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色んな出来事があったが、私ももうすぐ六年生。
今は春休みを利用して、レイちゃんの霊術特訓を行っている。
レイちゃん的には、霊気を使ってしまう霊術の特訓に消極的だ。
やっぱり私と同じで、霊気圧縮に全てを注ぎたいみたいなんだよね。
なので、特訓は最小限で効率よく。
私が試行錯誤した後で、最適解を示しているのでそれも叶う。
最近のレイちゃんは霊核を大きくする事に益々ハマっている。
以前の私と同じだ。
まあ、私は今もハマっているけど。
霊核を育てるのは非常に楽しい。なんせ目に見えて結果が出る。
しかも、数を重ねるごとにハードルが低くなり、成果が大きくなる。
やっていると病みつきになるんだよね。
そんな霊核を育てる行為は、他の物事にも影響してきた。
私と知り合う前のレイちゃんは、うまく行かないことがあればすぐに投げ出していたそうだ。
お稽古ごとも、教師に八つ当たりすることが少なくなく、手を焼いていたらしい。
レイちゃんのお父さん曰く、霊術を身につけてから、そういうことが一切無くなったそうだ。
じっくりと腰をすえて物事に取り組み、取っ掛かりが上手く行かなくても諦めない。
反復する事の重要さを知り、自ら進んでお稽古に励む。
非常に良い好循環になっていた。
なんでそこまで詳細に知っているかといえば、私もレイちゃんと同じお稽古に参加しているためだ。
霊術は私がレイちゃんに教え、お稽古事はレイちゃんが私に教える。
教え、教えられ、というやつである。
レイちゃんが身につけている霊装も、指輪、リストバンド、腹巻、と順調に進化していってる。
それから更に月日は経過し、新学期を目前に控えた日曜日。
今日は霊術訓練という名の霊気圧縮日。
レイちゃんのお父さんの昭一郎さんも見学で参加している。
私たちはソファに身を投げ出し、リラックスした姿勢で霊気圧縮に勤しんでいた。
今となっては、大して集中する必要もない。
呼吸のように無意識に出来る領域に到達していた。
レイちゃんも随分と慣れたもので、日常生活をしながら圧縮することも可能になった。
結果、日曜日は昭一郎さんと雑談とお茶を楽しみながら圧縮、というスタイルに落ち着いた。
昭一郎さんは娘と触れ合える貴重な時間であり、貴重なお休み。
レイちゃんは父親と触れ合える貴重な時間であり、貴重な霊気圧縮日。
まさにウィンウィンすぎる時間が構築されている。
まあ、広大な室内には立方体が乱立し、二人とも腰にロープ状の霊装を巻いているけど……。
今日もお菓子に舌鼓を打ちつつ、お茶を楽しんでいると、黒服さんが駆け込んできた。
これは珍しい展開だ。
今は大切な時間だと皆知っているので、滅多なことでは接触してこない。
何かあったのかな?
黒服さんが昭一郎さんに耳打ちする。すると、昭一郎さんは思いきり顔をしかめた。
「すまない、来客だ。どうやら勝手に上がりこんで、こちらに来ているようだ。すまないが、移動してもらえるか。私が対応してくる」
そう言って足早に退室する。
楽しい時間を邪魔されたんだから、嫌な気分になるのは分かる。
だけど、昭一郎さんはかなり温厚な性格で、来客程度であそこまで表情を歪めたりしない。
一体誰が訪ねてきたんだろう。
「申し訳ありません。隣の部屋に移動していただけますか」
と、黒服さんに促され、移動する。
それと同じくして、強烈な金切り声が部屋まで届いた。
次いで、昭一郎さんの制止の声が聞こえる。あんなに大声を出すなんて珍しい。
どうやら相手は勝手に上がりこんだ挙げ句、ここまでやってきたようだ。
「マオちゃん、隠れて様子を見てみませんか?」
「気になる?」
「はい、あんな騒ぎを起こす人、来客では初めてですわ。顔を知っておいた方が良いかもしれません」
「確かに。一体誰だろうね」
頷きあった私とレイちゃんは、戸の隙間から顔を出し、様子を窺った。
部屋が広いので、戸に多少の隙間があっても気づかれることはない。
こちらが見つかることなく、来客の顔を見る事に成功した。
来ていたのは、紫前増美だった。これは頷ける騒ぎっぷり。
レイちゃんも納得の訪問者だったようだ。
紫前を見るその顔に表情はない。完全な真顔。
以前のように、飛び出して会いにいくこともない。
興味を失い、距離を置くことに決めたようだ。
しかし、紫前は雲上院家に押しかけ、何をしようとしているのだろう。
向こうから出て行ったのに、今さら何の用があるというのか。
「勝手に上がり込むなんて失礼だと思わないのか? 帰ってくれ」
「あら、以前はここに住んでいたのですから、良いではありませんか」
何がいいのか分からない。何という理屈だ。
「いいから、帰ってくれ。迷惑だ」
「そんな風に追い払っても良いのですか? 貴方の娘に関係することですよ?」
貴方の娘という言い方に、どうしようもない溝を感じる。
「何のことだ」
「ようやく聞く気になりましたか。いえ、簡単なことです。アレは一属性だと言うじゃないですか。それでは将来が不安でしょう?」
「いや、特には。別に礼香は霊術師になるわけではないしな。一属性なことがマイナスに働くことは一切無い」
昭一郎さんの完全否定が予想外なのか、紫前は急に焦った素振りを見せた。
「ま……まあ、そうは言っても、霊術を鍛えることには難儀しているのではありませんか?」
「鍛える必要性がないな。何度も言うが、礼香は霊術師になるわけではない」
「と……、とはいっても、将来の選択肢が増えるのは、良い事です。霊術師という選択肢が」
紫前は、昭一郎さんの否定にも、執拗に食い下がる。
何が目的なんだろう。
「一体君は何が言いたいんだ」
「ですから、貴方の娘の講師をしてあげても良いと言っているのです!」
うん、はっきり言い出すまで何が目的なのかサッパリ分からなかったよ。
しかし、講師がしたいだなんて、どういう風の吹き回しだろう。
「はあ……」
紫前の相手に疲れたのか、昭一郎さんが深いため息をつく。
「まあ、多忙な私が、わざわざ受け持つほどのことでもないですし、息子の貴矢に指導させようと思うのですが、いかがかしら? 義理とはいえ、姉弟の仲を深められるわけですしね」
中々すごい理屈だ。
「僕がわざわざ面倒を見てやるんだ。ありがたく思えよな」
と、ひょっこり姿を表す義弟君。
紫前増美の存在感が強すぎて、今まで居ることに気付かなかったよ……。
「そうですね、授業料は一回二百万でどうでしょう。私の息子は優秀な講師と同等、いやそれ以上。金額としては少し足りないですが、私と貴方の仲です。そこは融通しましょう」
昭一郎さんが呆気に取られる中、紫前が報酬金額の話を持ち出した。
「断る。帰ってくれ。もう二度と家には来るな。次は警備に実力行使させるし、躊躇無く通報する」
紫前の余りに身勝手な話に我を忘れていた昭一郎さんが、正気を取り戻し、毅然とした態度で断った。うんうん、もっと言ってやってください!
「は、はあ? 何を言って……」
「何度も言わせるな。帰れと言っているんだ。そもそも娘には優秀な先生がついている。お前が入り込む余地などありはしない」
追い払う追い打ちとして、レイちゃんにはもう講師がいることを告げる昭一郎さん。
これでさすがに紫前も諦めて帰るだろう。
「マオちゃん! 聞きましたか、優秀な先生ですって。わたくしもマオちゃんはとっても優秀な先生だと思いますわ!」
昭一郎さんの台詞を聞き、レイちゃんが大興奮。
私の手を取って力説してくれる。
「もう、照れくさいから止めてよ」
ちょっと、恥ずかしいよ。
「いいえ、止めません。マオちゃんは凄いのです」
まるで自分のことのように、鼻息荒く語るレイちゃん。
ええ、そんな姿もとってもかわいいです。ほんと表情豊かになったなぁ。
などと感傷に浸っていると、金切り声が響いて現実に引き戻される。
「何を言っているの!? 霊術師の家系でもないのに、優秀な講師を雇えるわけがないでしょう? 適当な者に教わると実力をつけ損ねるわよ。基礎こそが大事なの。だからこそ私の息子に教えを請うべきなのよ!!」
紫前は声を荒らげ、まくし立てるようにして力説する。
だが、そんな大事なことなら、なぜ息子にやらせようとする。
最低限、自ら教えるという話にはならないものか。
いや、教えられても迷惑なんだけどね……。
「そうですよ。僕は三属性。とても優秀なんです。そんな僕に教われば、一属性でも将来有望な霊術師になれるかもしれませんよ? 今日は特別に訓練器具も用意してあります。これらを使えば、弱くてなんの役に立たない一属性でも少しはましになるはずです!」
あおってるのか、セールスしてるのかどっちなんだ。
とにかく、お客に接する態度としてはマイナス評価なのは確かだ。
「ほら、この目盛りを見て下さい。僕の年齢でここまでの数値が出せる者はそうそういません。そんな僕が教えるのだから確実ですよ」
と、貴矢が練習器具を実践してみせる。
教えている人間に興味はないが、あの器具にどういった効果があるのかはちょっと気になるな。
「そもそも、一体誰が教えているんですか? 私の知り合いには手を回したから、絶対不可能ですし……」
おいおい、さらっと悪事をバラすなよ、と心の中で突っ込んでしまう。
その言葉を聞いて、昭一郎さんが首を縦に振ると思ったのだろうか。
「どうせ、場末の霊術師くずれか何かなんでしょう? そんなゴミのような存在に、講師など務まりません。悪いことは言いません、息子と代わるべきです」
フフンと得意気に鼻を鳴らし、キメ顔で締める紫前。
これだけ言えば、相手も承諾するに違いないという自信が顔からにじみ出ていた。
……いや、ないから。
普通は、ドン引きだよ。なぜ、今のセールストークでうまくいくと確信しているのだろう。
早く帰ってくれないかなぁ、などと悠長に紫前親子の様子を窺っていたら、横から妙な熱気が伝わって来る。
はて? と顔を向ければ、レイちゃんが怒りの形相で紫前を睨みつけていた。
「マオちゃんは、ゴミなどではありませんわ……」
ぐっと抑えた声量で言われた分、怒りの度合いが強く感じられる。
「レイちゃん、落ち着いて? 大丈夫だから。あんな人に何言われても平気だから」
私のためにレイちゃんが怒ってくれていると思うと、ホロリとくるものがある。
だけど、ここで涙の一粒でも見せようものなら、レイちゃんが勘違いして怒りを爆発させそうだ。
落ち着け私、感動している場合じゃないぞ。
「君達にわざわざ話す必要は無い。何度も言うが、帰ってくれ。なるべく穏便に済まそうと思ったが、そろそろこちらも我慢の限界だ。これ以上居座るなら、相応の手段を取らせてもらう」
昭一郎さんが手を上げると、警備の黒服さんがゾロゾロと現れ、紫前親子を包囲し始める。
「落ち着きなさい。大体、霊術師の私たちを取り押さえることなど、できはしません。それより、どこのクズを講師にしているのか教えなさい。私からきっちりと説明して、辞退させます! それがあなた達のためにもなります。全く、最近はまがい物のゴミが多くて困りますね!」
と、吐き捨てるように紫前が言った途端、レイちゃんが我慢できずに飛び出してしまった。
「マオちゃんはゴミではありませんわ! 彼女に対しての暴言の数々、許せません! 謝罪を要求しますの!」
レイちゃんが紫前にビシッと指差し、啖呵を切る。
あ、その姿、様になってて格好いい。さすが雲上院家のご令嬢。
と、つい見惚れてしまう。いかんいかん、止めに入らないと。
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