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「なぜ、見ず知らずのわたくしに、そこまでして下さるのですか?」
と、聞かれて、返答に困る。
そりゃあ、家出少女が心配だからなわけだけど、直球でそう言うと傷つけてしまいそうだ。
それに仕事があれば、早々に警察に相談していただろう。
ここまでのんびりやっているのは、たまたまとしか言いようがない。
色々な偶然が重なった結果だ。
それに、彼女が酷く思いつめているのが気になった。
放っておくと、後で自分が後悔しそうだから、という理由もあるのだ。
「ま、まあ、袖すり合うも他生の縁ってやつよ」
時代劇か! 我ながら下手な言い訳もあったものだ。
「ご協力、感謝いたしますわ。今回の一件が片付いた暁には、それ相応の謝礼をお支払い致しますので」
「いいよ、そんなのは。どうせ、貰っても意味がないしね」
私はひらひらと手を振りながら、謝礼の申し出を断った。
それにしても、彼女はお金を持っているのだろうか。
さっきは、おもちゃのカードと紙幣を取り出していたし、疑わしい。
そういう、成りきりプレイの延長なのだろうか。
う~ん、判断がつかないな。
「これは失礼いたしました。お金に困っていないほどの資産家でしたのね」
「ううん、全然? そういうわけでもないんだけどね。これから先、お金で困ることは少なそうなんだよね」
なぜか金持ちと誤解されてしまった。
まあ、貯金に余裕はあるけど、貯蓄で一生生活できるわけでも、不労所得があるわけでもない。
ただ、あまり使い道がないだけだ。
そもそも、お金目的でやったことでもない。
「それなら、どのようなお礼をすればよいのでしょう? わたくし、こう見えて人脈も豊富なんですのよ。ですから、どんなご要望にもお応えできる自信がありますの。こちらのことは気にせず、遠慮なく言ってください」
と、得意げな顔になる女の子。
そうは言ってもなぁ……。
ぶっちゃけ、家出を止めて帰宅して欲しいんだけど。
「じゃあ、友達になってよ。こう見えて、孤独なんだよね。とりあえず、あの場所の事で君の気が済むまでの間、一緒にいさせてよ」
と、冗談半分に答えた。
子供からお金を取るのも嫌だし、お礼を強要するのも嫌だ。
なら、また遊びに行く約束でも取り付けるのが最適だろうと考えた。
そうすれば、家出問題が解決できたか確認もできる。
と、そこまで考えて、そううまくはいかないかと苦笑する。
まあ、入院の日程調整が確定するひと月くらいの間なら、自由も利く。
それまでなら、なんとか……。
「そんなことを言わなくても、貴方のことは好ましく思っていましたし、これからも親しくしたいと思っていました。もう友人関係にあると言っても、差し支えないのでは?」
「嬉しいこと言ってくれるね。孤独な私には、これ以上の謝礼はないよ」
女の子に、真顔で「もう友達じゃん」と言われ、照れてしまう。
そのせいで変に気取った返事をしてしまった。恥ずかしい。
すると、女の子がこちらを気遣うように微笑する。
「そのように自分を卑下するものではありませんよ。ここまで、ご一緒させていただきましたが、貴方はとても良好な性格をお持ちだと思います。わたくしに気を使っているだけで、本当はご友人もいらっしゃるのでしょう?」
「いない。だから一人で旅行してるの」
う、大人げない。
つい、ぶっきらぼうに答えてしまった。
でも、そんな正確に急所ばっかり刺して来たら、堪えきれなくなるのも当然なわけで……。
ええ、ええ、私に友達はいませんとも!
「し、失礼しました。ですが、今日わたくしがお友達になったわけですし、もう一人ではありませんわ。お気を確かに!」
と、気を使われ、励まされてしまった。
く、こっちの方がお姉さんなのに、めっちゃ優しくしてくれるじゃん。
「うん。ありがとうね」
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。わたくしは雲上院礼香、親しい人はレイちゃんと呼びますわ」
……す、すごい成りきりだ。
こんなに堂々とマンガのキャラクターの名前を本名として言い切るなんて……。
いや、もしかすると家庭で色んな事情を抱えているせいで、自分の名前を言うのが辛いのかもしれない。
まあ、呼び名があれば、それでいいか。
期間限定の友人みたいなものだし、そういう楽しみ方もありかもしれない。
「私は鏑木凛子。友達だった人からは、リンちゃんて言われてたよ」
なんか自虐自己紹介みたいになってしまったけど、事実なのだからしょうがない。
「それではリンちゃんとお呼びしますね。当然、わたくしのことはレイちゃんでお願いしますわ」
と、雲上院礼香こと、レイちゃんが言って来る。
「距離の詰め方が凄いね。やっぱりお嬢様だけあって、社交界で慣れてるのかな」
といった感じに、ちょっと弄ってみる。
が、完全にスルーされてしまった。そうだった、彼女は完全な成りきり。
彼女にとって、自分がお嬢様なのは事実以外の何物でもないのだ。
これでは相手が無反応なのも、当たり前の結果だ。
と、私が失敗をかみしめている間も、会話は進んでいく。
「あだ名で呼び合うタイミングは早い方がいいというのは、友人の受け売りです。いつか貴方にも紹介したいですね」
「もう、貴方じゃなくて、リンちゃんでしょ。で、その友達は何ちゃんなの?」
「それは……、思い出せません……」
急に険しい顔になり、辛そうにするレイちゃん。
――ヤバい、地雷を踏んだか。
いや、これはもしかして、私と同じで友達がいないパターンか?
よく考えれば、彼女は成りきりコスプレで会話する少女。
そんな子が普通の子と、円滑な友人関係を構築できるだろうか。
う~ん、ちょっと難しいんじゃないか?
つまり、その友達も『設定』の可能性が出てきた。
いわゆるエアフレンドってやつだ。
これは、あまり触れない方が良いかもしれない。
空気だ。空気を読むんだ、私!
「ま、まあ、いつかその友達と三人で、どこかに遊びに行こうよ。お金は大人の私が出してあげるから、大船に乗った気持ちでいるといいよ。遊園地でも、テーマパークでも好きなところを言うといい」
あんまり、引っ張るべきじゃないかもしれないが、不自然に遠ざけるのもあれだ。
そう思って、そんな話を切り出した。
ただ会うだけだと、友人が本物ではなくエアフレンドだった場合に、気まずい空気になる。
が、行き先を遊べる場所にしておけば、誤魔化せるはず。
「それでは、水族館に行きましょう。わたくしのお気に入りの場所があるのです」
「へぇ、いいんじゃない」
それなら体力も消耗しないし、私にとっても好都合だ。
のんびり過ごせそうで、いいチョイスである。
「それじゃあ、連絡先を交換しておこうか」
「そうですわね」
私とレイちゃんは一旦起き上がり、互いに携帯端末を取り出そうとする。
……と、そこで私は思い出した。
「あ、端末が……」
私の携帯端末は、レイちゃんにプレスされてしまったのだった。
今は見るも無残な姿で、ベッド横のオブジェと化している。
そのことを思い出したのは、私だけではなかった。
「も、申し訳ありません、わたくしのせいで……」
と、恥じ入るように深く頭を下げるレイちゃん。
続けて、「すみません。あの時、激しく動いていたので、端末は人に預けていたのです。そのせいで、今は手元にないのです」と言った。
「まあ、番号は覚えてるから、大丈夫だよ」
「わ、わたくしは……。申し訳ありません。思い出せなくて……」
多分、言いたくないのだろう。
「いいよ、いいよ。はい、番号。かかってきたらワンコールで取るから」
そう言って、番号を書いたメモをレイちゃんに渡す。
すると彼女は、そのメモを大事そうにポケットにしまっていた。
今時、SNSのアドレスを交換しないというのも、珍しいことだ。
これはこれで新鮮な体験となった。
といった感じで、旅先で私に不思議な友人が出来た。




