうするかを考えながら待っていると、遠くからヘリの音が……。
おお……、我が家の本気を見た。




