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◆九白圭
「イ゛ヤ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
突然、子供部屋から娘の泣き叫ぶ声が聞こえた。
普段、娘は泣かない。滅多に泣かないというレベルではない。
いつからかは忘れたが、ある日を境に全く泣かなくなった。
そんな娘がリビングに聞こえるほどの大声で泣き叫んでいる。
異常に気づいた私と妻は顔を見合わせ、子供部屋に駆け込んだ。
そこには、娘に覆いかぶさり何かを書かせようとしている釜崎の姿があった。
釜崎は私たちの入室に気付くと、机の上にあった紙を素早く服の中に隠そうとした。
が、その時には妻が釜崎の背後に回り、腕を捻り上げていた。
「うぐぅ……」
苦鳴を洩らし、握っていた紙を落とす釜崎。
私はそれを拾い上げ、内容を確認して絶句した。
「……何だこれは」
違法の塊のような契約内容だ。
こんなものに法的拘束力があるとは思えない。
が、ここまで必死な所を見ると、何かしらの強制力があると見るべきか。
文字が光っているのは、霊術によるものだろうか。
「おい、説明しろ」
怒りで無表情となった妻が、釜崎の首を掴んで壁に叩きつけた。
そのままグイグイと引き上げ、両足が宙に浮く。
「……こ、これは、霊術の教導の一貫で、い、一般的に使われる契約書でぇ……。き、機密漏えいを防ぐ目的で……ゲホッゲホッ! は、はなしてぇ…………」
「とりあえず、これは預かっておく。今日は帰りなさい」
私の言葉と同時に、妻が釜崎を投げ捨てる。
「ヒッ……」
床に転がった釜崎は、怯えるように鞄を両手で抱き締めた。
そのまま、ふらふらと立ち上がると、つまずきながら玄関へ駆け出していった。
アレの始末は後でいい。今は娘の方が優先だ。
「怖かっただろう、もう大丈夫だからね」
と、娘を抱き締め、様子を見る。
あれだけ大声を出していたわりに、涙の跡もなく、案外冷静だった。
……もしかして、危険を感じてわざと叫んだのか。
「今、出ていった奴を尾行しろ。誰かと接触するか確認するんだ。しばらく泳がせて、個人での行動か、複数かハッキリさせろ」
妻が駆けつけた運転手に指示を出す。
頷いた運転手は、携帯端末で連絡を取りながら姿を消した。
これで、ある程度状況はつかめるだろう。
――それから数日後。
調査の結果が出た。
結論から言うと大失敗だ。
私も妻も霊術が使えない。
だから、そういった世界にも疎かった。
高等な教育を受けさせるなら、高名な教師に高額な報酬を支払えばいい、と高をくくっていたのだ。
それで霊術に詳しい人物の伝手を頼って、今回の講師を紹介してもらった。
紹介してくれた人物に悪意ははなく、完全に善意からの行いだった。つまり、シロだ。
今回の騒動、全て釜崎個人によるものだった。
なぜこんなことになったかと言えば、霊術師の社会が強烈な縦社会だったためだ。
霊術は、属性の数が実力に完全反映される。
結果、属性が多いほど敬われ、属性が少ないほど蔑まれる。
生死が関わる仕事も存在する為、実力がない者はどうしても軽視されがちな土壌が出来上がってしまっているのだ。
そして、多属性の者は、代々受け継がれた血族からのみ輩出される。
逆に、霊薬で霊術が使用できるようになった者は、普通は二属性、極々稀に三属性、ほぼほぼあり得ない確率で一属性、四属性以上が発現することはない。
つまり、一属性の者は、霊薬を飲むことでしか現れない。
しかも極少の確率。ハズレ中のハズレ、というわけになる。
扱える霊気の量も少なく、霊術師としてまともに活動することは不可能な領域だという。
釜崎自身もその世界にどっぷりと使っていたために、大して悪意があったわけではないことも分かっている。
まるで洗脳されたかのように、一属性の人間は使いものにならない。
二属性以下の者は道具のような扱いを受けても文句は言えないのが当たり前、と話していた。
その結果、自身に借金がある事も後押しし、あのような行動に出てしまったのだ。
あの契約書も、強烈な拘束力がある事が分かった。
もし、サインしていれば、とんでもない結果になっていただろう。
契約書の使い方についても、色々と調べたが、釜崎のような使い方は基本されないようだった。
いくら相手が一属性だったとしても、奴隷契約のような契約を結べば、契約者が秘密を守ったとしても、雰囲気や生活ぶりでどういった待遇を受けているか、あっさりバレる。
そうすれば、その派閥に近寄るものが減り、結局組織全体が弱体化してしまう。
だから、使用には厳重なルールが定められ、本来はああいった使い方ができないように管理されているのだ。
が、釜崎は契約書を管理できる立場の人間だったため、悪用できてしまった。
霊術に詳しくない金持ちの親バカが幼児に霊術を教えたい、とくれば隙だらけに見え、騙せるとふんだのだろう。
借金があったようだし、魔が差した結果、ああいった行動に出てしまったというわけだ。
釜崎にはしっかりとした報復を行い、二度と我が家に近づかないようにはしておいた。
しかし、娘に霊術を学ばせるのは、考えなければならない。
娘の属性の数は一。
釜崎のように悪質な者には早々出会わないだろう。
が、これから先も良い思いをしないのも事実。
どうにか娘を説得し、諦めさせるべきだろうか。
そう、妻に打ち明けると、「止めたいと言うまで、やらせるべき」と言われた。
それもそうか。娘はこれまでずっと頑張って、霊術に憧れてここまで来たのだ。
ならば、娘が諦めるまではサポートすべきだろう。
となると今度は講師をどうやって手配するかという問題が浮上してくる。
今回のようなことは二度と起こしたくない。
だが、霊術の教練は機密保持が絡み、どうしても我々の眼が届きにくい状況が出来てしまう。
「大丈夫だ。私が探してくる」
悩んでいる私に、妻がそう言った。
何か当てがあるのか、と聞けば「当てはないが、相応しい人間なら捜せる」という。
かなりの自信があるようだし、娘の講師に適任な人物を探し出してくれるに違いない。
数日後――。
妻が、適任者を家に連れて来た。
「……ぇ、この人なの?」
そう言ってしまうのも、無理は無い。
その男はどう見ても酔っ払いだった。
いつ洗ったか分からないボサボサの髪、無精髯、アロハシャツに短パンでビーチサンダル。
視線が定まらず、妻の肩を借りなければ、まっすぐ歩けない。
「霊術が使えて、上下関係のしがらみがなく、金さえ払えば何でもする男だ」
そう言って、男を床にベチャリと投げ捨てる。
「本当にこんなので大丈夫なのかい?」
「フリーの霊術師だから適任だ。学生時代は普通の家庭教師もやっていたらしい」
「旦那、その通りでさぁ。小さい子供に教えてた経験があるんだ、任せてくれ。それで……、金は弾んでくれるんだろ?」
男は床に顔をつけたまま、下駄箱に向かって話しかけていた。
そんな男を見て、あることを思いつく。
「教えて欲しいのは娘だ。だが、我々も授業を見たい。三人分の料金を払えば、授業に同席しても構わないか?」
「へぇ、太っ腹だねぇ。こっちにとっては願っても無い話だ。なんせ、授業料が三倍になるんだからな。問題ねえぜ」
これで監視できる。娘に何かしようものなら容赦はしない。
正規の霊術師が講師なら、機密保持を盾に断られていただろうから、そういう意味ではこの人選も有りだな。
授業は、私と妻が休みの日にしかできないが、その分、授業時間を多くとれば問題ないだろう。
男の名前は兎与田太良といった。
兎与田は、だらしない男であったが、授業はまともだった。
娘も熱心に授業に取りくみ、しっかり理解している様子。
娘が霊術を学んで、笑顔で喜んでいる様子を見ていると自然と顔が綻ぶ。
妻の方を見れば、私と同じように柔らかい表情で授業風景を見守っていた。
こちらの気配に気づいた妻と目が合い、お互いに笑いあう。
それから、私たちの休日は、娘の授業参観の日となった。
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