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一体どうなっているの?
そのことについて私が九白さんに尋ねる前に、雲上院さんが被せ気味に口を開く。
「そう、マオちゃんは独特のクシャミをするんです! 特に今日は喉の調子が悪いですし。マ、ス、ク、もしているから、声がこもったのでしょう」
と、なぜか、マスク部分を強調して言う雲上院さん。
「そうそう、初めて聞くとびっくりするよね。ごめんね、マオちゃんが妖怪みたいな獣じみたクシャミをして」
そこに、畳みかけるようにして、兎与田さんも参戦する。
まるで反論を許さないかのような、連携だった。
それにしても兎与田さんの言い方が辛らつ過ぎる。
妖怪とか、獣とか、容赦ないな。
「あ、うん……、ちょっと、びっくりしたかも。九白さん、喉の調子は大丈夫?」
と、問いかけるも、彼女はしばらく上の空。
数秒の後、急にハッとなって、こちらに返事を返してくれる。
「……あ! ああ、うんうん、全然大丈夫。たまにクシャミが出るかもしれないけど、気にしないでね」
その後、独特なくしゃみを何度か聞くことになりつつも、会話は続いた。
そして、話題が今日の昼食のことになる。
バスから降りた場所は、宿泊施設から離れている。
ハイキングとして徒歩で向かうためだ。
その過程で自然公園へ立ち寄り、昼食をとることになっていた。
そのため、全員お弁当を持参しているのだ。
話題は、それぞれのお弁当のおかずや食べ物の話題になり、盛り上がる。
初めに話したのは私だ。
「家政婦の方が作ってくれたものだよ。お弁当なんて滅多に作る機会がないって言って、張り切って作ってくれたから、すごく楽しみなんだ」
「それはお昼が楽しみですわね。わたくしは、マオちゃんと同じものが良かったのですが、前日に専属シェフが押しかけて、お弁当を作らせて欲しいと直談判に来たので、やむなく承知したのです」
「そ、そうなんですね。それじゃあ、九白さんのお弁当って、どんなものなの?」
雲上院さんが同じものを希望されたのだから、さぞかし豪華なものなのだろう。
「コンビニで買ったカロリーバーだよ。結構せわしなく動くことになりそうだったから、手軽なものを選んだんだよね」
「えぇ……?」
それは、お昼ご飯としては、あまりに寂しい。
折角のハイキングなんだから、もう少し華やかさがあってもいいと思うんだけど。
私はそう思ったのだが、雲上院さんは違ったようだ。
「わたくし、凄く興味があって食べてみたかったのですが、専属シェフたちが泣いて首を振るのです……。マオちゃん、後で少し分けてくださいね」
「いいよ~」
と、ほんわかした乗りで受け答えする二人。
だけど、雲上院さんにカロリーバーなんて勝手に食べさせてよいのだろうか。
厳格な栄養管理とかされてそうだけど、後で怒られたりしないのかな……。
「それで、ナナちゃんはどんなお弁当なのですか?」
と、雲上院さんが尋ねた。
「普通だよ。ご飯と和え物だけ作って、後は冷凍食品を詰めた感じ」
「え、自分で作るなんてすごいね」
私は素直に驚いた。
イメージで言えば、九白さんの方が自作してそうで、兎与田さんの方がコンビニでお弁当を買ってそうだったのに。
「全然凄くないよ。凄いお弁当ってのは、レイちゃんが持ってきた奴みたいなのでしょ」
「いえ、わたくしもナナちゃんのお弁当の方が凄いと思いますけど」
「いや、ほとんど冷凍食品だし。まあ、メインのハンバーグは美味しくて気に入ってるけどね」
と、兎与田さんが照れくさそうに頬を掻きながら言った。
そんな姿を見て、何とも言えないほっこりした気分になる。
そんな風に穏やかな雰囲気が漂う中、うんうんと何度も深く頷いた九白さんが続く。
「匂いで分かったよ。獣臭いからバレバレなんだよね」
言い方!
け……、獣臭いって。
確かにハンバーグだから、動物のお肉を使っているだろうけれども!
って、さっきからおかしい……。
ここに来るまで気配りの鬼といっても過言ではなかった九白さんから発せられたとは思えない言葉の数々。
一体どうしたんだろう。もしかして、喉だけじゃなくて熱もあるのでは……。
とりあえず、フォローしておくか。
「く、九白さんって嗅覚が鋭いんだね」
「うん? そうだね。このくらいなら察知できるよ」
察知?
お弁当の中身を嗅ぎ分けることを察知って言うかな……。
まるで警察犬みたいだ。
ふと、雲上院さんと兎与田さんに視線を向ければ、何やら気まずそうな顔をしている。
そりゃあ、そんな雰囲気になるよね。
その後、しばらく会話がぎこちなくなってしまう。
そこに爆弾が投下された。
「おい、動くな! お前を攫って身代金をがっぽりいただくぜ! ゲヒャヒャ! 動くなつったただろうが。てめえ、どうやら痛い目に遭いたいようだな」
と、急に真顔で九白さんが叫んだのだ。
「え、急にどうしたの?」
突然のことに驚いた私は、びくっと身をすくませる。
「一発芸! 一発芸だから!」
「そうそう、場を和ませようと、得意のモノマネを披露したのですわ!」
と、兎与田さんと雲上院さんが慌てたように説明してくれる。
な、なるほど……、そういうことだったのか。
でも――
「一体、何のモノマネだったの?」
「そりゃあ、金持ちの子供を攫おうとする拉致グループ?」
疑問顔で兎与田さんが答えてくれる。
が、その間も九白さんは真顔で無言。
スンとした顔で一言もしゃべらない。
急にモノマネをしたと思ったら、ずっと黙ったまま。
やりきったという満足感に浸っているということなのだろうか……。
と思ったら、急に「おい、とまれ!」と叫ぶ。
さっきのモノマネの続きだ。
受けなかったと思って、もう一度やったのだろうか……。
いや、そんなわけないか。
少し前から、明らかに九白さんの様子がおかしい。
やっぱり熱があるんじゃあ……。
「もしかして、九白さん、体調が悪いんじゃない? 先生に言って休んだ方が……」
と、私が言いかけた瞬間、兎与田さんと雲上院さんが、慌てて遮ってきた。
「大丈夫大丈夫! 普通だから! いつもこんな感じのシュールキャラなの!」
「モノマネ自体はうまいのですが、空気を読まずに突然披露する上に、チョイスするネタがコアすぎて、全く受けないのが難点なのですわ!」
と、二人がまくしたててくる。
とうの九白さんは、我関せずと言った感じでマイペース。
特に調子が悪そうという感じでもないし、心配しすぎたのかもしれない。
ひとまず、同意しておくか。
「う、うん、そんな感じだったね。声音まで変えて、迫真の演技だったよ」
唐突過ぎてびっくりしたけど、モノマネ自体は凄いと思った。
「あ~、うん、ありがとう! 似てるでしょ?」
と、急に話し出す九白さん。
まるで途中から会話に加わったかのように、不自然な相づちだった。
けどまあ、そこから会話は軌道修正され、普通の雰囲気に戻った。
その後、昼食をとる休憩ポイントに到着。
そのタイミングで、九白さんがしばらく居なくなった。
お手洗いかなと思っていると、マスクを外した状態で戻ってきた。
なんでも、喉の調子が戻ったらしい。
実際話してみると、声の違和感がない。
「もう平気。ほら、声も戻ったでしょ?」
と、ちょっと大げさなジェスチャーを混ぜて、元気な様子をアピールする九白さん。
「うん、本当だ」
「心配かけてごめんね」
私に対し、まるで悪いことをしたかのように謝ってくる。
体調が悪かったのは、九白さんの方なのに、なんだかこっちが申し訳なくなってしまった。
そのせいか、ちょっと気まずい雰囲気になってしまう。
よし、ここは思い切って話題を変えよう。
そうだ、あの時披露してくれたモノマネの話なんて、どうだろう。
「ううん、元気になったのなら、良かったよ。それにしても、あのモノマネには、びっくりしちゃったな。折角上手なんだから、もう少し披露するタイミングを考えた方がいいよ」
「え、何のこと?」
私の言葉を聞き、首を傾げる九白さん。
あれ、うまく伝わらなかったのかな。
「ほら、誘拐犯のモノマネ。すごい迫真に迫ってたよ」
と、もう少し付け足して説明すると、九白さんが慌てて何度も頷いた。
「あ、ああ、あれね! そんなに上手く出来てた?」
「上手だったけど突然だったから、びっくりしちゃった。今度はやる前に言ってね」
あれは本当にびっくりした。
顔を見ずに声だけ聞いていたら、別人と勘違いしただろう。
あのレベルだと、今からモノマネをしますよと事前に言って欲しい。
「ごめんごめん。あれは、喉の調子が悪くて本調子じゃなかったんだよ。本当はもっと面白おかしくできるんだけど、失敗しちゃったなぁ。ハハハ」
と、言いながら頬をかく九白さん。
上手くウケなかったのがショックなのか、俯いて視線を合わせようとしない。
これはフォローしておかないと。
「ちょっと驚いたけど、凄く上手かったと思うよ? まあ、なんで誘拐犯を選んだのかは疑問だけど」
という私の言葉に、九白さんが明らかにうろたえた様子で返答する。
「そ、そうだよね。他にできるのと言ったら、猫、犬、子供、お婆さんかな」
「え、何そのラインナップ……」
猫や犬は分かるけど、お婆さんって何?
でも、誘拐犯よりは普通のモノマネネタの様な気がする。
「動物の鳴き声は、人の注意をひいたり、他の音を誤魔化したりするのに使うんだ。子供とお婆さんは、電話で話す時にやる感じだね」
「ふ、ふうん?」
なんで、モノマネにそんな用途があるの……。
普通に、芸として披露するためじゃないの?
という私の表情が伝わったのか、九白さんが焦った様子で口を開いた。
「わぁ、猫と犬だ! ニャァ♪ ワフッ! あらあら、人懐っこい子たちねぇ。ってな感じ?」
と九白さんが、小さい男の子、猫、犬、お婆さんと一人四役で即興モノマネを披露した。
「ええ!? 凄い! なんでそっちのモノマネをしなかったの? 絶対誘拐犯より凄いのに」
目を閉じて聞いていたら、九白さんだと気づかなかった自信がある。
余りの完成度の高さに、私は無意識に拍手していた。
その拍手の音を聞きつけ、雲上院さんと兎与田さんがやってくる。
「それなら、わたくしも出来ましてよ」
一連の流れを見ていたのか、雲上院さんがそう言った。
「え、雲上院さん? できるって、モノマネが?」
私は、つい聞き返してしまった。
雲上院家のお嬢様が、モノマネなんてできるはずがない。
無意識にそう思い込んでいたからだろう。
しかし、私の言葉を聞いた雲上院さんは、どこか得意げな表情をした。
そして、口を開く。
「ニャァア! ワンワン! こら、喧嘩したら駄目! どうしたのかねぇ、お腹が減っているのかしら」
と、雲上院さんが、猫、犬、小さい男の子、お婆さんの順で即興モノマネを披露してくれた。
これまた一人四役で凄い完成度の高さだ。
「す、すごい! でもなんで全く同じチョイスなの?」
そこが気になった。
もしかして、その四つのモノマネは、比較的難易度が低いのだろうか。
「弓子さんが仰るには、この音が一番誤魔化しやすいからだそうですわ」
「らしいよ?」
と、雲上院さんと九白さんが続けて言った。
しかし、そんな二人の説明を聞いても、私には今一つ理解が追い付かない。
「誤魔化す?」
「「そう」」
雲上院さんと九白さんの二人が、全く同じタイミングで頷く。
「ふ、ふぅん?」
私は、よく分からないままに頷いた。
今の説明では何のことかさっぱりだ。もう少し話を聞くべきだろうか。
でも、それはそれで失礼に当たるのでは……。
私の頭の中では、壮絶な葛藤が起きていた。
すると、トントンと背後から肩を叩かれた。
振り向けば、兎与田さんが何かを悟ったような顔で微笑んでいた。
「まじめに聞いたら駄目だよ。あの二人は住んでいる世界が違うんだよ」
「そ、そうだよね……」
確かに、雲上院家のお嬢様なんだから、私が理解できないようなあれやこれやがあるのだろう。
九白さんの家も似たようなものだしね。
と、私は兎与田さんの言葉を受け入れ、自分を納得させたのだった。
とまあ、不思議な出来事が起きたのは、その時だけ。
後は楽しい時間を過ごした。
遠くから見ていただけは気付けない、三人の良い所を知れた私は大満足。
この数日で経験した出来事を、友達に一杯自慢してやるのだ。
雲上院さんたちとご一緒できたのは、大げさではなく一生の思い出になるだろう。
私はこのチャンスをものにできたことを、ジャンケンの神様に感謝した。




