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 ◆雲上院礼香



 ――礼香は夢を見ていた。


 夢の中の礼香はベッドの上で膝を抱えて座っていた。


 深夜。部屋の明かりは付けたまま、何もない部屋の中央をじっと見ていた。


 その心には強烈な怒りの感情が渦巻いていた。


 何もかもがうまくいかない。


 何もかもが気に障る。


 自分に近づいてくるのは名前目当ての人間だけ。


 自分に興味がある人は誰もいない。


 家族も自分に興味がない。


 母はいない。父は仕事。


 使用人は使えない者ばかり。


 注目される子、もてはやされる子は決まっている。


 頭のいい子。


 霊術が使える子。


 愛嬌がある子。


 あの桃色の髪の子は全部持っていた。


 自分は何もない。何もうまく行かない。


 あの子だけズルい。あの子はズルい。


 いつも腹が立って何も手につかない。集中できない。


 周りの助言が苛立たしい。


 さも自分の事を知っているかのような口ぶりで言って来る。


 一体自分の何を分かっているというのか。


 いつも眠れない。いつも腹立たしい。気が付くと朝が近い。


 早く寝ないと体に悪い。そう考えると眠れない。


 横になっても、ずっと苛立たしさが頭の中に居座っている。


 ずっと考え事が収まらず、眠れない。


 こうなったのは周りが悪い。


 自分は何もしていないのだから。


 何もしていないのに、こんな目に遭うのはおかしい。


 自分ならもっとうまくできるはずなのに邪魔なものが多すぎる。


 怒りが収まらない。今日も眠れない。


 自分だって理解してくれる人がいれば、何とかなった。何でもできた。


 だけど、誰も分かってくれない。誰も分かろうとしてくれない。


 だから、そうはっきり言った。


 自分は悪くない。周りがおかしい。自分はちゃんとやっている。


 だから、そうはっきり言った。


 自分は悪くない。


 絶対に悪くない。


 ――大丈夫?


 何が?


「大丈夫?」


 はっと目が覚める。


 すると、心配そうな顔で覗き込んで来る凛子と目が合った。


「すごくうなされていたよ」


 そう言われて、心拍が上昇していることに気づく。


 軽く汗もかいていたようだ。


 礼香は息を整えると言った。


「はい。どんな夢かはっきり覚えていないのですが、怖い夢だったのは確かです」


 今も、余韻が心にこびりついている。


 ほんの少しの残滓だが、恐怖が際限なく湧いてくるような気がしてしまう。


 とても不思議な感覚だった。


 今までも恐れや怯えの情を刺激される夢を見たことはある。


 それらは、夢の中で怖い思いをしていた。


 しかし、今見た夢の中の自分は恐怖の感情を抱いていなかった。


 むしろ、怒りと憎悪の感情が強かった気がする。


 それなのに、怖さを覚えた。


 きっと自分が自分で無くなってしまったかのような気分を味わったからだろう。


 まるで自分が別人にでもなったかのような感覚。


 それなのに、芯や起原は同一。自分自身だという確信があった。


 こんなものは自分ではない。ありえない。


 そう強く否定することが出来なかった。


 それが恐ろしかったのだ。


「何か飲む?」


 凛子が心配そうな顔で聞いてくる。


「いえ、大丈夫です。それより、起こしてしまってすみません」


 部屋に備え付けられた時計を見ると、深夜だった。


「ううん。起きてたから大丈夫。私、枕が変わると眠れない体質なんだよね」


 枕をポンポンと叩きながら凛子が笑う。


 礼香は自分がうなされていたせいで起こしてしまったのではないかと気になった。


「本当ですか」


「本当だよ。それより、眠れそう?」


「少し怖いです。また同じ夢をみるかもしれないと思うと……」


 今までそんな風に思ったことは一度もなかった。


 うなされて起きても、普段であればすぐに寝直せた。


 だが、今は違った。


 夢の続きを見るかもしれないと考えると、強い忌避感を覚えた。


 それほどまでに自分にとって味わいたくない感覚だったということに気づいて驚く。


 動揺している自分を察してか、凛子が優しく声をかけてくれる。


「じゃあ、起きてる? なにかして気を紛らわそうか」


「いえ、眠ります。明日のために休んでおきたいので」


「そこはしっかりしてるんだねぇ」


「明日もちゃんと全力を出したいのです」


 体を休めたいというのは本心だった。


 それと同時に、凛子に気を遣わせるのも嫌だった。


 自分のせいで起きていてもらうのは気が引けたのだ。


「そっか。じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい」


 と、目を閉じてみたが、上手く眠れる気がしなかった。


 秒針の音がやけに大きく聞こえる。


 こうしている間も時間だけが過ぎていく感じがして焦りが生じる。


「眠れた?」


「いえ……」


 しばらく後、凛子が小声で聞いてきたのに反応して、つい返事を返してしまう。


 ここまで眠れないのは久しぶりだった。


 小学生の時以来ではないだろうか。


 その時は、どうやって眠っていたのだろう。


 よく思い出せない。


 確か……。


 強く集中して記憶を辿り、当時の記憶がおぼろげに蘇る。


 誰かに手を繋いで貰っていたような……。


 不鮮明な記憶だったが、確かにそうだった。


 そうすることによって、自然と眠れていた気がする。


 ――その状況を再現すれば、眠れるかもしれない。礼香はそう考えた。


 しかし、そんなことを凛子に頼めない。さすがに恥ずかしい。


 だが、疲れを少しでもとって、コンディションを整えたい。


 相反する思いが湧き、礼香の中で葛藤が生じた。


 普段であれば、恥ずかしさが勝って言い出せないところだ。


 だが、今は違う。


 この程度の事で躊躇していてはいけない。


 眠るためにあらゆる手を尽くし、明日に備えるべき。


 どうしてもそうしなければならないという、強い使命感があった。


 明日こそ探し出さなければ。


 明日以降は、アレが来るかもしれない。


 万全な体制を整えなくては。


 そういった気持ちも、眠りを妨げているのかもしれない。


 ためらっている場合ではなかった。


 礼香は意を決して凛子に言った。


「すみません。手を繋いでいただけませんか。そうすれば眠れる気がするのです」


「いいよ」


 凛子は何も聞かず即座に承諾してくれた。


 マットレスを寄せ、手を繋いでくれる。


「うまく眠れるといいね」


「……はい」


 そう返事を返した時には、うっすらと眠気を感じていた。


 とても不思議な気分だった。


 今までの抵抗が嘘のように、体の力が抜けた。


 ――これなら眠れる。


 そう感じた時には、覚醒しているのか夢見の状態なのか、判別がつかなくなっていた。




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