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◆鏑木凛子
私、鏑木凛子は、思い付きのノープラン旅行を決行した。
動機は単純。入院が決まったためだ。
しばらく身動きが取れなくなるので、その前に少しでも気晴らしをしておこうと思ったのだ。
計画性より衝動が勝った結果、適当にホテルを予約。
乗りで予約した後、改めてホテルの場所を確認すると、思ったより入り組んだ所にあった。
車が必須の場所だ。……運転が面倒だ。
最寄り駅から地味に遠いので、タクシーだと金額が跳ね上がる。
そういう立地の場合、大きいホテルならマイクロバスの送迎があったりするが、そのホテルには無かった。
こんなことなら、もう少し調べてから予約すべきだった。
――キャンセルすべきか……。一瞬迷う。
普段の自分なら、迷わずキャンセルして計画を練り直しただろう。
だが、今回はしなかった。まあ……、そういう気分だったのだ。
折角、絶対やらないような事をしたのだから、そのまま突き進んでみたくなったのである。
きっと、この衝動的な思い付きでの旅行が、良い思い出になると思ったのだ。
――旅行当日。
現地に到着後、レンタカーを調達し、予約したホテルに向かう。
どこまでも平らな土地と、真っすぐな道が続く。
走っている車は自分のみ。前にも後ろにもいないし、対向車もない。
のどかな景色と言えば聞こえがいいが、何もないせいで人が居ないとも言える状態だった。
そんな道を走っていると、余りに単調で刺激が少ないせいで、眠くなってくる。
と、そんな時、何の前触れもなく突然目の前に人が現れた。
「え!?」
慌てた私は、咄嗟に急ブレーキかつ急ハンドルを切って、人を避ける。
うまく当てずに済んだか分からなかった私は、即座に後方を確認。
そこには人影が同じ場所にあった。
座り込んだまま動いていない。
どうやら、轢いてはいないようだ。
路上にはブレーキ痕が残り、じんわりと白煙を上げていた。
私は車を端に寄せて停止。深呼吸して、脈打つ鼓動を落ち着かせる。
――その頃になると、猛烈な怒りがこみ上げてきていた。
なんて危ないことをするんだ。
ここは車の通りが少ない。ということは、通る車の速度も自然と上昇してしまう。
そんな道路の真ん中に、いきなり飛び出すなんて、危険極まりない。
一体どういうつもりなんだ。
ひと言文句を言ってやろうと降車し、うずくまった人に近づく。
しかし、その人物に近づく過程で、色々な疑問が湧いてくる。
この人は一体どこから現れたんだ?
自分は眠気を感じていた。が、眠ってはいない。
そもそも、ここは異常に見晴らしが良い上に、何もない。
人が立っていれば、遠方にいる時点で確認できたはずなのだ。
それなのに、接触する寸前まで気づくことができなかった。
側によると、相手が女の子と分かった。
そこでちょっとした違和感を覚えた。
運転中に見た時は、黒い服を着ていた気がした。
それなのに、今は学校の制服のようなものを着用していたためだ。
まあ、あの時は慌てていたし、見間違えたのかもしれない。
それにしても、凄い見た目だった。印象的なのは髪色と髪型。
女の子は金髪の縦巻き髪だった。
いわゆる、金髪ドリルというやつである。
ここまで立派なドリルは、マンガやアニメでしか見たことがない。
コスプレ用のウィッグだろうか。
そんなことに気を取られていると、女の子が顔を上げた。
そして、私にしがみついてくる。
「この辺りで子供……、いえ、赤ん坊を見ませんでしたか!?」
と、必死の形相で詰め寄ってきた。
そんな事、知るわけがない。
私は、その勢いにたじたじになりつつも、首を振った。
「私は、ここが地元じゃないの。たまたま通っただけ。土地勘もないから、何も分からないよ」
と、答える。
何も見当たらないが、近所に保育園でもあるのだろうか。
金髪ドリルの子は、私の返答を聞くと、道路から出て見回り始めた。
問われた内容から考えると、子供を探しているのだろうか。
しばらくすると動きを止め、何やらブツブツと独り言を言い始める。
遠いので聞こえないが、表情は深刻そのものだ。
次に黒い扇を出して、格好良いポーズを決めだす。
どうした、中二病なのか?
突然の展開に驚く。点と点が繋がらない。
なんで、扇を持ってポーズをとる流れになるんだ。
耳を澄ませば、うまくいかないとか何とか言っている。
うまくポーズが決まらないことが不服なのだろうか。
わけが分からん。
女の子は扇でのポーズを止め、また周囲を探し始めた。
周りは、どこまでも草原。民家一つもない。
そんな地帯を歩き回りながら、何かを丹念に探している。
――しょうがない、手伝うか。
その頃には、彼女に対する怒りは霧散していた。
余りに必死で、切羽詰まった様子を見ていたら、そんな気分ではなくなってしまったのだ。
私は、彼女とは反対方向へ行き、探し物を手伝った。
彼女曰く、子供か赤ちゃんらしいけど、それだけの大きさがあれば、遠くからでも視認できる。
そう思って見てまわるも、何もない。
もしかすると、ペットの赤ちゃんの事を言っているのだろうか。
そもそも、子供という言葉が違う意味で使われていて、生き物ですらない可能性もある。
それから数時間が経過するも、成果はなし。
手がかりらしいものも発見できなかった。
そして、時間が経ったせいで日が傾き、暗くなってきた。
これは駄目だ。何も見えなくなってきた。これ以上は時間の無駄だろう。
「もう暗くて見えないから、やめた方がいいよ。君が探してるのが子供なら、警察に捜索願を出しに行く?」
作業を中断し、そう聞いてみた。
「いえ、その辺りの事がハッキリしないのです……。詳細を知らずに飛び込んだので……」
と、気まずそうに俯く女の子。
続けて、「アレは、座標がズレるかもしれない、と言っていました……。それなら、場所か時間が違うのかもしれません」と、ブツブツと独り言をつぶやく。
う~ん……、聞いても内容がサッパリ分からない。
ただ、嘘や演技でないことは、表情と必死さから伝わってくる。
「その子供か赤ん坊っていうのはペットじゃなくて人間の事だよね? 名前とか分かる?」
何も聞かずに手伝っていた私は、もう少し情報が欲しくて尋ねた。
「いえ、お気になさらないで下さい。一応、明日も探してみるつもりですが、場所が違う可能性が考えられます。ここまで手伝っていただいたので、詳細をお話ししたいところですが、素人の方を巻き込むわけにもいきませんので、ご容赦ください」
と、謝られてしまう。
って、素人ってなんだ。
「ふ~ん? ま、とりあえず遅いし、送っていくよ」
もう遅い。こんな何もない場所に、女の子を置き去りにするわけにはいかない。
というか、どうやってここまで来たんだろう、とは思うけど。
「いえ、お気になさらず。わたくしも、ここが地元ではありませんので。住まいは東京ですし、しばらくここにいるつもりなので……」
などと言い出す、女の子。
「いや、駄目でしょ。未成年をこんなところに放置したら、私が怒られるわ!」
「お構いなく。こう見えて、サバイバルには慣れておりますので」
フフ、と余裕の微笑を浮かべる女の子。
なぜ、そこで得意げになる?
無茶苦茶過ぎる。一体この子はなんなのだ。
「あのねぇ……、君をこの場に置いてけぼりにすると、私の責任が問われるの! とにかく、今から言う二つの中から好きな方を選んで。一つ目は、私がとってるホテルに一緒に泊まって、明日ここに戻ってくる。二つ目は、警察を呼んで君の身柄を保護してもらう。さあ、お好きな方をどうぞ」
と、選択を迫る。
この子、どうも家出臭いんだよねぇ……。
彼女の振る舞いから、そんな気配がしたのだ。
本来なら、通報一択だろう。
けど、様子がおかしいので、少し落ち着いてからの方がいい気がする。
あまり強引に進めて逃げられてしまったら、私の体力では追いつけないからね。
「仕方ありませんわね。警察はまずいので、ホテルに同行させてください」
私の説明を聞き、理解を示してくれた女の子は、ホテルへ行くことを決めた。
しかし、余り乗り気ではない。まだ、平野の方を見て動こうとしない。
「じゃあ、お腹も減ったし、ホテルに行くよ。さあ、乗った乗った」
と、女の子の背を押す。
しかし、ビクともしない。
背に触れて初めて分かったが、筋肉が凄い。とてもガッシリしていて、固い。
服に隠れて分からなかったが、相当鍛えているようだ。
ボディメイクまで視野に入れたコスプレだったとは、恐れ入る。
これは、プロ顔負けのストイックさである。
「分かりましたから、押さないで下さい」
と、しぶしぶ乗車する女の子。
「はいはい。明日も手伝ってあげるから、大人しくしててね」
そう言って私は、車を発進させた。
そして数分後……。
――――話題がない。
車中は静寂に包まれていた。
私は流行事に関心がなかったので、そういった事に疎い。
音楽、スポーツ、ニュース、どれも会話が弾むレベルの知識を有していなかった。
く、こんなところで根暗人見知りの極みが発動されてしまうとは……。
かといって、プライベートな事を聞けば、地雷を踏む恐れがある。
私と彼女では年の差が開いている。
普通に話してもジェネレーションギャップで、うまく行きそうにないんだよ……。
何か、何か話題はないのか……。
私は、自分の内向的性格を呪いながら、脳みそをフル回転させて話題を探した。
そんなことを考えながら、ふと隣に座る彼女の姿を見た。
この姿は、明らかにコスプレだ。
そして、この外見には見覚えがあった。
コスプレの元ネタキャラの事を聞けば、盛り上がるに違いない。
私は必死で何のキャラクターのコスプレか思い出そうとする。
――そうだ、マンガだ!




